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2009年6月

続・軽井沢フォアグラ事件

 軽井沢のリゾート施設で食べさせられたいわゆるフォアグラは、どう考えても豚のレバーだった(「軽井沢フォアグラ事件」参照)。レバーは申し訳なさそうに縮こまり、その下のいわゆる牛フィレステーキも身を固まらせていた。あずかり知らぬことで後ろめたい気持ちを抱かせられた肉たちに罪はない。

 そして、フォアグラをめぐる食材偽装をぼくたちが経験したのは、これが初めてではなかった。

 あるとき、JR長野駅前にある高級ホテルへ取材に行き、ついでにランチを食べようと、ホテル内のレストランへ入った。運転手役の妻もいっしょだった。昼のメニューは限られていてしかも高く、一番安いのが「フォアグラ丼」だった。おう、これぞ和洋折衷。たしか、1200円ちょっとだった。「この値段でフォアグラというのも変じゃない?」と妻は言ったが、財布の都合でオーダーした。

 丼鉢ではなく、うな重を盛る長方形の木塗りの器で出てきた。ひと目見て、妻もぼくも苦笑した。地鶏のレバーをそのままの形でソテーし、ご飯に乗せている。おいおいこれでフォアグラはないだろ、と突っ込みを入れながらも、ひと口食べた。醤油をメインにした和風の味つけで、焼き加減もほど良い。レバー独特の臭みもなく、ねっとりとして舌にからまる。箸は進んだ。ガチョウの真性フォアグラと感じはちがうが、「これはこれでひとつのメニューとしてはありかな」というのが、妻とぼくの感想だった。

 食材偽装であるのはたしかでも、この料理には可愛げがあった。地鶏のレバーを使っていることを隠そうともしない。鶏レバーも、何だか胸を張っているように思えた。店員に文句を言う気もまったくなかった。それにひきかえ、軽井沢のは性質(たち)が悪かった。まず、シェフが「本物のフォアグラです」と強弁するところが、いただけなかった。味がそれなりに美味しければ偽装もご愛嬌だが、ぱさぱさとして、箸にも棒にもかからない。

 それにしても、ぼくたちの前にクレームをつけた客がいないようなのが不思議だった。

 ぼくは、学生時代、JR京都駅にほど近い5つ星ホテルのレストランでアルバイトをしたことがある。バイト仲間に、高田純次さんも真っ青になりそうなテキトー男がいて、その彼がアイスティのオーダーを受けた。紅茶やコーヒーはバイトが作ることになっていた。コーヒーは業務用コーヒーメーカーに焙煎した豆を入れ、スイッチを押せばしっかりしたものができる。ところが、紅茶はティーパックで一杯ずつ淹れるのだった。

 アイスティは飲んでみなくても、見ただけでうまいかどうかすぐ分かる。にごっていたら渋くてまずい。うまいのは透明感がある。レストランで働いていれば、そのくらいのことは常識だ。

 テキトー男の作ったのは、ものすごくにごっていた。
 「そんなのを、客に出すの?」
 「いいの、いいの、こんなもんでしょ」

 暇な時間帯だったから、その客がどんな反応をするのか観察していたら、ふつうにアイスティを飲んでいる!

 バイトの女子学生もあきれていた。テキトー男と客の両方にだ。
 「わたしは小さな喫茶店でバイトしたことがあるけど、そこであんなひどいものを出したら、クレームが来るのまちがいないわ。ここは高級ホテルだから、お客さんも変に納得しちゃうのかもしれないわね」

 シンガーというアメリカの心理学者は、ひとつの実験をした。一般に、大学教授が女子学生に成績をつけるとき、その評価は女子学生の魅力に左右されるのではないか、という仮説を確かめようとしたのだ。女子学生の写真192枚を用意し、40人の教授にそれぞれの学生の魅力を評価してもらった。その結果、美人と評価された学生ほど成績もいいことが明らかになった。また、男子学生も美人学生の書いたレポートは好意的に解釈するし、美人の意見は男子学生に対して、より説得力を持つこともわかった。「美人は得をする」というのを、学術的に裏づけたのだった。

 仏像や神像にある光背(こうはい)のことを、英語でhalo(発音はヘイロウ)と呼ぶ。ここから、美や権威など何らかの高い価値があるものが影響力をもたらすことを、心理学では「ハロー効果」または「威光効果」というそうだ。

 軽井沢の“フォアグラ”や京都のホテルのアイスティは、まさにこのハロー効果で、文句も言われなかったのだろう。口にした人は「高級なところで出されたものだから、こんなものだろう」と納得するのだとしか思えない。それも、無意識にそう思い込むのだろう。

 大阪の読売テレビが制作する『秘密のケンミンSHOW』という番組で、「大阪府民は、値段が味覚に影響する!?」という企画を試みた(2009年6月4日放映)。街を行く人をつかまて、ミカンを食べてもらう。「ふつうの味やな」という相手に「これ1個400円もするんですよ」とたたみかける。すると、その人は「うまいなぁ」と態度を一変させる。別の人に試みても同じ反応だった。番組ではさらに、コップに水を入れて同じような実験をした。「ふつうやな」という人に「500mlで1000円もするんですよ」と言うと、「あ、そう。この水うまいなぁ」

 ドイツで知り合った大阪出身の友人、Kさんの奥さんも、これと同じことを言っていた。子どもたちがあまり喜んで食べないものがあるとき、「これ、すごく高いのよ」というと、すぐに箸が伸びるのだという。この反応は、大阪人に限ったものかどうか。もっと広範囲に実験をしてもらいたいところだ。

 ビートたけしさんが司会を務めるテレビ東京の『たけしのニッポンのミカタ』では、視覚と脳科学の実験をした(2009年6月19日放映)。日本人がマグロ好きなのは、その赤い色が影響している、という仮説を検証した。スタジオで、たけしさんやその他の出演者がマグロの握り寿司が青く見えるサングラスをつけて、寿司を食べた。仮説が正しいなら、マグロ寿司はまずいはずだが、そこはたけしさんの番組で、みんな「別に、ふつうにうまんじゃない」ということになった。

 しかし、VTRで紹介された実験では、番組の期待通りの結果が出た。女子高生たちにゴーグルで「赤い寿司」を見ながら食べさせると、ほとんどが「美味しい」と答え、「白い寿司」を身ながらでは「味がうすい」という反応が多かった。「青い寿司」では「美味しくない」という答えが圧倒的で、「食感もちがうみたい」という声が聞かれた。

 「赤色=マグロ=好き」という連想が、日本人の中に根づいているという解説だった。こうした反応を、専門家は「味覚の予期」と呼ぶそうだ。長い人生を歩んできたたけしさんらスタジオの人たちは、女子高生とちがって、ちょっとひねくれているのかもしれない。

 光線の色で味覚や食欲が変わることは、たしか以前から知られていることで、食卓の上の照明は暖色系を使うのが一般的だ。マグロの場合、「赤」が印象にのこり、よけい脳に働きかけるのかもしれない。

 飲食物を、舌で味わうのではなく、先入観で味わう人たちがいるのだった。恋愛感情だってほとんど先入観の賜物だし、ま、それはそれでいいのだろう。

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快挙か壮挙か暴挙か――51歳でモーグル国体選手!

 モーグルの上村愛子選手が、2009年6月11日、アルペンスキー(回転)の皆川賢太郎選手と、ふたりそろって結婚報告会見を行った。上村選手は、冬季オリンピックに長野大会から3大会連続で出場しており、2010年のバンクーバー大会の日本代表が内定している。近い将来、スキー・サラブレッドの誕生が楽しみだ。

 モーグルは、ノルウェー語で、「雪のコブ」を意味するという。その言葉どおり、コブのある急斜面を滑り降り、途中で2回、エア(空中演技)をする。ターン技術とエア演技、それにスピードを競う。素人目にテレビ観戦していると、何だかおっかないスポーツではある。空中回転して着地に失敗すれば、首の骨を折って即昇天ということにもなりかねない。

 あるとき、滋賀県に住む妹から携帯メールがきた。
 <突然ですが、うちの夫が、このたび2009新潟冬季国体モーグルの部に出場することになりました!! 滋賀県代表で、男女2人ずつ、男子のもうひとりは北海道出身の立命大生です。また、女子はこのあいだワールドカップで5位になった伊藤みきの姉と妹! モーグルの世界では伊藤3姉妹として有名です。ちなみにシニア部門はありません! 会社では部長に「勝手にしろ!」とあきれられたそうです。以上、お知らせまで>

 義弟はすでに51歳になり、毎日新聞大阪本社学芸部の編集委員をしている。まったく何を考えているのか。妹が未亡人になる白昼夢がよぎった。ぼくはすぐにメールを送った。
 <快挙か壮挙か暴挙か! 生命・障害保険には入っていますか?>

 妹からはこんな返信がきた。
 <暴挙です! 保険は両方入ってますが……。このあいだはコラムに書き、大会後は“生涯スポーツとしてのモーグル”のテーマで「記者の目」に書きたいとたわけたことを言っております>

 そりゃ、暴挙だろう。「記者の目」というのは、毎日新聞の目玉になっている大型コラム記事で、ふつう全国版だ。世間に注目されることを意識した劇場犯罪というのがあるが、義弟は劇場スポーツをやろうとしているのか。

 実は、義弟は、大阪本社版の「発信箱」という欄で、すでに国体のモーグル競技に出場することを書いていた。それによると、ストレスで長期間仕事を休むはめになり、39歳のとき初めてスキー場に行ったのがきっかけだったという。41歳でモーグルに挑戦した。ある程度年を取ってからスキーを始める人は世の中にいるだろうが、それがモーグルへと飛躍するところが、ユニークな性格の義弟らしいといえばらしかった。

 「競技としての歴史が浅いから、誰も気づいていない上手なターンやエアのやり方があるかもしれない。努力と工夫次第で上位進出の可能性があると信じ、物理の受験参考書も引っ張り出して、技術革新に取り組んでいる」

 義弟はかなりオタクっぽいところがあり、韓流ドラマにはまった日本人の草分けだった。モーグルにはまっていったのも、同じような精神構造からだろう。それにしても、何で物理の参考書か。30年以上も前の受験生時代のものを、よくも保管していたものだ。

 モーグルなどのフリースタイル・スキーの競技者として全日本スキー連盟に登録しているのは、男性が591人、女性が146人という。50代以上は義弟ひとりだそうだから、押しも押されぬ日本最高齢選手だ。

 「年とともに衰えると思っていた肉体で、20代にはできなかった宙返りもできる」
 モーグルの宙返りの練習は、いきなり雪の上でやるのはあまりに危険だから、急坂を滑り降りプールに飛び込む施設でするらしい。妹からきたある年の年賀状には、ヘルメットをつけた義弟が、大阪にあるとかいう練習場で宙返りしている瞬間の写真が貼り付けられていた。“専属カメラマン”の妹が撮影したものという。

 トキめき新潟国体の記事は、新聞にはほとんど載らず、義弟がいつ出場したかも分からないままだった。もっとも、ぼくはスポーツ面より事件事故を扱う社会面のほうを気にしていた。
 「無謀にも51歳でモーグル挑戦 毎日記者死亡」
 そんな記事が載るんじゃないかと、ちょっと真剣に心配していた。さて、未亡人予備軍の妹からは、やがてこんなメールがきた。

 <ご報告。一昨日の深夜、夫が無事新潟から帰ってきました。なんとかゴールできたそうで、159人中155位というビミョーな結果となりました。結果はどうなったのかという読者からの問い合わせ(!)もあり、来週あたり全国版で「記者の目」を書くことになりました(どうゆうユルい会社や!?)なお、当日見に来ていた30代の男性が、明らかに年寄りなのにビブ(ゼッケン)を付けている夫に「すごいですねぇ」と話かけ、ツーショット写真を撮らせてと頼んできたんだそうです。ミクシーにでも載せるのかなぁ>

 妹もやっと気づいたように、毎日新聞はたしかにユルい。楽屋落ちの話を載せることもよくあるが、そのほうが読者に親近感を持たれる。そういう新聞があってもいい。

 <本日、毎日朝刊「記者の目」に夫の記事が載ったのですが、お昼のTBSテレビ「ピンポン」でその記事が取り上げられることになったそうで、いま問い合わせがきました。びっくり>

 話は大きくなってきた。もし、放映されれば、一気に全国民の注目を集めるところとなる。
 <TVは、「二畳新聞」に用意は出来ていて司会の福澤さんのうしろにチラッと映ったものの読まれませんでした。ドッと疲れた~>

 そりゃ、つき合わされる妹も疲れるだろう。「二畳新聞」というのは、紙面を2畳サイズに拡大してコメントをつけて紹介するコーナーだった。テレビで紹介されたりしたら、義弟はいっそう張り切って、今度はほんとに首の骨を折ってお陀仏になりかねない。取り上げられなくてよかったかもしれない。

 妹は、後日、「記者の目」のコピーをくれた。義弟はこんなことを書いている。
 「51歳にして初めてあこがれの舞台に立ち、人間の運動能力は年齢とは関係なく高められることを実感することができた」
 「スタート直後は(斜度が)約30度。以前は足がすくんだ。それを難なくこなし、第1エアも成功したが、その後の緩斜面で後傾になって片方のスキーが外れてしまった。10秒以内に履けば続けて滑ることができる。くじけそうになりながら、女子選手らの『頑張って』の声援に励まされ、滑りきった」
 「モーグルは、相手の体や物ではなく、自分の体を動かす競技なので、体格の違いがあまり影響しない。技術的な要素の比重が大きく、意外と生涯スポーツに向いている」
 「仕事の合間の限られた練習で勝つためには、人一倍の工夫と努力が必要だ。公園でエアの技を特訓する器具を日曜大工で自作した」
 オタク全開だ。

「まだ大会では試みていないが、竹とんぼのように1回転するヘリコプターやバックフリップ(後方宙返り)も練習している。おかげで、私の筋力はアルバイトで肉体労働をしていた20歳のころと変わらない」
 「次々とやってくるこぶを乗り越えていくのは、まるで人生のようだ」

 読者からは、反響のメールが舞い込んだ。
 <素晴らしいの一言です。私は48歳。20代には国体選手(山岳競技)として出場したこともありますが、年齢的に衰えを感じ、体力的にも技術的にもスポーツにはピリオドを打とうとしていました。(中略)自分もまだまだイケるかな?勇気をもらいました>
 <私も47歳のモーグルオヤジです。(中略)下手ながら自己流のモーグルを模索して、気力が衰えるどころかモーグルへの情熱は増大しつつあります。バックフリップをすでに練習されているということで、その勇気に感服いたしております>

 義弟は考古学の専門記者で、その方面の泰斗、上田正昭・京都大学名誉教授から、遅い年賀状がきた。
 「『記者の目』まことにさわやかで、高齢者を勇気づける記事です。講演のおりに使わせていただきます。モーグルのこぶの乗り越え、まさに人生のこぶと同じです」

 暴挙というより、やはり快挙なのだろう。妹を未亡人にしないという条件で、応援することにしよう。
 ホップ・ステップ・ぎっくり腰、ホップ・ステップ・肉離れ!などにならないように、な。

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都市伝説――上野公園の1トップ

 東京国立博物館へ『国宝阿修羅展』を観に妻と出かけた。博物館の敷地には長蛇の列が出来ており、係員が「4列に並んでくださ~い」と大きな声をかけている。人びとはきちんと並んだ。阿修羅はインドから来た神で仏法を守る存在だが、インド人はこんなに整然とは並ばないよなぁ、と思いながら、妻は一番右端、ぼくはその左隣に並んだ。ぼくの左側には、身長が推定で1.4メートルしかないずんぐりむっくりの50代のおばさんが立っている。一番左端には1.8メートルくらいの中年のおじさんがいた。

 おばさんは、臙脂(えんじ)、黒、白の混じったど派手なワンピースを着て、真新しいスニーカーを履いている。列が少しずつ前へ進むにつれ、おばさんが右斜め前にずれてきて、ぼくは前へ進みにくい。おばさんは、さらに右前へ出て、ぼくは完全に列から下がるしかなくなった。しかたがないので、おばさんのいなくなった左から2番目の位置に立つと、おばさんは左端の背の高いおじさんに何か話しかけた。それまでふたりは口もきいていなかったから他人かと思っていたが、どうやら凸凹夫婦のようだ。おじさんの足元を見ると、やはり真新しいスニーカーを履いている。

 夫婦なら隣同士でちゃんとならんでいればいいのに、とぼくは右斜め後ろへ下がった。ワンピースのおばさんは左へ寄り、ぼくは元の位置にもどった。でも、しばらくすると、おばさんはまた右斜め前へずれてくる。さらに今度は列の一番右端まで移動してきた。妻も一歩さがるしかない。まったく、こんな日本人もいるんだ。少しいらつきながらも、まったく初めての経験で、新鮮な思いにかられる。ぼくがふたたびおじさんの右隣に立つと、またもおばさんは「そこは私の位置よ!」と言わんばかりにもどってくる。その間、おじさんはなにも言わないで、一番左に並んだままだ。無言の戦いが何度もくりかえされ、列は次第に博物館の入場口に近づいた。「おじさんも、おばさんにちゃんと並ぶよう言えばいいのに」。妻もさすがにちょっといらついている。それでもぼくたちは文句を言わないところが、やはり日本人だ。

 JR上野駅の改札脇にある博物館の入場券売り場には、「待ち時間2時間」の張り紙があった。博物館の行列の最後尾には「待ち時間約100分」のプラカードを手にした係員が立っていた。「この時間が反対だったら、お客さんたちはがっかりするところよね」。妻がささやく。心理学を応用しているのだろうか。実際には95分で、展示会場に入れた。

 入場直前には、係員の指示で4列から8列に並び変えた。列の中で動き回っていたおばさんとつれあいは、肝心のときになぜか一列後ろへ下がっていた。ぼくたちの列までで入場グループが区切られたため、凸凹夫婦はさらに待たされることになった。自業自得ではある。そう言えば、この言葉も仏教用語だ。

 奈良・興福寺には妻もぼくも中学校の修学旅行で行ったが、阿修羅はガラスケースに入っていて正面からしか観られなかった。今回はさえぎるものもなく、しかも360度から間近で観ることができる。広い博物館でもとくにその展示室はラッシュアワーそのもので、ぼくは痴漢にまちがわれはしないかとひやひやだ。「足が止まってますよ!時計回りにゆっくり動いて下さ~い」。係員が大きな声をあげている。

 阿修羅像は3つの顔を持つ。あまりにも有名な正面の顔は、やや眉をひそめ中性的だ。表情はスポットライトのせいか、観る角度で微妙に変わる。初めて観る右の顔は朴訥(ぼくとつ)なお兄ちゃんのようで、左の顔はイケメンだ。麻布を漆で固めて作ったというが、1300年前のその技術には圧倒される。

 日本の仏像には、何体かのスーパー・スターがいる。京都・広隆寺の弥勒菩薩や奈良・秋篠寺の伎芸天には熱狂的なファンが多い。実はぼくもそのひとりだ。そして、阿修羅もスーパー・スターにはちがいない。インド、パキスタン、アフガニスタン、スリランカ、ネパール、タイなどで仏像をたくさん観てきたが、日本のものは、美術的にダントツで優れていると思う。

 阿修羅展の会場には、最終的に94万もの人が訪れた。東京国立博物館の日本美術の展覧会としては史上最多記録という。仏教の守護神四天王などさまざまな像や興福寺の模型、中金堂跡からの出土品なども展示され、内容から言えば『興福寺展』だった。それをあえて阿修羅に絞ってネーミングしたそうだ。また、『阿修羅ファンクラブ』を結成し会員バッジを作ったり特別鑑賞会を催したりした。さらにイケメンを競わせる『ジュノンスーパーボーイコンテスト』(主婦と生活社主催)とタイアップした。「すてきねぇ」「できることなら、うちの中に飾っておきたいわ」。会場には若い女性も目立った。最多記録はPR作戦の勝利だった。

 サッカー岡田JAPANのある試合を、NHKが特殊カメラで撮影しコンピューターで選手11人の走行距離を測ったら、合計120キロに達したという。ヨーロッパの一流チームでも100キロくらいというから、その運動量は半端じゃない。

 ぼくたちが阿修羅展を訪れて3日後、岡田JAPANはウズベキスタンを1-0で破って、2010年に開かれるワールドカップ南アフリカ大会へ世界で一番最初に名乗りをあげた。テレビ観戦していると、各選手は前後左右にピッチを走り回り、敵のマークを幻惑している。FW岡崎選手も、右端からゴールに向かって突進し、ダイビングヘッドで決勝点をあげた。

 この動き、どっかで体験したことあるなぁ。上野公園のど派手ワンピースおばさんの動きを思い出した。阿修羅はインド神話の悪神で、常に戦い合う世界の存在ともされる。あのずんぐりむっくりからは想像もできないが、おばさんは阿修羅の化身だったのだろうか。僕たち夫婦の忍耐力を試すため、上野公園に現れたのだろうか。そうとでも考えなければ、列を乱しまくるあの日本人離れした動きは理解できなかった。

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つるむ全国紙 映画『消されたヘッドライン』

つるむ、という言葉を日本語俗語辞書で調べたら、意外な歴史を知った。もともとの意は共犯関係を結ぶことで、江戸時代から盗人などの隠語として使われていた。それが、1970年代になると、暴走族が暴走行為をすることを指すようになり、さらに不良少年の間で悪さをすることなどの意味で広く使われるようになった。1980年代に入ると、悪いことをするという部分がとれ、ある程度結束していっしょに何かをすることや、いっしょにいることをつるむと言うようになった。それが、平成に入ると、たんにいっしょにいるとかとりあえずいっしょにいるといった場合にも使われるようになったという。へぇー、犯罪者の隠語が不良の隠語になり、ついには若者言葉になったわけだ。

 2009年5月15日、読売と朝日の朝刊を読んで、このつるむという言葉を思い出した。両紙とも1ページを使い全国紙5紙の記者・OB記者座談会を広告特集として掲載していた。読売、朝日、産経、日経、毎日新聞の共同企画といい、他の3紙にも同じものが載っているらしい(東京版のみ)。5月22日に全国で公開される映画『消されたヘッドライン』を観て、記者たちが語り合っている。ジャーナリズムの現在と真実を追う新聞記者たちの姿を描いた作品だという。5紙記者が座談会をし、それを各紙が同じ日に載せるなど、おそらく前代未聞だ。

 念のため読売と朝日を読み比べると、文章がずいぶんちがう。読売の書き出しはこうだ。
 「――まずは、おひとりずつ、映画の感想からお話いただけますか。小池 最近観た映画の中で、いちばんハラハラドキドキしましたね。新聞のあらゆる問題や記者活動の重要性を丹念に描いた、いい映画だなと思いました。・・・」

 ところが、朝日ではこうなっている。「――まずは、映画を見ての感想を聞かせてください。小池 スリリングな展開とカメラワークに、始めから終わりまで、ドキドキさせられました。この映画には、現在の新聞が直面しているあらゆる問題が盛り込まれていますね。・・・」

 日本人が日本語で語り合ったものを日本語の新聞が伝えるのに、どうしてこうもちがうの。全編その調子で、これではまるで作文だ。ぼくも、新聞記者のころ、座談会を記事にする仕事をよくやり、元の発言をできるだけ忠実に記述するよう鍛えられた。この共同企画は、インターネット時代にあって新聞記者としてのプロフェッショナリズムをPRする目的があるはずだが、思わずぼろを出してしまったようだ。記者の力がそれだけ落ちているのだろうか。

 『消されたヘッドライン』を観に行った。『グラディエーター』主演のラッセル・クロウ演じる泥臭い新聞記者が、殺人事件の陰に巨大権力を感知し闘っていく。新聞記者の仕事をドラマチックに表現してはいるものの、とくに前半はちょっと分かりにくい。どんでん返しはあるが感動する結末でもない。5紙が大々的にキャンペーンした割には、ネットを覗いてもあまり話題になっている風でもない。皮肉にも、新聞の影響力の衰退を示す一例になった恐れもある。

 日本の経済界には、「護送船団」と呼ばれる、業界でつるんで進む独特の方式があり、銀行のケースがよく知られる。新聞記者出身のぼくが言うのもなんだが、新聞業界も一種の護送船団だ。新聞の販売価格を販売店に指示しそれを守らせる再販売価格維持の商売、いわゆる再販制度がある。官公庁の情報を独占し横並びで報道する悪名高い記者クラブ制度もある。そして、新聞関係者もほとんど意識していないが、もうひとつ「日本語の壁」が船団を守っている。日本語を使う国は日本しかなく、メディアは海外に市場を広げられないいっぽうで海外から侵食されることもない。

 日本の新聞業界は、世界でもまったく例のない繁栄をしてきた。世界の新聞発行部数ランキングを見ると、上位5位までを日本の新聞が占めている。ウォールストリート・ジャーナルが14位で200万部、ニューヨーク・タイムズはわずか100万部しかなく北海道新聞より小さい。

 しかし、インターネットの普及が、新聞護送船団にとっての黒船となった。日本新聞協会によると、2006年の日刊紙の公称発行部数は、ピークだった1997年より約3%減の5231万部で、2008年には5149万部とさらに減っている。若者層はネットやテレビ、ワンセグでニュースをチェックし、月に4000円近くもかかる新聞を取らなくなった。部数が減れば広告収入も減る。電通の発表では、インターネット広告は2006年までの10年間で約6%増加したが、新聞はその増加分近くを減らした。ネットに部数と広告を食われる傾向はその後ますます強まっている。

 ほとんどの新聞社は、かつての銀行のように不良債権を抱えているわけではなく、すぐに経営危機に陥ることはない。だが、アメリカでは地方紙が次々と廃刊になり、ニューヨーク・タイムズのような著名新聞でも経営はかなり悪化し多くの編集スタッフをリストラしている。日本の新聞業界も将来の見通しは暗い。収益力のあるとされる朝日でも、2009年3月の決算では、139億円の赤字を出した。夏のボーナス交渉で会社側はなんと4割カットを提案したという。

 全国紙5紙が異例の共同企画を打ち出したのは、インターネット時代でもやはり信頼できるメディアは新聞だとアピールするためだろう。

 全国紙がつるんだ例としては、2008年1月に朝日、日経、読売が始めた『新s』(あらたにす)という共同ポータルサイトがある。3紙の記事をひとつの画面上で読み比べることができるサイトだ。新sは新聞とNewsをかけたもので、読みの「あらたにす」は古語で「新しくする」を意味する。「あらたに」は、ローマ字にすると「ALL at ANY」で「全ての事」という意味になり、3紙の頭文字A(朝日)、N(日経)、Y(読売)も入っているという。

 トップページには、3紙の1面、社会面、社説や主要ニュースのタイトルと冒頭部分を掲載し、クリックすると各社サイトの記事ページに飛ぶ。10人の識者が新聞記事を解説するコラムもある。サイトのコンテンツと新聞を連動させる試みだ。

 ぼくは数年前、あるインターネット新聞の初代雇われ編集長をしていたことがある。一般市民に記事の投稿を募り、編集してアップロードするいわゆる市民ジャーナリズムだ。韓国のオーマイニュースをモデルとしている。ネット新聞創刊にあたりスタッフを使って内外のブロガーなどを強力に勧誘した。さまざまなマスコミに取り上げられたこともあり、短い期間に1000人以上の記者が集まったまではよかった。

 しかし、記者の人たちはしょせん素人集団だった。何とか記事が書けるのは2、3人しかいなかった。そのうちひとりは、ある地方テレビ局の報道記者OBだった。もうひとり、オーストラリア在住の小さな会社の社長さんが「タコ社長」のペンネームで、思わず笑わせられたり考えさせられるコラムを送ってきた。彼は2009年2月、『つれあいはオランダ系オージー タコ社長のポジティブな豪州日記』(ビジネス社)という本を出した。「つれあいのすぐ下の妹が顔をやや赤らめて言い出した。『13歳の次女がね、この間いきなりオーラルセックスって言い出すのよ』。普段、やや引いている私も思わず乗り出した。学校の性教育がそこまで進んでいるというのだ。私も、伯母のつれあいとして授業参観にでも行ってみたくなる」。こんな調子だ。

 「タコ社長レベルが20人ほど確保できれば、うちのネット新聞も成功するんですが」。ぼくはある雑誌の取材にそう答えたものだ。

 取材をして記事を書くことは、素人にはまずできない。新聞社の記者でも最低5、6年かけて基本をマスターする。一人前になるには10年くらいはかかる。市民ジャーナリズムというのは幻想ではないか。自分の経験からそう思う。韓国のオーマイニュースも、すっかり落ち目のようだ。

 『新s』サイト創設を発表した2007年10月の記者会見で、日経の杉田亮毅社長はこう語った。「ネットで配信されているニュースも、大半は新聞社の記者が取材したもの。真のニュース発信者である新聞社が力を合わせ、ネット社会で影響力、発言力をいっそう高めていきたい」

 全国紙もどうせつるむなら、インパクトのある映画を共同制作してはどうだろう。インターネット隆盛の時代ではあっても、素人とプロではこれだけ情報の扱いに差があるんだということを見せつける作品でアピールするのだ。それでも、ネットでは「護送船団があがいてる」などとまた揶揄されるんだろうが。

 ちなみに、大辞泉を開くと、つるむの説明はこれしかない。「『つるぶ』の転 動物の雌と雄が交尾する。交尾む、遊牝む」。ああ、交尾のことかぁ。

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