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ぼくは勝った!――核廃絶への道をめぐる大論争

 かつて新聞記者をしていたとき、ある同僚と大論争をした。1991年7月に行われた戦略兵器制限条約(SART1)の締結をめぐるものだった。それまでアメリカとソ連は、戦略核兵器を互いに向けてにらみ合い、冷戦を続けていた。それが、この条約で両国の核兵器を計4割、削減することになった。

 ぼくの新聞社は、まるで戦争でも終わったかのような大見出しで、このニュースを伝えた。他のメディアも同様だった。東京本社でその記事を作成する手伝いをしていたぼくは、そうした大扱いに異議を唱えた。冷戦期、米ソの核兵器を合わせると「地球30個分を破壊する威力がある」と俗に言われていた。4割削減でも地球18個分を破壊する威力は残される計算になる。アンパンを30個から18個に減らすという話ではない。全人類は、依然として人質に取られたままだった。

 米ソともに、「核でやられたら、核でやり返す」ことを宣言していた。これを、専門家は相互確証破壊と呼んでいた。英語の略称は“MAD”だった。「まったく馬鹿げた、 無分別な、不合理な」などの意味がある。まさに「まったく馬鹿げた均衡戦略」だった。

 「被爆国・日本の立場としては、もっと冷静に事態を見つめる必要があるんじゃないの。米ソが核を削減するのは、これまで核軍拡を互いにエスカレートさせて、金もかかるし疲れたから、核を少し減らさないか、ということにすぎない。米ソの台所事情の話で、核廃絶なんかまったく考えてはいないんだから、少なくとも日本にとっては大したニュースじゃない」。それがぼくの主張だった。

 同僚は、「それでも、核を減らすというのは、人類史上初めてのことで、それだけでも意義はある」と譲らなかった。

 ぼくは、もうひとつ、理由を付け加えた。「アメリカの大統領選挙で、一度でも核廃絶をアピールして立候補した政治家がいたか? アメリカは核を手放す気なんかまるでなく、より安上がりで安全な方法で、核兵器を持ち続けたいだけなんじゃないか。核削減がミソではなく、核維持がヘソなんだよ」

 それから17年が経った2008年、アメリカ大統領選挙では、バラク・オバマ氏が初めて「核のない世界を目指す」と訴え当選した。ぼくは、オバマ氏がそれをどう実行するか、個人的にも注目していた。ついに、核に脅される世界を変革しようとした政治化が現れたわけだから。

 そして、オバマ氏は、就任した翌2009年の4月、チェコの首都プラハで「核を使用した唯一の国として、アメリカは核を廃絶する責務がある」と、世界に向けて宣言した。
 背景には、2001年の9・11同時多発テロ以後、国際テロ組織アル・カーイダなどに核兵器を強奪される恐れが強まった事情がある。とくに、インドに対抗して核武装したパキスタンが狙われている。オバマ大統領は「核によるテロは、最も急速に極端にグローバルな安全を脅かす」とも述べた。

 オバマ大統領と旧ソ連の核を引き継ぐロシアのメドベージェフ大統領は、この年7月、新しい核軍縮条約の枠組みに合意した。米ロ両国は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機を合わせてそれぞれ5576、3909持っている。そこから、核弾頭数を1500~1675個に削減し、ミサイルなど運搬手段も500~1100に減らすことになった。それでもまだ、「地球を10個分以上をぶっ飛ばす」威力は残されている。しかし、核廃絶を究極の目標としている点が、START1のときとは決定的にちがう。

 そして、イタリア・ラクイラで7月に開かれたG8サミットで、「核兵器のない世界に向けた状況をつくることを約束する」とした首脳声明がまとめられた。声明は、すべての核保有国に対し、もっと核兵器情報を開示し核軍縮を進めるよう求めた。討議を引っ張ったオバマ大統領は、席上、2010年3月に、ワシントンで核安全保障サミットを開くことを明らかにした。北朝鮮やイランに、核開発をあきらめさせることも狙っている。

 1998年に核実験を強行して60~70個の核兵器を手に入れたインドでは、与野党、官民をあげず喝采し「これで大国の仲間入りができた」と喜んだ。それが、核の持つ魔力でもある。核の本当の恐ろしさ、非人道性を知らず、単に「巨大な爆弾」だと思い違いしているようだ。パキスタンも同じで、印パの間で核戦争が起きる恐れは、米ロ間よりずっと高い。核をおもちゃのように扱い、外交ゲームをしている北朝鮮は、もちろん、印パよりもはるかに危険だ。

 1980年代に広島を訪ねたスウェーデンのオロフ・パルメ首相(当時)は、原爆の惨禍の実態に大きな衝撃を受け、「国際的に責任を負う国の政治家は、政権を担当したら、すべからくヒロシマを訪れるべきだ」という言葉を残している。パルメは、ヴェトナム平和回復運動や反核運動にも尽力した政治家だ。

 核廃絶は容易ではない。岡田JAPANがサッカー・ワールドカップ南アフリカ大会でベスト4に入る確率よりずっとずっと少ない。それでも、一度使えば人類がおしまいになりかねない馬鹿げた兵器である核を、地球上からなくそうとするオバマ大統領は本気だ。その本気度に期待するしかない。

 オバマ大統領を主役とする核削減への一連の動きについて、日本のメディアは、START1のときのような馬鹿騒ぎはしていない。廃絶への道のりがどれだけ険しいか、分かっているからだろう。騒ぐより、どうすれば実現できるか、一つひとつの問題を検証して行こうという姿勢も見られる。その冷静な姿勢は真っ当だ。

 ぼくは、今にいたって、かつての大論争に勝ったのではないか、と思っている。
 次にぼくが興味を抱いているのは、オバマ大統領が、いつ広島・長崎を訪れ、何を語るかだ。

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