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つるむ全国紙 映画『消されたヘッドライン』

つるむ、という言葉を日本語俗語辞書で調べたら、意外な歴史を知った。もともとの意は共犯関係を結ぶことで、江戸時代から盗人などの隠語として使われていた。それが、1970年代になると、暴走族が暴走行為をすることを指すようになり、さらに不良少年の間で悪さをすることなどの意味で広く使われるようになった。1980年代に入ると、悪いことをするという部分がとれ、ある程度結束していっしょに何かをすることや、いっしょにいることをつるむと言うようになった。それが、平成に入ると、たんにいっしょにいるとかとりあえずいっしょにいるといった場合にも使われるようになったという。へぇー、犯罪者の隠語が不良の隠語になり、ついには若者言葉になったわけだ。

 2009年5月15日、読売と朝日の朝刊を読んで、このつるむという言葉を思い出した。両紙とも1ページを使い全国紙5紙の記者・OB記者座談会を広告特集として掲載していた。読売、朝日、産経、日経、毎日新聞の共同企画といい、他の3紙にも同じものが載っているらしい(東京版のみ)。5月22日に全国で公開される映画『消されたヘッドライン』を観て、記者たちが語り合っている。ジャーナリズムの現在と真実を追う新聞記者たちの姿を描いた作品だという。5紙記者が座談会をし、それを各紙が同じ日に載せるなど、おそらく前代未聞だ。

 念のため読売と朝日を読み比べると、文章がずいぶんちがう。読売の書き出しはこうだ。
 「――まずは、おひとりずつ、映画の感想からお話いただけますか。小池 最近観た映画の中で、いちばんハラハラドキドキしましたね。新聞のあらゆる問題や記者活動の重要性を丹念に描いた、いい映画だなと思いました。・・・」

 ところが、朝日ではこうなっている。「――まずは、映画を見ての感想を聞かせてください。小池 スリリングな展開とカメラワークに、始めから終わりまで、ドキドキさせられました。この映画には、現在の新聞が直面しているあらゆる問題が盛り込まれていますね。・・・」

 日本人が日本語で語り合ったものを日本語の新聞が伝えるのに、どうしてこうもちがうの。全編その調子で、これではまるで作文だ。ぼくも、新聞記者のころ、座談会を記事にする仕事をよくやり、元の発言をできるだけ忠実に記述するよう鍛えられた。この共同企画は、インターネット時代にあって新聞記者としてのプロフェッショナリズムをPRする目的があるはずだが、思わずぼろを出してしまったようだ。記者の力がそれだけ落ちているのだろうか。

 『消されたヘッドライン』を観に行った。『グラディエーター』主演のラッセル・クロウ演じる泥臭い新聞記者が、殺人事件の陰に巨大権力を感知し闘っていく。新聞記者の仕事をドラマチックに表現してはいるものの、とくに前半はちょっと分かりにくい。どんでん返しはあるが感動する結末でもない。5紙が大々的にキャンペーンした割には、ネットを覗いてもあまり話題になっている風でもない。皮肉にも、新聞の影響力の衰退を示す一例になった恐れもある。

 日本の経済界には、「護送船団」と呼ばれる、業界でつるんで進む独特の方式があり、銀行のケースがよく知られる。新聞記者出身のぼくが言うのもなんだが、新聞業界も一種の護送船団だ。新聞の販売価格を販売店に指示しそれを守らせる再販売価格維持の商売、いわゆる再販制度がある。官公庁の情報を独占し横並びで報道する悪名高い記者クラブ制度もある。そして、新聞関係者もほとんど意識していないが、もうひとつ「日本語の壁」が船団を守っている。日本語を使う国は日本しかなく、メディアは海外に市場を広げられないいっぽうで海外から侵食されることもない。

 日本の新聞業界は、世界でもまったく例のない繁栄をしてきた。世界の新聞発行部数ランキングを見ると、上位5位までを日本の新聞が占めている。ウォールストリート・ジャーナルが14位で200万部、ニューヨーク・タイムズはわずか100万部しかなく北海道新聞より小さい。

 しかし、インターネットの普及が、新聞護送船団にとっての黒船となった。日本新聞協会によると、2006年の日刊紙の公称発行部数は、ピークだった1997年より約3%減の5231万部で、2008年には5149万部とさらに減っている。若者層はネットやテレビ、ワンセグでニュースをチェックし、月に4000円近くもかかる新聞を取らなくなった。部数が減れば広告収入も減る。電通の発表では、インターネット広告は2006年までの10年間で約6%増加したが、新聞はその増加分近くを減らした。ネットに部数と広告を食われる傾向はその後ますます強まっている。

 ほとんどの新聞社は、かつての銀行のように不良債権を抱えているわけではなく、すぐに経営危機に陥ることはない。だが、アメリカでは地方紙が次々と廃刊になり、ニューヨーク・タイムズのような著名新聞でも経営はかなり悪化し多くの編集スタッフをリストラしている。日本の新聞業界も将来の見通しは暗い。収益力のあるとされる朝日でも、2009年3月の決算では、139億円の赤字を出した。夏のボーナス交渉で会社側はなんと4割カットを提案したという。

 全国紙5紙が異例の共同企画を打ち出したのは、インターネット時代でもやはり信頼できるメディアは新聞だとアピールするためだろう。

 全国紙がつるんだ例としては、2008年1月に朝日、日経、読売が始めた『新s』(あらたにす)という共同ポータルサイトがある。3紙の記事をひとつの画面上で読み比べることができるサイトだ。新sは新聞とNewsをかけたもので、読みの「あらたにす」は古語で「新しくする」を意味する。「あらたに」は、ローマ字にすると「ALL at ANY」で「全ての事」という意味になり、3紙の頭文字A(朝日)、N(日経)、Y(読売)も入っているという。

 トップページには、3紙の1面、社会面、社説や主要ニュースのタイトルと冒頭部分を掲載し、クリックすると各社サイトの記事ページに飛ぶ。10人の識者が新聞記事を解説するコラムもある。サイトのコンテンツと新聞を連動させる試みだ。

 ぼくは数年前、あるインターネット新聞の初代雇われ編集長をしていたことがある。一般市民に記事の投稿を募り、編集してアップロードするいわゆる市民ジャーナリズムだ。韓国のオーマイニュースをモデルとしている。ネット新聞創刊にあたりスタッフを使って内外のブロガーなどを強力に勧誘した。さまざまなマスコミに取り上げられたこともあり、短い期間に1000人以上の記者が集まったまではよかった。

 しかし、記者の人たちはしょせん素人集団だった。何とか記事が書けるのは2、3人しかいなかった。そのうちひとりは、ある地方テレビ局の報道記者OBだった。もうひとり、オーストラリア在住の小さな会社の社長さんが「タコ社長」のペンネームで、思わず笑わせられたり考えさせられるコラムを送ってきた。彼は2009年2月、『つれあいはオランダ系オージー タコ社長のポジティブな豪州日記』(ビジネス社)という本を出した。「つれあいのすぐ下の妹が顔をやや赤らめて言い出した。『13歳の次女がね、この間いきなりオーラルセックスって言い出すのよ』。普段、やや引いている私も思わず乗り出した。学校の性教育がそこまで進んでいるというのだ。私も、伯母のつれあいとして授業参観にでも行ってみたくなる」。こんな調子だ。

 「タコ社長レベルが20人ほど確保できれば、うちのネット新聞も成功するんですが」。ぼくはある雑誌の取材にそう答えたものだ。

 取材をして記事を書くことは、素人にはまずできない。新聞社の記者でも最低5、6年かけて基本をマスターする。一人前になるには10年くらいはかかる。市民ジャーナリズムというのは幻想ではないか。自分の経験からそう思う。韓国のオーマイニュースも、すっかり落ち目のようだ。

 『新s』サイト創設を発表した2007年10月の記者会見で、日経の杉田亮毅社長はこう語った。「ネットで配信されているニュースも、大半は新聞社の記者が取材したもの。真のニュース発信者である新聞社が力を合わせ、ネット社会で影響力、発言力をいっそう高めていきたい」

 全国紙もどうせつるむなら、インパクトのある映画を共同制作してはどうだろう。インターネット隆盛の時代ではあっても、素人とプロではこれだけ情報の扱いに差があるんだということを見せつける作品でアピールするのだ。それでも、ネットでは「護送船団があがいてる」などとまた揶揄されるんだろうが。

 ちなみに、大辞泉を開くと、つるむの説明はこれしかない。「『つるぶ』の転 動物の雌と雄が交尾する。交尾む、遊牝む」。ああ、交尾のことかぁ。

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