« つるむ全国紙 映画『消されたヘッドライン』 | トップページ | 快挙か壮挙か暴挙か――51歳でモーグル国体選手! »

都市伝説――上野公園の1トップ

 東京国立博物館へ『国宝阿修羅展』を観に妻と出かけた。博物館の敷地には長蛇の列が出来ており、係員が「4列に並んでくださ~い」と大きな声をかけている。人びとはきちんと並んだ。阿修羅はインドから来た神で仏法を守る存在だが、インド人はこんなに整然とは並ばないよなぁ、と思いながら、妻は一番右端、ぼくはその左隣に並んだ。ぼくの左側には、身長が推定で1.4メートルしかないずんぐりむっくりの50代のおばさんが立っている。一番左端には1.8メートルくらいの中年のおじさんがいた。

 おばさんは、臙脂(えんじ)、黒、白の混じったど派手なワンピースを着て、真新しいスニーカーを履いている。列が少しずつ前へ進むにつれ、おばさんが右斜め前にずれてきて、ぼくは前へ進みにくい。おばさんは、さらに右前へ出て、ぼくは完全に列から下がるしかなくなった。しかたがないので、おばさんのいなくなった左から2番目の位置に立つと、おばさんは左端の背の高いおじさんに何か話しかけた。それまでふたりは口もきいていなかったから他人かと思っていたが、どうやら凸凹夫婦のようだ。おじさんの足元を見ると、やはり真新しいスニーカーを履いている。

 夫婦なら隣同士でちゃんとならんでいればいいのに、とぼくは右斜め後ろへ下がった。ワンピースのおばさんは左へ寄り、ぼくは元の位置にもどった。でも、しばらくすると、おばさんはまた右斜め前へずれてくる。さらに今度は列の一番右端まで移動してきた。妻も一歩さがるしかない。まったく、こんな日本人もいるんだ。少しいらつきながらも、まったく初めての経験で、新鮮な思いにかられる。ぼくがふたたびおじさんの右隣に立つと、またもおばさんは「そこは私の位置よ!」と言わんばかりにもどってくる。その間、おじさんはなにも言わないで、一番左に並んだままだ。無言の戦いが何度もくりかえされ、列は次第に博物館の入場口に近づいた。「おじさんも、おばさんにちゃんと並ぶよう言えばいいのに」。妻もさすがにちょっといらついている。それでもぼくたちは文句を言わないところが、やはり日本人だ。

 JR上野駅の改札脇にある博物館の入場券売り場には、「待ち時間2時間」の張り紙があった。博物館の行列の最後尾には「待ち時間約100分」のプラカードを手にした係員が立っていた。「この時間が反対だったら、お客さんたちはがっかりするところよね」。妻がささやく。心理学を応用しているのだろうか。実際には95分で、展示会場に入れた。

 入場直前には、係員の指示で4列から8列に並び変えた。列の中で動き回っていたおばさんとつれあいは、肝心のときになぜか一列後ろへ下がっていた。ぼくたちの列までで入場グループが区切られたため、凸凹夫婦はさらに待たされることになった。自業自得ではある。そう言えば、この言葉も仏教用語だ。

 奈良・興福寺には妻もぼくも中学校の修学旅行で行ったが、阿修羅はガラスケースに入っていて正面からしか観られなかった。今回はさえぎるものもなく、しかも360度から間近で観ることができる。広い博物館でもとくにその展示室はラッシュアワーそのもので、ぼくは痴漢にまちがわれはしないかとひやひやだ。「足が止まってますよ!時計回りにゆっくり動いて下さ~い」。係員が大きな声をあげている。

 阿修羅像は3つの顔を持つ。あまりにも有名な正面の顔は、やや眉をひそめ中性的だ。表情はスポットライトのせいか、観る角度で微妙に変わる。初めて観る右の顔は朴訥(ぼくとつ)なお兄ちゃんのようで、左の顔はイケメンだ。麻布を漆で固めて作ったというが、1300年前のその技術には圧倒される。

 日本の仏像には、何体かのスーパー・スターがいる。京都・広隆寺の弥勒菩薩や奈良・秋篠寺の伎芸天には熱狂的なファンが多い。実はぼくもそのひとりだ。そして、阿修羅もスーパー・スターにはちがいない。インド、パキスタン、アフガニスタン、スリランカ、ネパール、タイなどで仏像をたくさん観てきたが、日本のものは、美術的にダントツで優れていると思う。

 阿修羅展の会場には、最終的に94万もの人が訪れた。東京国立博物館の日本美術の展覧会としては史上最多記録という。仏教の守護神四天王などさまざまな像や興福寺の模型、中金堂跡からの出土品なども展示され、内容から言えば『興福寺展』だった。それをあえて阿修羅に絞ってネーミングしたそうだ。また、『阿修羅ファンクラブ』を結成し会員バッジを作ったり特別鑑賞会を催したりした。さらにイケメンを競わせる『ジュノンスーパーボーイコンテスト』(主婦と生活社主催)とタイアップした。「すてきねぇ」「できることなら、うちの中に飾っておきたいわ」。会場には若い女性も目立った。最多記録はPR作戦の勝利だった。

 サッカー岡田JAPANのある試合を、NHKが特殊カメラで撮影しコンピューターで選手11人の走行距離を測ったら、合計120キロに達したという。ヨーロッパの一流チームでも100キロくらいというから、その運動量は半端じゃない。

 ぼくたちが阿修羅展を訪れて3日後、岡田JAPANはウズベキスタンを1-0で破って、2010年に開かれるワールドカップ南アフリカ大会へ世界で一番最初に名乗りをあげた。テレビ観戦していると、各選手は前後左右にピッチを走り回り、敵のマークを幻惑している。FW岡崎選手も、右端からゴールに向かって突進し、ダイビングヘッドで決勝点をあげた。

 この動き、どっかで体験したことあるなぁ。上野公園のど派手ワンピースおばさんの動きを思い出した。阿修羅はインド神話の悪神で、常に戦い合う世界の存在ともされる。あのずんぐりむっくりからは想像もできないが、おばさんは阿修羅の化身だったのだろうか。僕たち夫婦の忍耐力を試すため、上野公園に現れたのだろうか。そうとでも考えなければ、列を乱しまくるあの日本人離れした動きは理解できなかった。

|

« つるむ全国紙 映画『消されたヘッドライン』 | トップページ | 快挙か壮挙か暴挙か――51歳でモーグル国体選手! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/45305029

この記事へのトラックバック一覧です: 都市伝説――上野公園の1トップ:

« つるむ全国紙 映画『消されたヘッドライン』 | トップページ | 快挙か壮挙か暴挙か――51歳でモーグル国体選手! »