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『インド特急便!』(光文社 2009年5月25日初版発行) 解説

ジャーナリスト 木佐芳男(元読売新聞ニューデリー特派員)

 インドは果たして超大国になるか――。本書『インド特急便!』の原題のサブタイトルは「新しい超大国の未来」となっている。振り返れば過去一〇年ほど、世界各国の政治家や外交官、ジャーナリストなどのあいだで、時おり、このテーマが口の端に上って来た。

 本書の序章には、「リベラルな超大国」という言葉が出て来る(26ページ)。おそらく、この本の最重要キーワードだろうと思われる。リベラルという言葉は日本語に訳しにくく、そのままカタカナで使われることが多い。そもそも、「リベラル」は「超大国」という言葉になじむものだろうか。辞書をみると、リベラルとは「政治的に穏健な革新をめざす立場をとるさま」とされ、「本来は個人の自由を重んじる思想全般の意だが、主に一九八〇年代のレーガン米政権以降は、保守主義の立場から、逆に個人の財産権などを軽視して福祉を過度に重視する考えとして、革新派を批判的にいう場合が多い」ともいう。「自由主義的な」と訳せばポジティブな意味あいになるが、ネガティブな使われ方もあるということだ。さらに、リベラル右派という言葉もあり、ややこしい。

 オバマ米大統領の評価をめぐる二〇〇九年四月一〇日付け朝日新聞の座談会で、中山俊宏津田塾大准教授は「リベラル派と規定されがちだが気質は極めて保守的」と評し、保守の対極にリベラルを置いている。水野孝昭朝日新聞論説委員は「オバマ氏は『イラク反戦』を掲げたリベラルだった。しかし選挙中の人種問題の演説や就任演説では保守のキーワードである『責任』を使った」と同様の発言をしている。このような例を見ても、政治・経済・軍事で他国を圧倒するはずの超大国に「リベラルな」という形容詞を付けることにはいささか違和感があるかもしれない。

 本書の著者は巻末近くで「リベラルな超大国」について論じるのだが、そこに至るまでの著述について触れておく。インドが新興国として注目を集めるようになったここ数年、わが国でもインドをテーマとするさまざまな本が出版された。しかし、そのほとんどは、経済的躍進を中心とするインドの新しい側面に注目するあまり、この大国が抱える影の部分を無視ないし軽視する傾向があり、誤ったインド像を提示する恐れをはらんでいる。本書も初めから読み進めると、「インドという国は、計り知れない年月のあいだ積み上げられてきた因習を振り払い、貧困を脱せんとし、(一部の評判によれば)一国が経済的・政治的大国になるとはどういうことか、先進国に目にもの見せようとしている」(11ページ)などという勇ましい記述にいきなり出くわす。そして「第一章 世界を驚かせたインド人プログラマーたち」では、インド躍進のきっかけとなったIT(情報技術)産業をとりあげ「これぞまさに、目覚めつつあるインドの新たな姿だった」(34ページ)と持ち上げる。第二章はアメリカ企業からの委託を受けたコールセンターなどオンライン・ビジネスの盛況ぶりを取り上げている。近年のいわゆるインドものの本を読んでいる読者の中には、「この本よ、お前もか」と嘆息する人もいるかもしれない。

 しかし、本書の真骨頂はそれに続く章にあると言えるだろう。著者は、インドIT産業のシンボルである南部の都市バンガロールで、あえてスラム街に足を踏み入れ、「第三章 お隣はスラム街~新興インドの光と影~」を書く。第四章では後進地域の女性たちに焦点をあてる。男尊女卑の風習が根強いインドでは、常に女性たちが虐げられてきたからだ。女児の誕生は往々にして歓迎されず、出産前に性別診断をし人工妊娠中絶が広く行われていることも報告する。

 ここまでがインドの今を語る<横軸>であるとすれば、第五章ではイギリス植民地時代にまでさかのぼり、<縦軸>を語っていく。インドは第二次大戦の終結前後、大英帝国からの独立闘争を展開し、一九四七年にはついに独立を果たす。「実は今日のインドの底力と経済的な自信の秘密を語る上で、自由を求める闘争とその成功は重要な鍵になる」(182ページ)という指摘は、かなり斬新な視点だ。そして第六章では、「世界最大の民主主義国」について、独立以来の歩みを踏まえて説いていく。「インドの民主主義は予測不可能な面もある」(206ページ)としながらも、軍事クーデターなどが一度として起きたことがないインド現代政治史を肯定的にとらえる。

 第七章には特筆に価する取材の跡が見られる。一九九一年の経済危機をきっかけに、それまでの社会主義的な国家統制経済から市場経済に大転換して以降のインド社会の病理を指摘するのだ。若き精神科医であるバガト博士が「カウンセリングと心理療法を提供する支援組織と、医師としての自身の仕事を通じて」、「現代インドの生活に満ちているストレスと精神的な苦悩がいかほどのものか、真に理解できたという」(240ページ)とする。「離婚、薬物乱用、家庭内暴力、それに鬱病はいずれも増加している」(242ページ)。

 被爆国・日本の読者の多くが少なからぬショックを受けそうなのは、核保有国となったインドを取り上げる第十章ではないだろうか。一九九八年五月、インドは国際社会を出し抜く形で核実験を強行した。インド政界は与野党を問わず、そして民衆の圧倒的多数も諸手をあげて支持したのだった。「核兵器実験は国民に強力な一体感をもたらした」(366ページ)とするインド人ジャーナリストのコメントを紹介している。「国際情勢のなかで、わが国はかなり重要なプレーヤーになりつつあります。それが核実験の結果であるというのなら、それはそれでかまいません」(369ページ)という政府の国家安全保障問題顧問を務めた人物の言葉も取り上げている。隣の敵対国パキスタンが、わずか二週間後に核実験を行い、インド亜大陸での核戦争は現実の恐れとなった。しかし、著者は、よく言えば客観的にこの問題を扱い、あえて直接的な批判はしない。

 そしていよいよ第十一章でこう述べる。「インドにも越えるべき壁はある。それでもやはり、アメリカが一〇〇年以上ものあいだ占有してきた世界的な役割に近い立場に、インドは移行しようとしている――すなわちリベラルな超大国である」(391ページ)。「アメリカの憲法と権利章典は、ヨーロッパの啓蒙主義とフランス革命の思想を土台とし、本質的に『リベラル』な国家の基礎を築いた。『リベラル』に代わることばは思い浮かばない」(392ページ)とも書く。だが著者は、ベトナム戦争やイラク戦争など負の側面については論じようとはしない。アメリカをリベラルな超大国と規定し、インドが第二のアメリカのようになると結論づけるのは、やや性急で飛躍があると思える。

 私もかつてニューデリーの特派員を務め、二〇〇八年にはインドを再訪した。名門デリー大学で英語・英米文学を教えインドの宗教・社会について数冊の著作がある親友に「インドは超大国になると思う?」と水を向けた。彼は「アメリカみたいに、という意味でなら、なれはしないし、なりたくもない」と答えた。その立場は大国志向の強いインドでは少数派かもしれないが、そういう冷静な声があることも確かだ。だいいち、世界は多極化の方向へ動いており、超大国が存在できる時代ではなくなりつつあるのではないか。

 しかし、本書にそうした弱点はあっても、カナダ出身で英BBC放送の南アジア各国特派員を歴任した著者が、二〇年近くにわたってインドを見つめ、実情をできるだけ誠実に伝えようとした姿勢は高く評価できる。インドには、貧富の格差の広がり、相も変わらぬカーストをめぐる争い、イスラム過激派の台頭とそのバックラッシュともいえるヒンドゥー教徒の過激化など、多様で複雑な現実がある。現代のインドを知る書物として一冊をあげるとすれば、本書をおいて他にないと思う。

 インドは近年、九パーセント以上の経済成長を続けてきた。二〇〇八年九月以来の金融危機のあおりを受け、二〇〇九年三月の輸出総額は前年同月比でマイナス三〇・四三パーセントと大幅に落ち込んだ。二〇〇九~一〇年の成長率は、政府の見込みで六・五~七・〇パーセントにとどまると予測されている。だが、日本とちがい内需は旺盛で、曲折はあっても経済面では疾走していくだろう。いっぽう、政治面では迷走するかもしれない。総選挙は二〇〇九年四~五月に行われるが、二大全国政党は衰退傾向にあり、特定のカーストや地域の利益を代表する多くの小党との連立しか道はない。財務大臣として一九九一年以降の経済改革を断行し、二〇〇四年に首相となった国民会議派のマンモハン・シン氏が続投できるかどうかが焦点となる。仮にヒンドゥー教右派のインド人民党を主体とする連立政権ができれば、イスラム教国パキスタンとの関係が再び緊張する恐れもある。イスラム過激派のテロもさらに激化するかもしれない。

 インドを外国人としての目で見るとき、出身国がちがえばまた異なった視点があるはずだ。私事だが、二〇〇九年九月、『日本人カースト戦記』(文芸社)という本を上梓する。かつてインドに住んでいたとき、使用人数人を抱え、家庭のなかにカースト制がそのまま持ち込まれてしまった。また、インドに暮らす日本人コミュニティは、各カースト階層が無数に分かれたサブカーストの一つのようなものとして、インド社会に存在していた。そうした体験に再訪記をあわせ連続エッセイとして綴ったものだ。インド像を立体的に捉えるべく、本書とあわせて手にとっていただければ幸いである。

  二〇〇九年四月記

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