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そんな顧客情報も知らないのか

 オンライン書店に登録していると、しょっちゅう広告のメールが来る。たいていは、過去に購入した書籍と同類か周辺テーマの新刊本を買わないかという誘いだ。書店側は、こちらがいつどんな本を買ったか、顧客情報としてデータにしているわけだ。そんな本を買ったことがあったかな、と本人が忘れていることでも、すべて把握している。

 他人に知られてまずい本をインターネットで買ったことはないから、そう神経質にはならないが、それではすまないケースも出て来る可能性はある。

 書店に限らず、食品でも健康器具でもネットで購入すれば、必ずそうした情報を相手に渡すことになる。プライバシーに関わることだったらどうなるだろうと、ときどき、空恐ろしくなる。

 そうした顧客情報をめぐり、もっともひどいのが流出事件で、枚挙にいとまがない。最近では、外資系保険会社『アリコジャパン』の顧客情報が13万件以上も流出し、クレジットカードが不正利用された。保険契約の解消が相次いだそうだ。そんなずさんな会社の保険になど入ってはいられない、と考える人が続出するのは当然だろう。流出事件は、この会社の強みだった通信販売の支払いシステムを崩しかねない状況になったようだ。顧客獲得の原動力だった広告も自粛せざるを得なくなり、経営への打撃が避けられなくなった。当然といえば当然の報いだ。

 しかし、逆に、今どきこんな顧客情報も知らないのか、と頭にくることもある。ぼくはちょっとした持病があって、6週間に1度、あるクリニックに通っている。本来は日に3回飲む薬を2週間分処方してもらい、1日に1回分だけ飲んでいる。

 いつも、クリニックの近所にある調剤薬局で薬を買うのだが、なぜか、ほとんど毎回、薬剤師の顔が変わっている。もう長らく同じ薬を飲んでいるのに、薬剤師はたいてい、薬の説明書きを薬といっしょに渡す。説明書きだけで30円かかる。個人名も入っているから、ぼくはいつも家に帰ってシュレッダーにかけることにしていた。紙代とインク代と電気代のむだだ。

 今度行ったときは文句を言ってやろう、と決心し、先日、ついにたまっていた不満をぶつけた。その日の薬剤師は、若いお兄ちゃんだった。「ずっと同じ薬なんだから、説明書きはいりません」と言ったら、「説明書きはいれておりません」と生意気な感じの口の利き方できた。袋の中を確かめると、確かに入っていない。「いつも入れられるのに、きょうはどうして入れないんですか?」と聞くと、「お客様のデータとして、説明書きは必要ないということなので入れませんでした」と答えた。お兄ちゃんが手にしている処方せんに目をやると、下のほうに手書きでそれらしいメモが記入してある。誰が書いたのか。

 そこで、攻め手を変えることにした。「ほとんどいつも薬剤師さんが入れ替わっていて、あなたも今日初めてですが、パートなんですか?」。すると、「いいえ、正社員です。もう1店舗あって、そことここの両方を担当しているので、よく入れ替わることになります」と言う。コンビニじゃあるまいし、午前10時から午後6時までの営業時間で、そんなに複雑な勤務シフトを敷く必要があるのだろうか。すぐには納得できない答えだが、それはまあよしとしよう。

 薬剤師は、手に薬品名と購入日を一覧にした書類を持っている。「この前いらっしゃったときから、かなり期間が空いていますが、どうなさったのですか?」。また、いつもと同じ質問だ。「症状がかなり良くなったので、先生と相談して、日に1回分だけ飲むことにしているんです」

 ぼくはたたみかけた。「いまのあなたのように、毎回、薬を買いに来る期間が長い事情を聞かれるんですが、その理由も顧客情報としてパソコンデータに入れておいてもらえれば、同じ説明を繰り返さなくても済むんですが」。お兄ちゃんは慇懃(いんぎん)に「それは、ごもっともです」と答えた。

 こちらが文句を言う前に、顧客データに入れておこうと考える薬剤師は、ひとりもいなかったのか。たぶん次回からは、同じ質問の繰り返しはなくなるだろう。でも、データには「クレーマー」の文字が書き込まれ、次から次へと変わる薬剤師たちに情報が共有されるのかもしれない。

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