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軽井沢フォアグラ事件

 高級リゾート施設に体験宿泊しませんか? 妻があるカード会員になると、そんなDMが届いた。ひとり1泊2食つきで税込みわずか3000円だという。条件として、会員制リゾートクラブの説明を40分ほど聞くことがあげられていた。「天下の愚策・定額給付金を使って内需に貢献するため、旧婚旅行代わりに試してみるか」。軽井沢の施設を選び、夫婦で出かけた。

 その施設は、南軽井沢の国道バイパス沿いにあり、まるでリゾート気分など味わえない。建物も、思っていたよりずっと小さかった。

 フロントで「ご夕食のグレードアップができます。いかがいたしましょうか?」と聞かれた。宿泊費にはビーフシチュー・セットの夕食代がふくまれているが、ひとり1050円を余分に払えば「牛フィレのフォアグラ乗せセット」が食べられるという。たった1000円でフィレ肉にフォアグラとは安過ぎないか。ちょっと不審に思ったものの、ビーフシチューよりはましだろう、とグレードアップすることにした。

 レストランはこじんまりしていた。まず出て来たサラダは、表面が干からびている。「これ、なに?」。妻が小声で言う。添えられたドレッシングも、首を傾げる味だった。でも、となりのテーブルのふたり連れのおばさんは、ウェーターに「このドレッシング美味しいわねえ。自家製で即売もしてると書いてあるけど、ここで買えるの?」と尋ねている。妻とぼくが顔を見合わせるのを尻目に、ウェーターは「フロントでお買いになれます」と答えた。

 やがてウェーターは、ぼくたちにメインディッシュとライスを運んで来た。お皿を置く位置がでたらめで、まったくのど素人だ。料理をナイフで切って口に入れ違和感を感じた。「ねえ、これフォアグラだと思う?」。妻もひと切れ食べてみて「ちょっと、ひどいわね」とまたも首を傾げた。念のため、ぼくはもうひと口食べてみた。「これ、レバーだよ。しかもこの色と味、食感は豚のレバーだよ!」。フォアグラもレバーにはちがいないが、これはひどい。妻も「お肉のほうもすごく筋っぽくて硬いし、こんなのフィレじゃないわ」と顔をしかめた。

 料理にかかっていたのは、ビーフシチューのソースにちがいなかった。なんという手抜きか。それでも、深く考えないことにして力まかせに肉を切り、どうにか全部食べた。デザートは抹茶アイスを頼んであった。どこで食べても大差ないはずのものなのに、抹茶の風味もなにもない。ぼくはついに頭に来てウェーターを呼んだ。「今の料理、とてもフォアグラとは思えない。たぶん豚のレバーでしょ。あなたはアルバイトでよく分からないだろうから、料理人に聞いてきて下さい」

 ウェーターはカウンター奥の厨房に下がってしばらくすると、レストランを出て、どうやらフロントへ行った。5分ほどもしてからもどってきて「料理はガチョウの肝臓だそうです」と言った。まったく、子どもの使いだ。ウェーターは伝票にサインをするよう頼んできたが、「納得できないから、保留にします!」と、ぼくたちは席を立った。

 部屋にもどって半時間もしたころ、シェフと名乗る人から電話がかかってきた。「私は今日お休みをいただいておりまして、失礼いたしました。お食事にご不満がございましたようですが、当方ではフランスから輸入したフォアグラを使っておりまして」

 本物のフォアグラなら、いったいどう料理すればあんなまずい味になるのか。よっぽどそう言ってやろうかと思ったが、料理人としてのプライドもあるだろうし、ぐっとがまんした。「じゃあ、今日は誰が料理をしたんですか?どうしてレストランで苦情を言ったときに料理人の方が出てこなかったんでしょう?」「本日の担当はひとりで、午後7時にはあがらせていただきましたので」。シェフは、食材偽装と料理の腕の悪さのどちらかを認めざるを得ない究極の選択を迫られたはずだが、のらりくらりとその場をごまかした。

 さらに1時間後、支配人からも電話がきた。非番のところ報告を受けて急きょ出勤したという。「大変失礼いたしました。お食事についてはかねてちょっと問題点もございまして。貴重なご意見として参考にさせていただきます」。微妙な言い回しだった。料理人の勤務時間について聞くと「5時半か6時にはあがったと思います」と言う。「じゃあ、誰が夕食の料理をしたんですか?」「あの・・・、保温器を使っておりまして」。その間、サラダにラップもかけないで放っておいたわけだ。

 なにが高級リゾート施設だ。電話を切ったあと、妻にやりとりをかいつまんで話すとこう言った。「ソテーしたフォアグラを保温器に1時間や2時間入れたくらいで、あんなにぱさぱさになるかしら」。いわゆる牛フィレも、うんと安物を使ったのだろう。それにしても、料理に文句を言う客はこれまでいなかったのか。

 リゾートクラブの説明という名の勧誘をしに営業マンが部屋へやって来たのは、夕食前だった。お笑いコンビ『ドランクドラゴン』の塚地武雅(つかじむが) さんに、体型や声、話し方がよく似ている。塚地さんは2代目裸の大将役でも知られる。

 ポイント権をまず購入し、施設ごとに設定されたポイントを使って宿泊するシステムという。一番安いコースは、140万円で70ポイントを買い、それにクラブ登録諸費用10万円、初年度管理費5万7400円を足し、合計155万7400円かかる。それで1年目に、この軽井沢クラスの施設なら7泊できる。国内に22、海外に70以上の施設があるという。「4人部屋ならふたりでも4人でも消費ポイントは同じですから、ご両親をお連れになるかたも多いですよ。2年目はポイントを買わなくても1年目と同じポイントが付与され、年間管理費の5万7400円だけでいいんです。それで30年間も有効ですからたいへんリーズナブルです」。リゾート会社X社を創設して10年になり会員は1万人を超えたという。塚地さん風は、立て板に水でセールストークする。

 部屋のテーブルの上には、クラブ案内の分厚いファイルが用意されている。「特徴」として3項目がカラー印刷してあり、その第1項がこうなっていた。
 「会員になると『オーナーとしてリゾート施設を共同所有』」

 ポイント制なのに共同所有とはおかしくないか。塚地さん風営業マンに突っ込むと、顔をとたんに緊張させ暑くもないのに汗までにじませている。「正確に申しますと、各施設の所有権はイギリスの会社にありまして、会員のかたはそれを利用する形となっています」。クラブ案内をよく読むと、確かにそう書いてある箇所もある。「じゃあ、この共同利用というのはウソですね?」「ウ、ウソというわけではなくて、つまり、ちょっとした手ちがいと言いますか」

 ぼくは、面白くなってさらに突っ込んだ。「もし、御社がつぶれたら、会員権はどうなるんですか?」「あ、あのう、うちがつぶれる可能性もゼロではないですが、施設をイギリスの会社が所有し、そこと提携しているうちのX社が運用し、会員のかたがたはXリゾートクラブという独立会計のクラブ組織を維持するシステムなんです。万一、弊社が倒産しても、会員様のXクラブはイギリスの会社と直接提携して施設を利用しつづけられるようになっています」。そんなことが可能か。会員クラブはマンションの管理組合などのように理事会と総会を中心に運用されているという。理事も会員のなかからボランティア的に引き受けてもらっているそうだ。2008年度の総会に出席したのは、1万人超の会員のうち約40人だった、と塚地さん風は語った。「わざわざ日本全国から総会に出席したんですか?」「まあ、ご夫婦とかご家族連れのかたがほとんどですが」。つまり、出席会員の実数は20人ほどか。マンションの管理組合でも、組織として動くのは容易じゃない。まして、クラブ会員は全国に散らばっている。

 「イギリスの会社の格付けはトリプルAで信頼できます」「でも、サブプライムローン問題で暴露されたように、格付けなんてまったくあてにならないじゃないですか」「は、はい。おっしゃる通りですが・・・」。もし、イギリスの所有会社やX社がつぶれれば、会員たちは大混乱になるだろう。「施設の共同所有」などというだましのキャッチフレーズを信じている人たちはなおさらだ。「イギリスの会社と御社、Xクラブの提携契約書はありますか?」。ぼくは最後に聞いてみた。塚地さん風は英文の契約書のコピーを取り出した。そこには「ザ・クラブ」とだけあり、固有名詞がない。「こんなずさんな契約書、見たことないなあ」と突き返すと、裸の大将もどきは青ざめた顔をハンカチで拭いた。

 経済危機のさなかにもかかわらず、会員は毎月100人以上のペースで増えているという。「高級リゾート」「イギリスの会社」「トリプルA」などの歌い文句に引っかかるのだろう。自家製ドレッシングを大いに気に入ったおばさんたちの顔が浮かんだ。ぱさぱさした“豚のフォアグラ”だって、軽井沢の高級リゾート施設で食べれば美味しいのかもしれない。

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