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アダルトビデオの謎

 海外で暮らしていたとき、どうしても日本のニュースに疎くなった。日本からの新聞、雑誌で最近の事情を知るのだが、心理的な距離のせいか、ピンとこないことも少なくなかった。テレビで生々しい現場を観ることがないのも影響しているかもしれない。

 そうした出来事の一つに、1989年の坂本堤弁護士一家失踪事件があった。国内ではかなりのニュースとして取り上げられたのだろうが、ぼくはインドにいて、ほとんど記憶がなかった。

 失踪はオウム真理教の仕業と分かり、一家は殺害されていた。2009年11月4日、それから満20年が経ち、事件を振り返る報道が行われた。

 ぼくは失踪事件のあった翌年にインドから帰国し、友人のX弁護士と久しぶりに会うことになった。待ち合わせに横浜市内の弁護士事務所に行くと、「あの坂本弁護士がここで働いていたの知ってる?」とXが聞いてきた。一瞬、何のことか分からなかったが、一家で失踪した弁護士がいたことを思い出した。オフィスの中に入れてもらうと、坂本弁護士の机はそのままで、無事を祈る千羽鶴が壁にかけてあった。そのころは、まだ安否が不明だった。

 坂本弁護士は、1989年春、オウム真理教の出家信者の母親から「息子を何とか脱会させたい」と相談を受けたのをきっかけに、オウム真理教と対決することになった。当初は教団の幹部と話し合いをしていたが、10月になって決裂し、オウム真理教の宗教法人の認可取り消しなどを求めて、民事訴訟の準備に入った。

 6年後に明らかになった事実関係によると、教団の代表者麻原彰晃(松本智津夫)は、総選挙に立候補を予定しており、坂本弁護士の動きが自分の選挙活動や教団の活動の妨げになると考え、殺害を企てた。

 11月3日、教団幹部の村井秀夫など6人に、坂本弁護士を待ち伏せして車に連れ込み塩化カリウムを注射して殺し、遺体をそのまま運び去らせる計画を立てた。しかし、その日は休日で待ち伏せしていた横浜市の洋光台駅付近に弁護士は現れず、失敗した。

 そこで、麻原は計画を変更し、翌日未明、6人を自宅に侵入させ、坂本さん(33)と妻の都子さん(29)を絞殺、長男龍彦ちゃん(1歳2か月)を窒息死させた。遺体はそれぞれ、新潟、富山、長野各県の山中に埋めた。

 当初、同僚弁護士らは、年末年始の休みも返上し、情報収集に必死になったという。弁護士有志は「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」を結成し、全国規模でチラシの配布やキャラバン活動などを展開した。

 坂本弁護士の自宅には、オウム真理教幹部しか付けていなかった「プルシャ」と呼ばれる真理教の徽章が落ちていた。同僚たちは、オウム真理教の仕業ではないかと強く疑っていた。だがまだ、地下鉄サリン事件などよりずっと前で、あのカルト教団も世間ではあまり注目されてはいなかった。

 一家失踪について、警察は事件として積極的に動く姿勢を見せなかった。神奈川県警によるある誤認逮捕事件を坂本弁護士が主に担当していたことや、弁護士事務所が警察による日本共産党幹部宅盗聴事件で警察側と対立していたことなどが影響していたと勘ぐる声もあった。

 警察は「坂本弁護士は借金を抱えて失踪した」「大金を持ち逃げした」などの事実無根の噂を新聞社数社に流したとされる。

 坂本弁護士は生真面目すぎるほどの人物で、ある友人が「もうちょっと、柔らかくなったほうがいい」と、無修正のアダルトビデオを貸したことがあったという。

 一家不明事件を受け、警察は自宅にあったさまざまな物を預かっていった。その中に、問題のビデオもあった。友人たちは、一家の安否を心配しながら、ビデオの中身をチェックされたら、何といっても禁制品だから出所を詮索されるのではないか、と戦々恐々としていたらしい。

 一家の遺体は、オウム真理教の摘発、麻原の逮捕などの後、1995年9月に発見された。事件の真相は、実行犯のひとり岡崎一明が自首をして明らかになった。

 オウム真理教が世界的に名を知られるようになったのは、地下鉄サリン事件からだ。そのころ、ぼくはボンにいた。ドイツの新聞は麻原を「毒ガス・グル」と呼んで、詳しく報じた。ドイツには、はたして危険なカルト教団はないのかと思い、調べてみたらひとつだけあった。

 取材を申し込むと、原稿を事前検閲することを条件に出してきたので、断った。その教団は、信者やその家族が閉鎖的なコミュニティに暮らしており、狂信的な側面があるという。凶悪事件こそまだ起こしてはいないが、いつ何があってもおかしくはない、という見方もある。

 横浜の事件では、しばらく経って、警察が坂本弁護士の自宅から預かっていった一切の物を返却してきた。その中には、ちゃんとアダルトビデオもあった。友人らはドキドキしながら、念のため、再生してみたという。画面に出てきたのは、なぜか『ひらけ! ポンキッキ』だった! 

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