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葬式仏教をぶっとばせ!

 妻の父と祖母のダブル新盆・一周忌法要で、長野市へ帰ってきた。義父は、2008年9月、庭の梨の木を剪定(せんてい)していて脚立が倒れ、頭を強打して、翌月に亡くなった。それから3か月も経たないうちに、祖母が満98歳で大往生した。

 親戚の多くは首都圏に住んでおり、車で日帰りするので、お斎(とき)でもアルコールを口にしなかった。その中で、住職は注がれるビールや日本酒を、断ろうともせずがんがん飲んでいる。

 長野市M寺のこの住職は、義父の葬儀のとき、お布施を120万円も要求した。ぼくは、事後にその額を聞いて、よほどお寺に乗り込もうと思ったほどだ。しかし、妻の叔母の葬儀では、叔父が長野市の別のお寺に200万円もお布施を払ったと聞き、直談判をあきらめた。祖母の葬儀では、M寺の住職はさすがに50万円に負けてくれたが、それでも高い。お布施に加えて、祭壇、式場、棺代など葬儀社に支払う額をあわせると、恐ろしい額になる。

 島根県出雲地方のぼくの実家の菩提寺は、山陰の名刹として知られるが、母によると、祖母の葬儀のときのお布施は、僧侶3人分でわずか18万円だったという。隔週刊誌『SAPIO』2008年12月24日号の特集「寺と墓と死体の経済学」を読むと、お布施の平均値は30万円となっている。長野市のお布施の相場は、あまりにも異常ではないか。

 長野市で葬式を安くあげる裏技は、善光寺に頼むことだという。菩提寺がないか、菩提寺の住職ともめた家などが、善光寺に駆け込むのだという。そう言えば、出雲大社では、わずか1万円で神式の葬儀をしてくれるそうだ。善光寺や出雲大社は、葬式でもうけようなどとは頭から思っていないのだろう。

 お寺はふつう宗教法人となっていて、お布施には税金がかからない。しかし、宗教法人は公益法人のひとつで、社会のために存在しているからこそ、特例として無税になっている。家族の死に打ちひしがれている檀家から、お布施をむしりとって何が公益か。ぼくは、お斎のときに、M寺の住職には決してお酒を注ぎに行かないことにしている。住職が、お経をあげた後にする法話も薄っぺらで、死者を弔うより、くそ坊主に腹が立つ気持ちが強くなってしまう。

 葬式仏教という言葉が生れたのは、いつごろなのだろうか。ずっと昔のお寺は、地域の文化拠点としてそれなりに存在意義があったのだろう。しかし、昨今は、葬式か法事のときしか檀家も立ち寄らず、お寺の機能はすっかり形骸化している。

 ぼくは、かつてインドに駐在していたとき、ヒンドゥー教最大の聖地ベナレスの近くにあるサルナートで、修行と布教をしている日本人僧侶に取材したことがある。そこは仏陀が初めて説法をした仏教の聖地だ。この僧侶は、在家に生れたが、あるとき仏教に惹かれ仏門に入った。だが、葬式仏教へと堕落した日本の現状を見限り、仏教の原点の地で生きる道を選んだ。仏典に書き残された仏陀の教えだけを拠り所として過ごす日々で、ご本人はそれを「仏教原理主義」と呼んでいた。イスラム原理主義と言えばテロリストを連想してしまうが、仏教の原理主義者は極めて穏健で平和な暮らしをしていた。サルナートを訪れたのは、ふた昔も前のことだ。

 現代の日本には、そんな僧侶はいないのだろうか。そう思っていたところへ、『寺よ、変われ』(岩波新書)という本に出会った。長野県松本市浅間温泉の神宮寺住職、高橋卓志さんが書いたものだ。この住職は、2000年10月の長野県知事選で、田中康夫陣営の地域リーダーとして奮迅した。ぼくも取材させてもらい、『田中康夫 戦いの手の内』(情報センター出版局)に書いたことがある。

 高橋住職は、この新書で、葬式仏教に堕した日本の寺は「死にかけている」とし、生老病死という4つの苦に満ちた現実の中で、現代の仏教は死後のことにしか関わっていないことを正面から衝く。僧侶を排除した葬式が増えており、寺と檀家のトラブルも後を絶たず、檀家システムは崩壊の危機にあるという。

 僧侶の息子に生れた高橋さんは、「仏教のことなどわかるはずもない」小学三年生で得度(とくど)した。お盆には、坊主頭に衣を着て檀家回りをしたが、中学の同級生に「お前の家は、人が死んだら儲かる」と言われたことがトラウマとなった。

 副住職となっていた30歳のとき、本山である京都の臨済宗妙心寺管長・山田無文老師に付いて、太平洋戦争の戦地だったニューギニアの小さな島の洞窟を、戦没者の遺族や戦友とともに訪れた。足の下には、兵士の骨がそのままあり、遺族は号泣した。そして、高橋さんは「死後のセレモニーとしてしか死者たちに向き合ってはいなかったことを恥じた」という。

 その体験が原点となり、旧ソ連チェルノブイリ原発事故で汚染された病院や、タイのエイズホスピスなどを訪れ、社会活動をするようになった。神宮寺の経理を公開し、コンサートなど様々なイベントを企画して、寺を開かれた場所にした。僧侶仲間から批判を浴びたこともあったが、葬式仏教から抜け出すためにありとあらゆる試みをしてきた。

 ふつう、僧侶は、お通夜の読経から死者に関わるが、高橋さんは、旅立ちの前から関わることもしばしばで、見取ることもするという。新書に載せたデータによると、2008年1年間の葬儀は55件で、うち20件は檀家以外だった。檀家であっても菩提寺に葬式を頼むことを拒否するケースがある現代、檀家以外からの依頼がこれだけあるという事実は、特筆に値する。お布施の平均額は、戒名料などすべて込みで28万円だった。

 葬儀のあり方はこれでいいのか、という声は急速に高まっている。朝日新聞『天声人語』は、奇しくも義父の葬式が行われた2008年10月20日、この問題を取り上げた。「葬儀などの際、包んだお布施に釈然としなかった人は1人や2人ではあるまい。(中略)不透明さが仏教界への不信を招いているのではないか」。そして、青年僧ら約20人が、東京で結成した『寺ネット・サンガ』のことを紹介した。この団体は、お布施について喪主側に十分説明し、使途も明示するなどして、信頼を得る道を探っているという。

 葬式仏教をぶっ飛ばせ。

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