暗闇をほんとに魔女が飛ぶ国

 ドイツのボンに住んでいるとき、隣の都市ケルンによく行った。ある日、用がすんで街をぶらぶらしていると、道端の老女に目がテンになった。

 その老女は、見た目で70歳くらいだった。だぶだぶの黒い衣装をまとい、パーカーのようにフードを被っていた。鼻は大きくかぎのように曲がり、顔はしわくちゃ、目も唇も薄かった。

 街に魔女がたたずんでいる! と一瞬ほんとに錯覚した。ぼくたちが、白雪姫の絵本やアニメで知っている魔女そのものだった。

 でも、街を行く人たちは誰も気にとめない。

 白雪姫の話などは、誰かが頭のなかで創作したものだとぼくたちは考えがちだが、少なくとも登場人物の風体は、今でもヨーロッパの光景のなかにある。

 たとえば、これもケルンでのことだが、やせ細って髪とひげが長くイエス・キリストそのものとしか思えない男性を見かけ、びっくりしたこともある。

 ドイツで、魔女の怪しげな話を耳にすることはなかったものの、ミュンヘンへ行ったときは、女子高校生を中心に黒魔術が流行っていて、先生たちが頭を悩ませていると聞いた。そのときは、極右・ネオナチの取材に集中していて、黒魔術がどういうものなのか、残念ながら調べる時間がなかった。

 それから10数年が経ち、朝日新聞の2012年3月9日の記事に目がとまった。東欧ルーマニアで魔女が騒動を起こしているという。

 それ以前にも、この国で、魔女たちが所得税を払う払わないで当局ともめている、という短い記事が載ったことがある。そのときは、魔女とは何かが書いてなかったため、税金以前の問題として、現代でも魔女がいるんだと不思議に思うだけだった。

 ルーマニアでは、呪術師や占い師をしている女性のことを魔女と呼ぶのだという。1965~89年のチェウシェスク独裁政権時代には魔女として投獄された女性もいたそうだ。そういう意味では、魔女裁判で知られる中世のころと大差はない。

 ぼくは、ポーランドやチェコには何度も行ったが、ルーマニアには残念ながら行く機会がなかった。でも、日本で記者をしているころ、独裁者チャウシェスクの息子ニックに単独インタヴューしたことがある。想像通りの馬鹿息子で、日本の北のほうの独裁者の息子を想像してもらえればだいたい当たっているだろう。

 ニックは、こっちの質問はまったく無視して一方的にまくしたて、もちろん、記事にできるような内容はなかった。あの馬鹿息子らがソ連の後ろ盾で「共産主義者」として権力を握り、横暴に振舞っていたころ、かの魔女たちは厳冬の時代を送っていのだ。

 魔女たちは、東欧革命でチャウシェスク一族が惨殺されいちおう民主化されたあとも、法律の枠外に置かれてきたという。一部は闇社会とも結びついているらしい。税金云々の話もそういうことを背景に出てきたのだろう。

 占い師と言えば、最近では日本でも、女性お笑い芸人のトピックが芸能マスコミをにぎわせたから、あまりよその国のことは言えないが。

 ルーマニアには2,000人以上もの魔女がいるそうで、話のスケールも大きい。朝日の記事によると、テレビにも出演する売れっ子の魔女ふたりが「呪い」をめぐり大金を得ていたとして逮捕され、芸能界にとどまらず、政治家も巻き込んだ大スキャンダルになった。

 ふたりの魔女は、人気女優(39)から相談を受け、遺産争いをしている母親が別の魔女に頼んで女優にかけた呪いを解いてやった。その報酬として多額の現金や高級車、マンションなどを受け取ったが、女優がふたりの魔女との関係と絶とうとしたところ、男たちを雇って脅迫したとされる。

 ある市長が選挙がらみで魔女を陣営に引き込んだり、現職のバセスク大統領が強力な魔女を雇っているとし、大統領選で敗れた候補が別の魔女に協力を頼むなど、魔女がらみの事件があいついでいるらしい。

 そうした件で、日本円にしてそれぞれ数千万円の金が動いている、とされる点がすごい。ルーマニアの平均所得から考えると、とんでもない額だ。

 魔女に課税する話も、政治家らが反発する魔女の呪いを恐れ導入を見送った、とメディアは伝えているという。

 世論調査では、魔女の力を信じる人が70%、呪いを信じる人も60%いるそうだ。いまでも中世か! と突っ込みを入れたくなるところだが、日本でも1000年以上前には、呪いや怨霊のたたりが非常に恐れられていた。

 最近、趣味で読んでいる古事記や日本書紀には、都に疫病が流行ったときなど、神のたたりを鎮めるためにあの手この手をつくしたことが記されている。その相手というのが、なぜか「出雲の大神」、つまり大国主命だ。記紀には触れられていないが、大和政権は出雲に対してよほど恨みを買うことをしたのだろう。それが古代史最大の謎だ。

 共産主義は宗教をアヘンだと言って弾圧した。その反動として、ルーマニアでは魔女が闊歩しているのかもしれない。

 まあ、日本にも、あの人魔女かもしれないなぁ、という女性がいたりする。

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春爛漫の北信濃で十割蕎麦を味わう

 すでに暦の上で立夏はすぎたが、北信濃路は春爛漫、百花繚乱だった。

 長野市にあるかみさんの実家に用があって上信越道を愛車で飛ばした。少し時間が早かったので、ひとつ先の須坂長野東ICで降りて、小布施町に入った。街路わきではハナミズキの可憐な白とピンクの花が満開だった。コブシの白花も見ごろだ。

 ところどころの家の庭先には、紫や珍しい白のフジの花房がびっしりと垂れ下がっている。黄のレンギョウも盛りで、足元には臙脂の芝桜やタンポポの黄色い花が咲いている。

 一番懐かしいのは、リンゴの白花だった。30年以上前、長野市に住んでいるころ、リンゴの花のあまりの可憐さに心を打たれたことを思い出す。ちょうどそのリンゴの花とおなじ白のヘアバンドをしていた少女にであった。それがいまのかみさんだ。

 小布施町へ寄った第一の目的は、千曲川にかかる小布施橋一帯、通称「桜堤」の八重桜を観るためだった。ある雑誌のグラビアで「4kmにわたって600本も続く八重桜の並木」を見つけた。

 例年は、GWに満開となるそうで、この春は寒いから連休明けでも花は残っているかな、と期待していった。長野市の実家で跡取りをしている義弟は「噂では聞いたことがあるけど、実際に観たことはないね」と言っていた。

 連休の最後に急に気温が上ったためか、花は7割がた散っていた。それでも「花は盛りに 月は隈なきをのみ 見るものかは」という『徒然草』の言葉が思い出されるほど、八重桜の並木は見事だった。幼稚園の子どもたちが先生に引率されて、花の下の草地で遊びまわっていた。

 八重桜は濃いピンクだが、小布施の街にはまだ、淡いピンクのソメイヨシノや真っ白の山桜も咲いていた。信州を離れて丸29年、この季節はこんなに花がきれいだったかな、と都会暮らしで忘れていたものを思い出した。

 小布施町でのもう一つのお楽しみが、手打ち蕎麦だ。あれはいつだったか、子どもたちをかみさんの実家にあずけて、ふたりで長野市から志賀高原のほうへ走っているときだった。

 ちょうどお昼時になったので蕎麦でも食べようと、何気なしに県道わきの店に寄った。駐車スペースは2台分しかない、あまり商売っ気の感じられない店だった。深く考えもせず、ざる蕎麦をふたり分たのんで、店内を見回すとサイン入りの色紙が壁にずらっと貼ってある。たしか、美空ひばり、石原裕次郎、北島三郎など大スターのサインもあったと思う。

 ひょっとして、ここは知る人ぞ知る信州屈指の名店なのか。店名をみると『朝日屋』となっていた。

 出てきたざる蕎麦をみて、まずその量にびっくりした。都心の名のある蕎麦屋の2倍はありそうだ。ひと口食べてまたもびっくりした。

 ぼくは出雲の出身だから、出雲蕎麦は食べ慣れている。相当うまい店も知っている。長野県にも5年間住んでいたから、信州蕎麦の名店というところにも通った。

 しかし、朝日屋の蕎麦はそれらを軽く超えていた。かみさんもびっくりしている。聞けば、つなぎ粉3蕎麦粉7の三七蕎麦だという。それで、こんなに風味があるとは。麺は細目でコシがある。更級産の蕎麦粉を使っているそうだが、更級蕎麦のように白くはなく、グレーといったところだ。つゆは濃く甘めでカツオ出汁が効き、薬味に天かすが入っている。それが、蕎麦と絶妙にマッチしており、わずか650円だった。

 蕎麦を食べて心底びっくりしたのは、後にも先にもない。いつか機会があったら、また食べにこよう。かみさんと話し合った。

 そして、小布施町へふたたび来た。意気込んで朝日屋へいくと、無情にも「本日休業」の木札がかかっている。あ~あ、せっかくきたのに。数件手前にも蕎麦屋があったので、あまり期待もせずそこへ入った。その店は『富蔵屋』といった。

 小布施町はこじんまりしているが、文化の香り高いちょっとした観光地だ。「画狂」と呼ばれた葛飾北斎が晩年に長く逗留し、70年にわたる画業の集大成をはかったところであり、作品を集めた『北斎館』などがある。

 富蔵屋は混んでいた。かみさんもぼくも、田舎十割蕎麦840円を頼んだ。注文を受けてから打つらしくかなり待ったころ、やっと出てきた。この店も一人前の量がやたら多い。これが小布施流なのか。蕎麦粉だけで打つのは極上の腕がいるとされる。蕎麦殻まで挽き込んで打つので黒光りしている。

 この店の主人は、ある日本旅館の料理長をしていたころ蕎麦の魅力に取りつかれ、蕎麦職人として独立したという。十割蕎麦は、さすがにソバーッという感じがして、これはこれでかなりうまい。難点は量の多さかもしれない。お品書きをよくみると、二八のざる蕎麦735円というのもあった。ひとりはこれを頼んで十割蕎麦と食べ比べてみればよかった。

 郷里の母にあるとき、「出雲蕎麦と信州蕎麦とどっちがうまいかネ」と聞かれたことがある。迷わず「まあ、信州だね」と朝日屋を思い浮かべながらいった。その思いは、小布施の富蔵屋によって補強された。でも、今度いくならやっぱり朝日屋だが。

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尖閣諸島 朝日主筆のご高説は情けない

 尖閣諸島の「尖」という字は、島の尖っている形状からきているという。日本と中国が角を突き合わせている様を表すのに、あまりにもふさわしい名前だ。「尖」は、辞書によると、「物の先がとがって、するどいこと。転じて、思想・行動が急進的なこと。また、そのさま。」となる。「閣」は、だらしない閣僚、閣議、内閣を連想させる。

 昨年末ごろだったか、雑誌SAPIOで尖閣諸島を所有する埼玉県の人物が取材を受けていて、あの国益の象徴ともいえる島がいまでも民間の所有であることを改めて知った。その人物がわが息子の親友の親戚筋に当たるらしく、人一倍、尖閣問題に関心を持った。

 石原慎太郎東京都知事が2012年4月16日、突然、「尖閣諸島を都で買う」と言いだし、大騒ぎになった。民主党政権は領土問題への感覚がにぶく独立国の「内閣」として呈をなしていないのに業を煮やし、「政府が買わないなら都で買って領土・領海を守ってやる」ということだろう。

 こういう事態になると、テレビには必ず平和主義者だかなんだか知らないが、中国におもねり、力による対決を排除しようとする解説者や評論家が登場する。購入に反対する根拠として、「地元の合意ないし同意がなく頭越しの議論だ。これは米軍基地問題と同じだ」と繰り返し語っていた。

 だが、地元・沖縄県石垣市の中山義隆市長が、23日、都庁を訪れ、石原知事に「早く都で買ってほしい」と要請した。後日、都と共同購入する希望も伝えた。地元の声ははっきりしているのだ。

 自分で頭がいいと思い込んでいる人は、机の上で「平和とはどうあるべきか」なんて考えがちだが、別に日中間にかぎらず、世界の国境線では時に武力行使をともなうにらみ合いがつづいている。一部日本人の“平和ぼけ”によるひとりよがりの平和志向など、現実が吹き飛ばす。

 そのことを、一般国民はとっくに知っている。2010年9月、尖閣諸島付近で発生した中国漁船衝突事件で、日本の海上保安庁が中国人船長を逮捕しながら、弱腰政府の判断で釈放してしまったことを忘れてはいない。

 ネットユーザーの意見をすくうクイックリサーチ社は、2012年4月17日~4月27日に東京都の尖閣諸島買い取りに賛成か反対かを端的に聞いた。統計に基づく世論調査ではなくあくまでアンケートによる参考の数字にすぎないが、結果はくっきりと出た。

    賛成:92%( 204,243 票)
    反対:07%(  14,923 票)

 「わからない」と答えたのは2% (4,177 票)だった。ネット上では意見がナショナリズム に傾きがちで、賛成が多数派になることはある程度予測できる。それにしても、賛成が反対の13倍以上も占めているのをみると、世論の傾向ははっきりしている。

 石原知事が尖閣諸島の購入構想を明らかにして以降、4日間で約3,500件の意見が都に寄せられ、その約9割が賛成だった。購入金額は約12億円とされ、4月27日に購入資金への寄付を募ったら12日間で3億円を突破した。

 こうなってくると、左翼えせ平和主義のオピニオンリーダーである朝日新聞はどうするのか。4月23日の朝刊に若宮啓文主筆のコラムが載っていた。主筆というのは社論の総責任者で、まあ、一番えらい記者のことだが、そのご高説は情けない。

 若いころから反中派政治家だった石原氏の言動を短くふりかえって酷評し、こう書いた。

 <今度は言葉の問題ではないだけに、政府も無視はできない。むしろ直視しなければならないのは、長らく日中双方があうんの呼吸でしのいできた尖閣の問題が昨今大きく変化し、石原氏の言動に一定の説得力をもたせたという事実だ>

 でも、<石原氏が前面に出たのでは逆効果だ。むしろ(中国の)軍拡に拍車をかけかねない>とする。

 そして、<国が買うのもよかろう>とし、<その場合は領土への強い国家意思を示すというより、無用の混乱をさけさせるためだと中国側に分からせなければならない>と、訳のわからないことを述べる。

 国が尖閣を買うとなれば、領土への強い国家意思を示すこと以外の何ものでもない。

 コラムは、<両政府に求められるのは大人の対応である>としめくくる。<尖閣の問題が昨今大きく変化し>たのは、中国の軍拡・領土拡張路線のせいなのに、<大人の対応>などという意味不明、翻訳不能の言葉を持ち出してお茶をにごす。

 武器をかまえて乗り込んでくる相手に、「まあ、まあ、大人の対応をしましょう」ってか!?

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という日本国憲法前文の呪文にかけられているから、こういう間の抜けた結論になるのだろう。諸国民は平和を望んでいるだろうが、国家としての中国や北朝鮮が平和を愛しているとは思えない。

 おなじ朝日でも4月21日の『天声人語』のほうが理解できる。<隣人との友好は大切だが、腫れ物に触るような毎度の外交では、先方がさらに踏み込んでくるかもしれない。こと主権に関しては筋を通し、争点はとことん話し合うのがまともな国だろう>

        ◇  追記  ◇

 上の原稿を書いた翌日、週刊文春2012年5月17日号が、くだんの若宮啓文主筆をめぐる醜聞をスクープした。中国出張の際、海外出張は内規でできないはずの内勤の女性秘書を個人的に同伴し、会社の経費でビジネスクラスに乗せともに高級ホテルに宿泊していたというものだ。

 これだけなら個人的なスキャンダルですむが、出張の目的のほうがより重大だ。若宮氏は、おもに日中間の歴史認識を題材にした自著『和解とナショナリズム 』(朝日選書)の中国語訳出版記念パーティに出席していた。

 問題はパーティの主催者で、中国外交部(外務省)の別動隊とされる中国人民外交学会だった。中国政府そのものと目される団体で、そのお歴々に嬉々として出版を祝ってもらったわけだ。これぞという日本人を巧みに取り込む中国のいつものやり方だ。

 日本の代表的なジャーナリストが、共産党独裁下で人権弾圧や軍拡路線をとる中国とつるんでいることが、改めて明るみに出たことになる。だから、請国参拝問題などでも、あの人の書くものは「どこの国の立場で書いているんだ」と思わせるものが多いのだ。中国の言論スパイみたいな役割をになっている。

 こんな人物が社論を牛耳る朝日新聞に、尖閣問題はもちろん平和や民主主義、人権について偉そうに書いてもらいたくない、と思うのはぼくだけではないはずだ。

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越後の隠れ宿 ビートたけしと満点の星

 山肌の残雪が、キツネの形や幾何学模様を描いている。久しぶりに、春の越後路を愛車で飛ばした。とはいっても、ハンドルを握っているのはお抱え運転手のかみさんだ。

 新潟県長岡市に仕事で行く用事があったところへ、チケット共同購入サイト『ポンパレ』をのぞいていたら、隣の魚沼市の大湯温泉・村上屋旅館が、1泊2食付で7,500円と格安ででていた。

 このサイトは、ホテル・旅館から居酒屋、取り寄せ食品、化粧品、事務機器などまで、なんでも50%以上オフで載っている。一度購入したらキャンセルできないが、なかには90%以上も割引くたたき売り品目もあったりして、みているだけで楽しい。

 仕事を片付けちょっと引き返して大湯温泉に着くと、山あいの静けさのなかにあった。作務衣を着たお姉さんがウェルカムドリンクとして、雪下ニンジンのジュースを持ってきてくれた。雪の下で育った越後特産のニンジンで、リンゴジュースを少し加えたとはいえ野菜とは思えないほど甘い。

 お姉さんが宿の説明をしてくれた。ポンパレでチケットを購入した客は、客室最上階の眺望のいい部屋に泊れる。駒ヶ岳を見晴らす屋上のパノラマ露天風呂を40分、無料で貸切にできる。ふつうは税込1,050円で提供している自慢の風呂だという。

 さらに、夕食には地酒3種各1合瓶が1本ずつつく。そんなサービス、ポンパレの案内にはなかったぞ。サイトに載せないサービスをしてくれる宿泊施設はこれまでになかった。実際にはたいしたことないサービスでも誇大アピールするところが多いのに、なんという謙虚さ、サプライズ。これが越後式の奥ゆかしさか。

 8階の大浴場、屋上の天上露天風呂のほか、地下2階に渓流をまぢかに臨む貸切風呂がふたつあるという。「《どうぞ》という札が下がっていたら予約なしでいつでもお入りいただけます。時間は無制限です」。これも珍しいサービスだ。

 部屋でメニューをみたら、地酒は3本セット1,800円で売っている。

 ポンパレでチケットを買う旅館や飲食店には、良心的なところももちろんあるが、なかには食材やサービスの質を落とし、実質的に割引でもお買い得でもないケースもちょくちょくある。

 うちのかみさんが言う。「値段も値段だから、あんまり期待もしていなかったけど、この旅館、大当たりじゃない!?」

 さっそく浴衣に着替えて、地下の貸切風呂に行った。地下とはいっても旅館そのものが崖に建てられ、たしかに窓から渓流がみえる。佐梨川とかいう川では雪解け水がごうごうと流れている。

 大湯温泉は、開湯1,300年を誇る。奈良時代の僧・行基がこの地を訪れ錫杖で地面を突いたら温泉が湧き出したという伝説がのこる。

 村上屋旅館は創業約200年だそうだ。当6代目当主の夫人で女将の桜井めぐみさんは、この旅館に嫁いで35年ほどになる。「ポンパレでお客さまを募集したのは初めてです。この冬は新潟でも雪がとくに多く、ニュースでは繰り返し大雪による被害が報道されました。この辺りでは4メートルほど積もっただけでふだん通りでしたが、お客さまがめっきり減ったので、春に挽回しようと募集に踏み切りました」

 ポンパレでは手抜きをするところがあることも知っていたが、「お客さまが気に入ってリピーターになってもらえるように、いつも1万5,000円で提供しているサービスをほぼそのまま半額にしました」

 昭和20年代から、新潟・福島県境で奥只見ダムの工事が行われ、大湯温泉は大いににぎわったそうだ。「バブルがはじけた13年前まではストリップ劇場があり、立ち見のお客さんが出るほどでした。すずらん通りというところには30軒ほどの店がずらっと並び、スナックからは明け方までカラオケの声が響いていたものです」

 部屋には、新潟日報が発行した『新潟文化』(2012年2、3月号)という雑誌があった。県内の温泉特集で、トップが大湯温泉だった。最盛時には約60人の芸妓をかかえ、射的屋だけで15軒、ほかにパチンコ屋、スマートボール屋、釣り堀、サウナがあり、遊郭もあった。

 無名時代のツービートも営業にきた。ビートたけしさんの自伝的小説『漫才病棟』には、ここのストリップ劇場がモデルになったらしいエピソードが出てくる。<前日に警察の手入れがあり踊り子がほとんどいない中、漫才をしたら、客席から罵声が飛んできてモノが投げつけられ、浅草へ逃げ帰った>

 さびれた山あいの温泉宿というのがいい。越後もち豚のしゃぶしゃぶと岩魚の塩焼き、季節の山菜コゴミやウドを堪能した。ご飯はもちろん、魚沼産コシヒカリの銀シャリだ。

 昼間は曇っていたが、夜がふけるにしたがって晴れあがっていった。星の数がみるみる増えていくことでそれがわかった。かみさんと、屋上のパノラマ露天風呂へ行った。満点の星で、北極星や北斗七星がくっきりみえた。

 女将さんが言った。「夏の終わりごろから秋にかけ、またおいでください。天の川がよくみえます。満月の夜も山の稜線が浮き上がってきれいですよぉ」。行く、行くっ!。

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あなたは献血NG、だなんてふざけるな

 24歳の息子が、久しぶりに実家へ帰ってきた。「たまたま新宿の紀伊国屋書店のとなりに献血ルームがあったから、献血してきた。飲み物やアイスクリームもあるし、注射がちょっと痛いのをがまんすれば快適だよ」

 たしかに、最近の献血ルームではいろんなサービスが行われているらしい。ちょっと前だが、千葉県柏市の「柏献血ルーム」では、2010年1月中旬から2月初めまでの火、水曜日、献血者を対象に占いサービスを行った。占い師はそごう柏店で営業するプロで、四柱推命や手相、タロット占い、姓名判断などを体験できるというふれこみだった。 その効果は絶大で、「献血後に占いを待つ人が後を絶たない」状況だったそうだ。

 少子高齢化で血液の需要は増えているのに若い人たちの献血が減少しているらしい。とくに東日本大震災の後、被災した福島、宮城、岩手の3県では献血をする人が20%前後から30%も減り、輸血用の血液が足りなくて困っているという。

 だから、献血をするのは結構なことだ。わが夫婦も、献血ルームの近くを通りがかったとき時間があれば立ち寄った。

 しかし、それも家族でドイツへ赴任するまでのことだった。1997年3月に日本へ帰り、国際引っ越しの荷物も少し片づいたころ、池袋東口の献血ルームへ行った。そのとき、アンケート用紙を渡され、深い考えも持たずありのままにドイツ駐在のことを記入した。すると、担当の医師に「残念ですが、献血はしてもらえません」と言われた。

 突然のことで、ガーンという感じだった。健康なのになんで? 40歳くらいの男性医師が言うには、ぼくたちのドイツ居住歴が献血条件に合わないのだという。

 日本赤十字社のウェブサイトには「献血をご遠慮いただく場合」というのがある。

 <心臓病、悪性腫瘍、脳卒中など特定の病気にかかったことのある方><服薬中、妊娠中、授乳中、発熱などの方><エイズ、肝炎などのウイルス保有者、またはそれと疑われる方>

 まあ、こういう人は献血を遠慮してもらうというか、はっきり言って「お断り」なのは当然で、納得できる。

 <海外旅行者及び海外で生活した方>という項目もあり、わが夫婦はこれにひっかかったらしい。子どもたちはまだ小さかったから対象外だった。

 <海外からの帰国日(入国日)当日から4週間以内の方は、ご遠慮いただいております>。旅行先の国でウイルスなどの感染しているリスクがあるためだそうだ。海外と言ってもいろいろあるが、日本より衛生観念の高いドイツから帰って数か月になるのにだめなのか、と思うとそんな理由ではなかった。

  ぼくたちは、牛海綿状脳症(BSE)、いわゆる狂牛病に血が汚染されている可能性があるから献血はできないのだという。まあ、たしかにヨーロッパではBSEで大騒ぎとなり、ぼく自身、それについての記事を書いたこともある。イギリスが変異型クロイツフェルト・ヤコブ病発生の中心地で、それと狂牛病の関係が専門家のあいだで取沙汰されていた。

 というわけで<安全が確認されるまでの間、BSEが発生している下記の欧州諸国に滞在(居住)された方の献血をご遠慮いただいています>としている。

 <アイルランド、イタリア、ドイツなど9か国に、昭和55年(1980年)から平成16年(2004年)までに通算6か月以上の滞在(居住)歴のある方>

 これを知って、なんだかいやーな感じがした。じゃあ、5か月と29日の居住ならいいのか、と言いたくもなる。ことは血の問題だけに、ヒトラー率いるナチスが法律で「ユダヤ人の定義」をしたいまわしい出来事を連想した。

 ヨーロッパには、昔から反ユダヤ主義が根強くあった。そうした背景があるにせよ、ヒトラーらは、ユダヤ人を毛嫌いして段階的に迫害し、ついにはアウシュビッツのガス室に送るなどして大量殺戮した。

 それらは、ナチ政権下の法律によって遂行された。法律である以上、どんな人物をユダヤ人とするか、が問題となった。1935年9月15日に可決された法律によるユダヤ人の定義は次のようなものだ。

 1.祖父母にさかのぼり,4人の祖父母のうち3人がユダヤ教徒の場合はユダヤ人とする。この場合,両親の宗教は問わない
 2.祖父母のいずれか2人がユダヤ教徒で本人も同様の場合はユダヤ人とする。※信仰していないと1親等ユダヤ系混血児とされる

 以下は略すが、かなりややこしい。ナチスは本来,ユダヤ人を血統的なもの、つまり人種として扱ってきたが、この法律では宗教の属性によって分けている。ひと言で言えばナンセンスだ。

 献血の条件も、ユダヤ人の定義とどこがちがうのだろう。日本赤十字社にもお役所的発想の事なかれ主義がみられる。万が一にも狂牛病が国内で発生すれば、「除外規定を設けてはいたんですが」と言い逃れをするために。

 うちの息子はどうやって献血条件の網をかいくぐったのか。答えは明快だった。「ドイツ居住歴なんか書かなかったんだもの」

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レバ刺しと消費増税ヒステリー

 「レバ刺し」が、2012年6月にも法で禁止される見通しとなった。ふざけんな厚労省という怒りはふつふつと湧き上がり、かみさんと急きょ、いきつけの焼肉店『Wちゃん』へ行った。

 この店の和牛レバ刺しは739円で、文句なしに絶品だ。量もふたりで軽く食べるのにちょうどいい。特製塩だれの焼きホルモン類も捨てがたいが、まずはレバ刺しだ。いつも岩塩入りのごま油で食べる。

 「レバ刺しが禁止になったら、どうするんですか?」。マスターに聞いてみた。「痛いところですねぇ。お客さんの大半が注文してくれるドル箱ですから。まあ、様子を見て、売り上げに大きく響くようなら“裏”で出すことになるかも」

 生レバーをはじめWちゃんの肉は、特殊なルートから仕入れる特上品だ。ミノの刺身など珍しいものもあるが、いずれも食中毒には万全の注意を払っている。

 厚労省が庶民のささやかな楽しみであるレバ刺しに目をつけた直接のきっかけは、2011年4月の食中毒事件だ。焼肉チェーン店でユッケを食べた5人が死亡した。牛の肝臓の内部にも食中毒の原因菌がいることがわかり、厚労省はその年の7月6日にレバ刺しの提供を「自粛」するよう通達を出した。それでも、多くの焼肉店はレバ刺しを出しつづけた。

 ところが、一部の牛の肝臓からOー157が検出され、ついにレバ刺しを法律で禁止することになった。違反すれば2年以下の懲役などが科される。

 厚労省の基準審査課は、あるメディアにこう話している。「自粛を要請した昨年7月以降、4件も食中毒が出ており、今のところ規制以外に防止策はないと考えています」

 ちょっと待ってくれ。9か月のあいだに全国で「4件も」じゃなく、たった「4件しか」生レバーでの食中毒は報告されていないというのだ。それも、死者などが出たわけではないらしい。

 もし、そんなデータでレバ刺しを禁止するというなら、牡蠣の生食なんかはどうなんだ。ある医師は言っていた。「牡蠣は約1%の確率で当たるから、翌日に大事な予定があるときはやめておいたほうがいい」

 生レバーの法規制なんて、官僚のことなかれ主義以外の何ものでもない。禁止してるんだから闇で食って当たっても役所に責任はないよ、と。

 メディアはこれにどんな反応をみせたか。読売は厚労省の方針を発表文のまま短く伝えただけだ。朝日は、社会面で焼肉店の反発の声も一応とりあげた。「食べたい人だけが食べているのだから、禁止はやりすぎ。放っておいてほしい」「販売禁止は死刑宣告に近い」。レバ刺しが禁止されると、業界での損失が約300億円にも上るという。

 メディアのなかで一番姿勢がはっきりしていたのは、珍しく日経新聞だった。会社の偉いさんがレバ刺しファンなのかどうか、4月4日付社説で「『レバ刺し禁止令』の愚かしさ」と題し論陣を張った。

 <こうも短絡的な『禁止令』がまかり通っていいのだろうか。…1998年以降の食中毒事例は年間10件ほどだ>
 <ただ1つの事業者が引き起こした不祥事を機に『官』による規制が際限なく広がる、 典型的なパターンだろう。耐震偽装事件のあと、建築基準法が強化され、業界を萎縮させたのと同じだ>
 <抵抗力の弱い子どもや高齢者には肉や魚の生食をさせない。ルールを守らない事業者は個々に処分する。禁止令の前に、やることがあろう>

 信濃毎日新聞も5日付社説で問を投げかけた。<納得を得られないまま禁止すれば、店が『裏のメニュー』として出すことにもなりかねない>

 明治以来の日本は、官僚独裁国家だと言われる。いまの野田政権など官僚カイライ政権以外の何ものでもない。そして、独裁体制にほとんど立ち向かうこともしないのが、日本のマスメディアだ。ネットの世界で「マスコミならぬマスゴミ」と揶揄されるのも、新聞記者出身のぼくとしては、ごもっともだと思う。

 財務省が主導し、官僚カイライ野田政権が血道をあげている消費増税は、レバ刺し問題の比じゃない。マスメディアがこぞってプロパガンダ役になっている。

 「社会保障・税の一体改革」などともっともらしいキャッチフレーズを財務省は掲げ、首相もマスメディアも大合唱している。しかし、「増税分の全額を社会保障の財源にする」というのは真っ赤なウソのようだ。半分以上の7兆円は、借金である国債の償還に充てる。社会保障の充実に使われるのはわずか2.7兆円で、しかもそのうち年金制度の改善に使われるのは0.6兆円に過ぎない。

 公共事業の単価は民間よりかなり割高で、それを削ればいま増税なんて必要ない、とも言われる。民主党はド素人集団だから、官僚を説き伏せ公共事業の実態に切り込むことができなかった。

 嗚呼、マスメディアは消費税問題もレバ刺し問題も、一度、原点にもどさせるよう論陣を張るべきでないか。お上にはさからわない、人民日報や朝鮮中央通信みたいなマスメディアならないほうがいい。うっぷんは、闇のレバ刺しでも食べてはらすことにしようか。

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受験生は読まないほうが無難だが 『宇宙に外側はあるか』

 ε-δ (イプシロン‐デルタ)論法というものがある。ぼくは、大学は文系だが高校時代は理系だった。高校2年の冬、クラスでは数学の教科書がとっくに終わってしまい、担任でもある数学のA先生は言った。「ちょっと早いかもしれないが、大学の数学科で習う《関数の極限の定理》について教えてあげよう」

 それが、ε-δ 論法だった。高校の数学では微分と積分を習う。しかし、それは厳密な定義や論理を省略して教えられており、解析学としてきちんと基礎を体系づけるのがこの論法だ、と先生は説明してくれたように記憶している。

 黒板に見慣れない数式を書き連ね、口角泡を飛ばして授業する先生の迫力に押され、ぼくはその論法が理解できたように思った。クラスの大半は「うーん、むずかしい」とうなっていたが。

 しかし、それからがぼくにとっては大変だった。やがて春休みに入り、そろそろ大学入試のための勉強に本腰を入れなければならないのに、ぼくの頭のなかではε-δ 論法の数式が飛び交って消えなかった。

 春休みを利用して、おなじ部活の男女数人で東洋一の高さの灯台がある出雲の日御碕へ遊びにいったのだが、ぼくは友だちとまったく会話できなかった。いま考えれば、一種のうつ状態になっていたのかもしれない。ぼくが岬から日本海へ飛び込むのじゃないか、と友人らはずいぶん心配したと後で聞いた。

 何かひとつのことを考えつめるというのは、かくのごとく恐いものだ。『宇宙に外側はあるか』(松原隆彦著、光文社新書)を読んで、あの春休みのつらい日々を思い出した。

 この本は、タイトルから想像されるとおり宇宙について書いている。<なぜ、宇宙は存在するのか、と考えたことはありますか。…現代の宇宙論は、そんな大それた疑問にも科学的な答えを見つけようと、少しずつではありますが歩みを進めています>

 本の前半は、ふつうの宇宙論本と大差ない。われわれが認識できるのは縦・横・高さの空間に時間をあわせた4次元だが、ストリング理論(超ひも理論)では10次元あると考え、M理論では11次元と考えられていることなどを紹介する。宇宙論のおさらいと言ってもいいかもしれない。

 <この宇宙を生み出す土壌ともいうべき「無」には時間という存在はなく、空間や物質などとともに時間も一緒に現われ出てきたということになります>

 <この考えに立つと、宇宙の始まる前に何があったかを問うことはちょうど、地球上で南極よりも南に何があるかを問うようなものです>

 南極よりも南に何があるかという発想は、地球が丸い、つまり3次元であると知っている現代の人類には意味がない。でも、人類はせいぜい4次元までしか認識できないから、宇宙の始まる前に何があったかとつい疑問を抱いてしまうのだろう。

 では、宇宙はいくつあるか。ストリング理論、M理論とも、当初はこの宇宙を唯一絶対の存在として想定していたそうだ。しかし、研究、推論を進めると、逆に、膨大な種類の宇宙があり得るという可能性が導かれた。<論理的に可能な宇宙の数は、1兆を41回1兆倍して、さらに1億倍したほどの数(10の500乗)ほどもあるといいます>

 宇宙Universeに対して多宇宙Multiverseという考え方がうまれた。欠点は、それをあるかどうかを確かめる手段が、いまのところ見当たらないことだ。

 とほうもない話だが、まあ何となく理解できなくもない。だが、本の後半はほとんど哲学書となり、受験生などには“危険水域”になってくる。

 <現在は次々と過去になっていき、現在は次々と未来からやってきます。未来が過去へと押し流されている、その境目が現在だというように感じます。このような感覚は明らかに、私たちが現在という時間しか一度に認識できないことから来ています>

 著者によれば、物理学において時間は単にラベルのようなもので、出来事の順序を表す数字にすぎず、現在、過去、未来という絶対的な区別はない。<人間がこの世界を論理的に把握して生き抜いていくために、そういう概念を作り上げているのかもしれない>

 この世がどうなっているか、宇宙がどうなっているかというのは、個々人の認識の問題になってくるらしい。つまり、主観の問題であり古典哲学に回帰する。

 著者は問いかける。<あなたは次のどの段階まで「存在する」と言えると思いますか>

 ①自分の目で実際に見ることのできる宇宙の範囲 ②人類がこれまでに観測したことがある宇宙の範囲 ③まだ人類には観測されていないが、原理的には観測できる宇宙の範囲――これが⑦論理的に存在不可能な別の宇宙、まであげられている。

 この本を熟読して、「群盲象を撫ず」という言葉を連想した。目の見えない大勢の人びとが象を撫で、ああだこうだと象の姿を主張して互いに譲らなかったという故事だ。宇宙という象はあまりに大きく複雑怪奇で、触っても匂いを嗅いでも全体像など想像を超える。

 ちなみに、数学教育界では高校でε-δ 論法を教えるべきだとする意見が根強い一方、大学ですら不要とする意見もあるという。まあ、高校ではやめておいたほうが無難だが、あえて挑戦させる教育もありか。

 この本なども、“禁書”にしないで、若者が大いに考え悩むのがいいかもしれない。

 --毎週木曜日に更新--

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未明に月1回、傑作なサッカー番組をやっている

 「俺だッ、俺だッ、俺だッ!」。お笑いコンビ・タカアンドトシのタカが、両手で拳を作り、親指を突き出して自分の顔のほうに何度も動かす。あの人気のギャグを、オランダのピッチでやったプロサッカー選手がいる。

 オランダリーグ・VVVフェンロでセンターバックとして活躍する吉田麻也選手(23)だ。2012年2月18日、コーナーキックからヘディングで自身の今季3点目をあげると、ベンチの仲間に駆け寄りギャグを繰り出した。

 そのシーンを放送したのは、4月1日午前2時30分からの日本テレビ系『タカアンドトシ&城彰二の「月刊サッカーアース」』だった。未明の1時間番組で、ぼくはいつも録画して観る。特にこの回は、ぼくが今年に入って観た全テレビ番組でも最高傑作だった。

 数あるサッカー番組のなかでも日本で唯一、月1回だけ放映する。かつて、日本を代表する月刊誌『文藝春秋』の編集長に聞いたことがある。「ニュースの行方を読み、企画に知恵をしぼってしぼって絞り出し、へとへとになるから、任期は2年が限度」

 サッカーも、毎週のリーグ戦をベースにチャンピオンズリーグやカップ戦があり、情勢は時々刻々と変化する。ひと月に一度という番組作りは大変だと思う。

 サッカーアースは、それを承知で勝負をしている。数々の仕掛けがあって、特にサッカーにお笑いをかけあわせたところが斬新だ。

 MCをタカアンドトシが務めている。タカが突然、「俺だッ、俺だッ、俺だッ!」などとギャグをかましてムードを高め、トシがかるく突っ込みながら、番組は進行していく。

 そこへ、解説役の元サッカー日本代表ストライカー城彰二さんが、おとぼけを入れながら絡み合っていく。「城さんって、あんなキャラだっけ?」と思わせるほど、この番組に出るようになってからはじけた感がある。

 マスコットガールの『non-no』専属モデル佐藤ありさちゃん(23)も、おとぼけとちょっとしたお色気をただよわせ、サッカー談義をガールズトークに持って行く。

 そして、最大のユニークさは、「サッカーアース欧州組広報部長」を自称する吉田選手だろう。パソコンのカメラに向かい自宅で収録したVTRで、堂々“レギュラー出演”する。

 「俺だッ、俺だッ、俺だッ!」のギャグは、以前、「ゴールを決めたらやります」と約束していたものだ。番組では、そのシーンをスローで再生し、ナレーションが盛り上げた。「…そして歴史的瞬間が訪れる。ギャグは伝道師によって世界へはばたいた」

 吉田選手本人によると、チームのミーティングでもその映像が流され、「あれはなんだ?」とチームメイトに突っ込まれた。「いま日本でもっとも人気があるコメディアンの有名なジョークだよ」と説明したが、「みんなにはメチャクチャ馬鹿にされました↓」

 だから今度は、ザックJAPANの試合でゴールを決めて「俺だッ、俺だッ、俺だッ!」をやると約束した。いわゆる<サッカー調子のり世代>の代表でもある彼なら、ほんとにやっちゃうだろう。なでしこJAPANじゃないが、サッカーは楽しくやらなくちゃ。

 4月1日放送回の目玉は、英プレミアリーグのボルトンで、1部リーグ残留争いの救世主となっている宮市亮選手(19)の特集だった。トシが「いまわれわれが一番見たい選手」と言うまでもなく、最大の注目株だ。ぼくがチェックしているかぎり、他の番組に先駆けての特集となり、実に興味深い。

 名将ヴェンゲル監督に才能を見いだされ、高校在学中に名門アーセナルと契約した。いまはボルトンにレンタル移籍している。3月17日には英紙で1ページ全面をつぶした特集記事が組まれ、「(俊足で鳴らす)ウォルコットより速い」と大絶賛されたという。

 ありさちゃんは「イケメンだし、カッコいいし、かわいい」とガールズトーク丸出しだ。

 英紙によると、宮市は100メートル10秒6という。では、J2ガイナーレ鳥取の野人・岡野雅行選手(39)とどっちが速いか、という話になる。野人がVTRで登場し、訳のわからないことを言ってうそぶいた。「大学時代、寝起きにバスケットシューズで走って10秒8だった。全盛期だったら、負ける気がしない。野人は負けられない」

 それなら、J1名古屋グランパスの永井謙佑選手も呼んで、番組で現役3人のスピード比べをやったら面白い。

 宮市特集で、[実はスピードより○○力がすごい]というクイズが出されると、タカは「長州力がすごい」とトボけた。トシがすかさず「プロレスラーか! 文章としておかしいだろ」と突っ込む。正解は「吸収力」。

 中学時代のチームメイトは証言する。「各世代の日本代表にコンスタントに選ばれていて、そこで上手い選手からいろんなことを吸収し、成長してチームに帰ってきた」

 超高校級ストライカーの弟・剛君(16)は、「すごいわがまま。ねぎと玉ねぎが大きらいで絶対食べない」とばらした。まあいいじゃないか。中田英寿氏も野菜嫌いだった。

 高校時代の親友は、「女の子としゃべっていると、顔が赤くなって汗が出てしまうぐらい恥ずかしがり屋」ながら「超男気がある男」だと語った。ありさちゃんは「そういうタイプに女子は弱い。わたし、やられちゃう」。番組スタッフは、わざわざ「ありさ23歳」とテロップを出した。お姉さんもメロメロにするスター性がある。

 この番組は、サポーターはもちろん、非サポーターも必見だ。

 --毎週木曜日に更新--

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野球にかぎらず基本は進化する ある革命的な技術論

「球春」という言葉は、俳句やメディアで季語となっているそうだ。毎年2月1日には、プロ野球がいっせいにキャンプインする。まだ、♪春よ、遠き春よ♪ といった感じだが、寒さも底を打ち、早春のときめきを予感させてくれる。

 やがてオープン戦がはじまり、梅のニュースで春の足音はいちだんとちかづく。さらにセンバツ高校野球が開幕する。

 今年2012年のセンバツをテレビでちらちらと観ながら、ぼくは各チームのショートの守備に注目している。1回戦のある試合では、ショートが三遊間寄りに移動して、「体の正面」で捕球し、一塁へ投げた。ぼくも、中学の3年間、野球部に所属していたが、このプレーは基本にとても忠実ではあった。

 でも、そういった基本は、21世紀のいま、どうやらまちがいらしい。どこの高校チームの監督も「ゴロは正面で」と教えているだろうが、そういう指導法はすでに昭和の遺物となりつつある。

 テレビ朝日系の深夜番組『Get Sports』(3月19日放映)で、プロ球界ヤクルトスワローズの宮本慎也選手が、ショートの守備の極意を、インタヴュアーの野球解説者・古田敦也さんに熱く語っていた。

 宮本選手は、ゴールデングラブ賞を9回獲った球界一のショートとして知られる。シーズンを前に、巨人の原辰徳監督にたのまれ、巨人の坂本遊撃手に捕球のいろはを指導していた。プロの現役選手が他チームの選手を個人的に指導するというのは、とても例外的なことだろう。打撃は非凡ながら守備に難のある坂本選手は、野球少年のように、手取り足とり教えてもらっていた。

 『Get Sports』は、月曜午前0時45分から2時間ちかく放送される番組で、なかなか生で観るのはむずかしい。ぼくも録画しておいて後で観る。さまざまなスポーツをとりあげ、中でも一流のプロによる技術の解説がとても興味ぶかい。

 知られざる奥義について古田さんが宮本選手に極意を聞くというその回も、ほかではまず観られない内容だった。野球少年や中学、高校の選手、というよりむしろ指導者にとって必見の番組となっていた。

 宮本選手は、あれほどの実績を持つというのに一種の精神論を第一にあげる。「派手なプレーはいらない。投手が打ち取った打球を必ずアウトにし、堅実なプレーをして仲間の信頼をえる」

 そして、数々の野球界の神話、都市伝説を否定していった。

 たとえば、内野手は「ゴロが来たら前へ出ろ」と教えられた。ぼくもいまにいたるまで、それは正しい捕球法だと信じ、草野球でも実践していた。でも、宮本選手はちがうと言う。

 「なんでもかんでも前に行くと、ボールとの距離が縮まりすぎ判断ができづらい。引くか前へ出るかは打球の質を見て判断する。ボールに合わせて守備をする」

 古田さんは「それはよくわかるわぁ」と、深くうなずいていた。

 宮本選手によると、ボールが正面から飛んできたら、体をずらすようにしてボールの右側に入るのが正解という。「打球を右に見て、捕るときは正面に入る。右肩を前に出すようにして捕ると、万一、はじいても体の左前にボールが落ち、次の送球動作がしやすい」。その際、タイミングを右足の踏み込みでとるのがコツという。

 「正面伝説があるから、何でも正面、正面。でもそれは、よけい距離感をとりにくい」。古田さんも相槌を打つ。

 プロ野球でも、捕球をした瞬間にグラブを寝かせ下側に返すくせがついている選手がいる。「そうとすると、捕球が『点』になりエラーしやすい」。正しくはグラブを開き垂直にちかく立てることだそうだ。そうすると、ボールの威力を吸収できイレギュラーバウンドにも対応しやすいという。

 宮本流守備教室のハイライトは、体を横向きにして左手のグラブを右に差し出す逆シングル捕球をめぐる技術論だった。

 古田さんによると、海外では逆シングルのほうが回り込んで体の正面で捕ろうとするより「送球動作が速くなる」と、子どものころから推奨されている。だから、古田さんは各地の野球教室などで逆シングルを提唱しているが、コーチらから「基礎に反している」と怒られるという。

 これについて、宮本選手は「子どものころからやったほうがいい」とあっさり古田さんに軍配をあげた。「ああ、よかった」と、古田さんは満面の笑みを浮かべた。これは、日本の野球界にとっては革命的な技術論だろう。

 サッカーでも、日本の古い指導法はガラパゴス化していた。ヨーロッパなどの少年サッカーでは、8人制にしてボールにさわる回数を増やすことが、上達への近道として実践されてきた。日本では相変わらず11人制で、8人制が採用されたのはほんの近年のことだ。

 どの分野にかぎらず世界と戦うには、神話、伝説を疑い目を世界に向けて、基本技術を進化させていかなければならない。それは、もちろん、基本をおろそかにすることとは対極にあり、基本を創ることだ。ね、宮本さん、古田さん。

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格安フライトの話は、頭に血がのぼる

 「うっそォ。こんなに安いのォ!」。かみさんが叫んでいる。あるクレジットカード会社から、ダイレクトメールがとどいた。「期間限定 とっておき春の北海道4日間」という、格安ツアーのチラシが入っていた。

 新聞の折り込みであれ何であれ、チラシはかみさんの愛読書(?)だ。それにしても、こんな反応を示すのは珍しい。

 羽田から函館へ飛び、五稜郭や朝市、洞爺湖、富良野、旭山動物園などを回る3泊4日のコースで、帰路は新千歳から羽田へ帰ってくる。それで29,980円ぽっきりだ。しかも、動物園の入園券がついていて、2名1室で食事5回つきの値段というからびっくりする。

 「それにしても安いわね~ぇ、行きた~い」とかみさんは言ったが、募集期間の4月はこっちもスケジュールがぎっしりでとても無理だ。

 そのチラシによれば、同じ路線のフライトを通常料金で払うと30,200円という。ツアーは温泉などの宿泊料金、道内移動のバス料金もふくまれている。航空会社や旅館・ホテルは、いったいいくらのもうけになるのだろうか。

 そもそも、東京や大阪から北海道へ飛ぶフライトは、ぼくに言わせれば安すぎる。そう思っているところへ、2012年3月1日、日本初の本格的な格安航空会社(LCC)が、関西国際空港を拠点に就航した。『ピーチ・アビエーション』というそうだ。

 初便は、関空発新千歳行きで片道4,780円からだった。関空発福岡行きはさらに安く、3,780円からという。往復しても1万円でおつりがくる。この夏には別のLCC2社も就航する予定で、今年は日本の“LCC元年”になる、という新聞記事もあった。

 もともと、日本国内の航空運賃は高いと言われていたから、今後、価格破壊がやっとこの業界でも起こるのかもしれない。

 しかし、そういうニュースを聞くと、ぼくは頭に血がのぼる。郷里の出雲に帰るためかみさんと羽田から飛ぶのだが、その料金はすごい。普通席が往復で58,540円かかる。ふたりで117,080円となる! 羽田ー出雲は日本航空の独占路線だから、ライバル会社はなく、価格破壊などどこ吹く風なのだ。

 ただ、ぼくたち夫婦は、老いた両親のために帰るので介護帰省割引がきく。それだと、夫婦で81,080円となる。ノーマル料金よりふたりで3,6000円も安くなるから、もちろん割引を利用する。

 でも、手続きがかなりめんどうくさい。親の介護保険証のコピーや自分たちの戸籍謄本、顔写真、運転免許証などを用意する。要介護者が2親等以内で出雲に住んでいることを証明する書類がいるのだ。空港のチェックインカウンターではなくサービスカウンターで、1年間だけ有効の介護帰省パスを作ってもらう。

 その前にネットで座席を予約する。割引を受けるにはパスの会員ナンバーがいるのだが、パスは空港で作ってもらうのだから、それがまだないか有効期間が過ぎているときがある。どうすりゃいいの。JALのウェブサイトには何も説明がないため、電話で問い合わせたりしなきゃならない。よくあることだが、何につけサイトの説明は不親切で、JALの場合も慣れないときは大変だ。とりあえず普通席で予約し、あとで差額料金の払い戻しをしてもらう。

 やっとチケットが手に入ると、今度はチェックインカウンターに並び、チェックインの手続きとスーツケースの預け入れをする。これでやっと、搭乗できるのだ。ふぅーっ。

 わが夫婦は、介護帰省で2泊3日または3泊4日するのだが、実家はすでに自家用車を手離しているので、空港レンタカーを利用する。これはJALのウェブサイトからチケットと同時に予約すると、わずかながら安くあげられる。

 お世話になっている近所や親戚、福祉関係者への手土産代をのぞいて、交通費だけで1回あたり12万円くらいはかかる。それを、昨年は、父の施設入所や難病の姉の入院・葬儀などのため何度か繰り返した。ふぅーっ。

 「出雲へ帰るより、台湾や韓国へ行ったほうが、よっぽど安いじゃない」。かみさんの言うのももっともで、昨冬には、帰省はあえてさぼって韓国・釜山へ旅行した。2泊3日で往復のフライトと一流ホテル、現地の空港送迎がついて、ふたりで6万円ぽっきりだった! 名物のチャガルチ魚市場で日本よりうんと安いヒラメやサザエを食べまくり、市中心部では「韓牛」を味わった。まあ、味は和牛のほうがずっと上だと思ったが。

 羽田ー出雲路線は、日に5便飛んでおり、ほとんど席が埋まっていることも多い。出雲と東京を空路で行ったり来たりする人は、まちがいなく年々増えている。

 JTBがLCCの国内線について消費者アンケートをし、約7,500人がネットで回答した。約4割が乗ってみたいと答えたが、反面、「しばらく様子を見て決める」人は25%、「乗ってみたいとは思わない」人は12%だった。その理由は、「なんとなく不安だから」が最も多く43%だったという。

 たしかに、“安い、でも墜ちる”じゃこまるけど。LCCは機内食や手荷物預かりサービスなどは有料だという。それで結構だ。地方路線にも進出してくれれば、わが家の家計も大いに助かるのだが。

 --毎週木曜日に更新--

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