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2009年12月

幻のCM――新春も思い出し笑い

 日課のウォーキングをするとき、いつもラジオを聴いている。近所のスーパーの家電売り場で、ある週末の目玉商品だったポケットラジオだ。AM、FMが聴けて、わずか680円だった。

 音楽がかかっている分にはいいいが、思わず笑ってしまう話が流れると、ちょっとまずいことになる。歩きながら噴き出したり、にたにたしたりしているアブナいおじさんになってしまう。

 2009年を振り返って、No.1の傑作は、ある秋の日に文化放送で聴いたエピソードだった。放送ではさらっと話されただけだったが、妄想をふくらませて再現ドキュメントを書いてみる。

 ホームセキュリティでおなじみのセコムが、長嶋茂雄氏を起用して新しいCMを制作したときのことだ。大手広告代理店と協議して、長嶋氏には、簡単でしかもインパクトの強いキャッチコピーを口にしてもらうことになった。コピーライターが頭をさんざんひねった挙句、すっと出てきたのが、あのキャッチコピーだった。

 「セコムしてますか」

 ある録音スタジオへ、長嶋氏を丁重に迎えた。CMディレクターは、とても簡単なセリフだから、その場での打ち合わせで十分だと思っていた。

 「よろしくお願いします。こう言っていただけますか。『こんにちは、長嶋茂雄です。セコムしてますか』。これだけです。お名前を言っていただいたあとに、ちょっとひと呼吸入れていただければベストだと思います」

 気さくな長嶋氏のことだから、「はいはい、いいですよ。じゃ、よろしくお願いします」と、スタジオへ入っていった。

 CMディレクターや広告代理店の担当者、セコムの宣伝担当者らは、ガラス越しにスタジオをみるモニター室に陣取った。

 「はい、それでは、本番いきます」

 CMディレクターは、1回で決めてもらえるだろう、と考えていた。長嶋氏は、マイクに向かって、例のちょっと甲高い声で話しはじめた。

 「こんにちは、長嶋シゲルです。・・・」

 一瞬の間があいたのち、モニター室がちょっとざわめいた。「長嶋さん、いま、シゲルって言ったよな」。「ま、ちょっとした言いまちがいでしょう。さすがの長嶋さんも、野球場とは勝手がちがってスタジオだから、緊張したかもしれないね」

 CMディレクターは、テイク2でOKになるだろう、と高をくくっていた。

 「それでは、もう一度お願いします」

 長嶋氏は、軽くうなずき、口を開いた。

 「こんにちは、長嶋シゲルです。・・・」

 モニター室には、なんとも言えない沈黙が落ちた。自分の名前をまちがえるなんて。CMディレクターは、真っ青になっていた。まさか、名前を言いまちがえていますよ、とは言えない。天下の巨人軍終身名誉監督に、カンペを出すわけにもいかない。なんと言ったって、自分の名前を言うだけのセリフなんだから。

 「どうします」「うーん、困りましたね」

 モニター室は、ざわめいた。

 「じゃ、もう一回だけ、お願いします」

 長嶋氏は、マイクに向かった。

 「こんにちは、長嶋シゲルです。セコムしてますか」

 もうだれもが、今日は無理だ、と目を閉じた。モニター室に控えていた数人が、スタジオの厚い扉を開け、ぞろぞろと入っていった。

 「今日は、ちょっとうまくいかないみたいですね。大変恐縮ですが、日を改めて録りなおしさせていただきたいのですが」

 一行は、長嶋氏を丁重にお見送りした。

 後日、長嶋氏は、何事もなかったように、いつもの快活さでスタジオにやってきた。しかし、CMディレクターらは胃がきりきりと痛んでいた。

 万一、今日もだめだったらどうすればいいのか。日本のスーパースター、プロ野球界の至宝に、自分の名前を言いまちがえていますよ、とは言えない。カンペを出すわけにもいかない。といって、CMの話を白紙にもどすことなどありえない。CMディレクターらは、この数日、何度も何度も煩悶を繰り返していた。青白い顔のCMディレクターは、祈る気持ちでキューを出した。

 「こんにちは、長嶋茂雄です。セコムしてますか」

 CMディレクターは、腰の力が抜け、椅子から崩れ落ちそうになった。

 狙い通り、そのCMは大ヒットとなり、語り草となった。

 しかし、関係者のだれも口にしなかったことがある。もし、あの“長嶋シゲル”編でCMを流していれば、セコムの売り上げは3倍にはなったかもしれない。

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サンタにはベンツをねだろう

 「やっぱ、ベンツでしょ」というヤンキーの声が聞こえる。アメリカの自動車オーナーは、買い替えのとき、どれくらいの割合でまた同じブランドの車を選ぶか。調査会社JDパワー・アンド・アソシエイツが、2009年版、自動車の「顧客維持力」調査の結果を発表した。そんなデータ、日本では聞いたことがないが。

 ドイツのメルセデス・ベンツが、昨年トップのホンダを抜いて首位に浮上した。ベンツのオーナーがふたたびベンツを買う割合は67%で、08年調査より8ポイント上昇した。ホンダは64%、トヨタは61%だった。アメリカでも、日本車の人気は根強いが、ベンツの良さにほれ込む人もそれだけ多いということだ。顧客維持力のポイントは、品質と売却価格だという。アメ車はどうした。

 ぼくは、15年来、1台のベンツに乗りつづけている。この間、バッテリーとワイパーのゴムを一度ずつ替えたくらいで、びくともしない。まだ当分乗れそうだが、もし買い替えるときは、懐具合さえ許せば、やっぱ、ベンツでしょ。

 もともと、車なんかどれでもいいと思っていた。しかし、ドイツのボンへ赴任したとき、「超高速のアウトバーンを走る機会が多いから、いい車のほうがベターで安全だよ」と、がんがん勧められた。

 取材助手クラウディア嬢の車に乗って、ベンツ専用の中古車ディーラーへ向かった。もうすぐその会社に着くというところで、クラウディア嬢に説得された。「新車のほうがいいですよ。期間限定で乗るのだから、高く売れるベンツは、結局、得になります」

 ベンツの新車は、ドイツ政府・新聞情報庁公認のジャーナリストなら、10%引きで買えるという。BMWなども同じだが、高級車メーカーは内外のジャーナリストにその性能を広く紹介してもらいたいのだ。なんと言ったって、自社製品に自信を持っている。

 ドイツ人は、ベンツのことを「メァツェーデス」と呼ぶ。そのベンツの場合、ドイツ人ならオーダーメイドで買うのが一般的だ。完全に自分の気に入った車にしてもらうのだ。日本の花嫁が白無垢を着て、「あなた色に染めて」と言う感覚か。ちがうか!? ディーラーの営業マンは、ハンドルの仕様はこれ、座席はこれ、ホイールはこれと、数十項目についてのオーダー用紙を出してきた。冬場に凍結しやすい土地柄だけに、走行中の路面温度を表示する装置も付けることができる。しかし、オーダーメイドにすると、2~3か月はかかる。そんなに待てないよ、と展示してある中から選ぶことにした。

 営業マンは、スポーツギャル系の美人クラウディア嬢を露骨に口説きながら、いろいろ車を見せてくれた。お前はイタリア系か! ポーラーホワイトのCタイプが気に入った。「お目が高い。これは、100%国産の仕様になっています」。ラテン風ゲルマン男は調子がいい。「ドイツで走っているベンツでも、部品がすべて国産というのは、むしろ珍しいんですよ」。なんでも、南アフリカ製などの部品を使うことも多いらしい。ショートヘアにグレーの瞳のクラウディア嬢も、それは知らなかった。

 慣れない左ハンドルの右側走行で、しかも、ドイツ名物アウトバーンはスピード制限なしの“無法地帯”だ。最初だけ、クラウディア嬢にドライブを付き合ってもらった。うらやましいか、ゲルマン男。

 ハンドルやアクセルの操作をするとき、手足との不思議な一体感がある。意のままに疾駆するマシン、という感じだ。オーダーメイドじゃなくても、けっこう、あなた好みの白無垢っぽい感覚だ。その高性能は、日本ではまず試せない超高速運転でこそ発揮される。時速160キロを超すと、タイヤがほんのわずか「八」の字になり、それだけ車高が低くなって路面によりフィットする。

 「ベンツは、運転していて疲れにくい」と、乗っている人は誰でも言う。ドイツのタクシーのおそらく98%以上はベンツだ。あるドライバーは「メァツェーデスなら、30万キロ走っても、俺も車もつぶれないよ」と言った。エンジンがすごいと一般に思われているが、それだけじゃない。

 ボンからベルリンに引っ越したさいも、もちろん愛車を持っていった。首都を取り巻くアウトバーンは、「ベルリーナーリング(ベルリン環状線)」と呼ばれる。近郊の村へ取材に行くため、インドネシア系の助手マイリン嬢を隣りに乗せて、そこを飛ばした。黒髪に黒い瞳が色っぽい、ゲルマン男悩殺型の東洋美人だ。3車線あり、一番左の追い越し車線を200キロ近くで走っていた。

 真ん中のレーンにいた大型のタンクローリーが、突然、目の前に突っ込んで来た。ぼくは思いっきりブレーキ・ペダルを踏み込んだ。カッカッカッと装置の音がし、制動システムのABSは完璧に利いた。車体同士がかすったのではないか。

 一瞬後、助手席から大きな声が上がった。「オォ、メァツェーデス!!」

 あわやぶっ飛ばされるところで、まさに、戦慄のタイミングだった。マイリン嬢がふり返ると、一番右側の車線で日本車がスピンしているという。タンクローリーはそれを避けたのだった。

 日本に個人輸入したわが愛車は、100キロ制限ってなに? と半ば眠ったまま走っている。

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日本の誇る隠れた輸出品

 日本の文化・エンターテインメント関係の輸出品としては、アニメ、漫画、カラオケがつとに有名だ。しかし、いわゆる「もどき商品」も、非常に評価が高い。

 イタリア南部ナポリのレストランで食事をしたときのことだった。カンツォーネで知られるナポリ湾に面した絵のように美しい波止場地区、ボルゴ・サンタ・ルチアにある店で、当然ながら海の幸を注文しようとした。

 メニューを開くと、カニ料理がうまそうだったので、それに決めた。出たきたのは華麗に盛りつけた一品だったが、口にするとなんだかおかしい。ふた口目を食べてみて、やっぱりあれだ、と分かった。

 店長を呼んで、「これ、本物のカニじゃないでしょ。これは魚のすり身から作ったもどきのカニ足ですね」とクレームをつけた。いっしょに来ていた日本人の知人も「これ、カニ足にちがいないですよ」と加勢をしてくれた。店長はそれでも「本物のカニです」と言い張るので、「それなら、シェフに確認して」と注文をだした。

 店長は、調理場へ入ってきてから、申し訳なさそうに言った。「カニではありませんでした。日本製だそうですね。それにしても、味も食感もそっくりではないですか」

 読売新聞の2009年12月9日付け朝刊で、「食 ショック 09」という連載が再開された。もともと、食品偽装が頻発したのをきっかけに企画されたものだ。この日の記事は、人工のそっくり食品の実態が紹介されていた。

 フカヒレの国内流通量は年間500トン弱で、そのうち3割は人工品とみられるという。原材料はゼラチンや海藻にふくまれるアルギン酸ナトリウムなどで、値段は本物の10分の1にすぎない。

 横浜中華街のある店では、メニューに「フカヒレ風味」と書いてあるそうだ。この風味という言葉は実に便利で、もどき商品にはよく使われる。人工フカヒレは食感も風味も本物そっくりといい、読売の記者はまったく気づかなかった。店の人は、「うちは正直なだけで、他の店は黙って出してる」と言った。少なくとも20年前から、人工フカヒレは流通しているらしい。

 植物性たんぱく質や調味液で増量したハムもある。フライパンで焼くと、ふつうのハムは急速に小さくなっていくのに、増量されたものはゆっくりしている。本物の3割の値段で販売されている。

 日本生活共同組合連合会の「国産若鶏のチキンナゲット」の場合、鶏肉の配合はわずか3割にとどまるそうだ。

 記事は、人工イクラにも触れていた。実は、その人工イクラが出回っていることをスクープしたのは、ぼくだった。消費者経済などを担当していた1980年のことだから、いまから29年も前になる。

 長野県の消費生活センターに取材に行くと、S所長が「消費者から、変なイクラが持ち込まれたんです」という。日にちがかなり経っているのに、ふつうのイクラのように縮まないのだという。容器をみると、たしか富山県のメーカーだった。その連絡先をメモして帰り、取材を開始した。

 そのメーカーは、接着剤を作る会社だった。直接取材すると、人工的にイクラを作っていることを認めた。当然ながら、なんで接着剤とイクラがつながるのか、疑問が浮かぶ。メーカーの説明はこうだった。

 会社では、コンクリートの大型パネルなどを接合する接着剤を開発していた。強力な接着剤を作ることには成功したが、それをパネルに均一に塗って張り合わせる方法がうまくいかない。塗っているはしから乾いてしまい、くっつかない。接着剤をカプセルに詰め、それをパネルとパネルのあいだにおいて、ギュッとつぶせばいいのではないかと考えた。

 そこで、今度はカプセルの開発に乗り出した。しかし、どうやっても狙い通りのサイズにならず、ちょうどイクラくらいのサイズのものになった。ある研究者が、「この技術を応用して、人工のイクラを作ったら」と思い立ち、急きょ、食品開発に手を広げた。

 カプセルはゼラチンを使い、中に、カニの甲羅から抽出した赤い色素、イクラの味に近い調味料を詰めると、本物そっくりのイクラを作ることに成功した。本物よりかなり安いコストででき、食品衛生法もクリアした。流通ルートに乗せると、どんどん売れるようになったという。

 消費生活センターのS所長に、取材結果を伝えると、感心していた。「寿司屋でイクラを注文されたときにこれを出せば、だましたことになるでしょうが、盛り合わせにいれるぶんには、問題ないですからね」

 読売新聞の記事では、大手食品メーカー「キューピー」が、業務用に年間50トン販売している、とあった。富山県の会社はキューピーに特許を売ったのだろう。たいていの人は一度や二度、この人工イクラを口にしながら気づかなかったことがあるのではないか。これも、カニ足などと同じく、日本人の器用さが生んだ傑作といえるかもしれない。

 こうした技術や食品は、どんどん輸出されている。さて、日本人はほとんど知らないが、海外で評価の高い輸出品がある。アニメやもどき商品ではない。アダルトビデオだ!

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オバマの歯ぎしりが聞こえる

 「アメリカの黄金の日々は終わってはいない」――1980年代半ば、アメリカのレーガン大統領は、一般教書演説をこう結んだ。それを聞いて、ああ、アメリカも下り坂なんだな、と思った。それから20数年が経った。

 アメリカ人は、中南米を裏庭だと思い、政治経済的にも、軍事的にも、自分たちの意思でどうにでもなると考えてきた。しかし、地域大国ブラジルが経済力を増して発言権を持ち、産油国ベネズエラが中心となった反米的な動きも加速している。

 そして、ついにホンジュラスも、アメリカに不服従の姿勢を示し、アメリカを驚愕させる事態になった。

 ホンジュラスでは、2009年6月、軍がクーデターを起こしセラヤ大統領を拘束して国外移送した。アメリカは、セラヤ大統領に、2010年1月までの任期をまっとうさせようと、ありとあらゆる手段を使った。だが、ホンジュラスの軍部が支える暫定政府はその圧力に耐え抜き、セラヤを復職させないまま11月29日に大統領選挙を行った。

 この動きは、しょせん、中米の一小国のことにすぎない。だが、アメリカはそんな国にさえなめられるほど力を落としてきたことが浮き彫りになった。

 それより前、核開発計画をめぐりアメリカと対立しているイランのアフマディネジャド大統領は、ブラジル、ベネズエラ、ボリビアを回り、核計画への支持を集めた。アメリカは、そのときも、歯ぎしりするだけだった。中国は、ブラジル国営石油企業に100億ドルもの融資を行い、政治的にも影響力を増したが、財政的に苦境にあるアメリカはそれを黙ってみているほかはなかった。

 そして、日本でも、アメリカをなめたような動きが急浮上している。言うまでもなく、沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場移設問題だ。2006年、日米両政府は、沖縄県名護市辺野古沿岸域に移すことで合意していたが、鳩山政権は在日米軍基地の見直しを掲げ、移設先の再検討を始めた。11月13日の日米首脳会談で、オバマ大統領から日米合意に沿った迅速な解決を迫られた首相は「私を信じてほしい」と応じ、同盟重視に舵を切ったかに見えた。しかし、連立与党の一角・社民党が、12月5日、辺野古移転に反対し、合意が強行されれば連立政権からの離脱も辞さない考えを明らかにした。

 鳩山首相は、合意と連立、そして沖縄の声に板ばさみとなった形で、事態はほとんど白紙にもどった。

 これが自民党の首相なら、アメリカに「ははーっ」と平身低頭し、合意を強行しただろう。しかし、鳩山首相は、もともと、アメリカとの「対等な関係」を模索しており、普天間問題の根底にもそれがある。

 民主党を結党した1996年、「常時駐留なき安保」を提唱していた。つまり、戦後ずっと日本には米軍がいるが、北東アジアで有事が起きないような情勢を作り出せば、米軍基地はいらなくなる、という考え方だった。とくに、沖縄の米海兵隊は、台湾海峡や朝鮮半島での有事を想定して駐屯しているとされるものの、本当に沖縄でなければいけないのか、グアムなど国外でもいいのではないか、と本気で思っているのだ。

 2009年12月6日付け読売新聞朝刊によると、鳩山首相や平野官房長官は「米国が怒ったからといっておびえてはいけない」と語っているという。

 読売はこれを「強気とも米国軽視ともとれる姿勢」とし、寄り合い所帯の民主党が、外交・安全保障政策で基本方針を詰めてこなかったツケがいま回っている、と批判している。そして、「日米関係 深い傷」と大見出しをつけた識者座談会、「いらだつ米『決断できない政権』」との特集などを連日掲載して、日米同盟堅持キャンペーンを張っている。読売の姿勢がもっともはっきりしているようだが、他のメディアも同じような論調だ。

 だが、果たして、政府合意を反故にすれば日米同盟は崩れ、日本の安全保障などにも重大な脅威となるのだろうか。9・11テロ後、アフガニスタンにアメリカが仕掛けた戦争に絡み、自衛隊はインド洋で給油活動をして、間接的に参戦した。政権を取った民主党がそれをやめると言い出したときにも、日本のメディアは「日米関係に重大な影響を与える」と大合唱した。しかし、現実には、アメリカはそれを受け入れた。表向きは、日本がアフガニスタンへの民生支援額を大幅に増やしたのを評価して納得したことにしているが、実際には、日本に以前ほどの圧力をかけられなくなったからだった。

 アメリカの財政難は想像を絶する。経済困難で税収があがらないのに加え、イラクとアフガニスタンでの二正面作戦によって、戦費は巨額になっている。兵士ひとり当たり年間100万ドル(約9000万円)もかかる。そして、そのための借金である米国債を買うことでアメリカを支えている国の一つが日本だ。

 2003年当時、日本は米国債の実に約40%を買っていた。その後、中国が巨費を投じて買うようになり、今では、約15%にまでさがった。それでも、アメリカにとってみれば“お得意さま”にはちがいない。そして、今後も日本に買いつづけてもらわなければ、アメリカはやっていけない。

 オバマのアメリカは、普天間問題でふらつく鳩山政権にいらだっているのと同時に、日本を意のままに動かせなくなった自らのふがいなさにもいらだっているのだ。

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個人情報をなんだと思っているのか

 金融関係の会社は、どうも気に入らない。かつて、銀行の危機に巨額の公的資金が投入されたとき、銀行はどうしたか。知り合いの息子さんが大手銀行に勤めているが、給料もボーナスもまったく減らなかったという。血税を貸してもらったのだから、経営者自身にも社員にも相応の犠牲を強いるのがふつうだろう。だが、銀行はそんなこと、へとも思っていないらしい。

 自分たちが苦しくなれば、貸ししぶり、貸しはがしで中小、零細企業をいじめる。しかも、他人の金を右から左へ動かしている商売だから、痛みも感じないのだろう。銀行がなければ、企業も個人も困る。しかし、一方で、銀行にも社会的責任があるのではないか。

 もっと気に入らないのが、生命保険会社だ。誰も好き好んで保険に入っている人はいないだろう。それにしても、弱みにつけ込まれているようで、不愉快きわまりない。

 ぼくの場合、駆け出しの新聞記者だったころ、しぶしぶX生命に契約した。大手紙の記者の給料は悪くないが、公務員などとちがって基本給は信じられないほど少ない。もし、長期のけがや病気でもしたら、たちまち生活できなくなってしまう。当時は、疾病・入院保険というのは普及しておらず、生命保険の特約で入院給付というのがあった。それを頼りに、外交のおばちゃんに言いくるめられて契約した。それから引っ越しを繰り返し、担当のセールスレディも何人か代わった。

 そして30年以上が経ち、「年齢を考えても、入院給付の額を引き上げておいたほうがいいですよ」と説得され、保険のグレードアップをすることにした。セールスレディは、生命保険面接士という人物を連れてきた。ぼくにとって、そういう手続きは初めての経験だった。当初、保険に入ったときは、自分でクリニックにいって健康診断を受けた。

 生命保険面接士の面接では、告知書の質問項目に沿って健康状態を口頭で告知し、自分で告知書に記入する。セールスレディは「個人情報に関することですから」と席をはずし、家の外で待っていた。

 生命保険面接士は、生命保険協会が認定した資格を持ち、顧客の健康状態を確認する専門の人だという。その確認を受ければ、医師の検診を受ける必要はない。当然ながら、生命保険面接士には、業務上知りえた情報の守秘義務がある。

 「最近3か月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬を受けましたか」

 最初の質問はこうだった。ちょっとした持病があり、6週間に1度通院しているので、これは「はい」にチェックする。

 「最近3か月以内に、医師により経過観察の指示をうけたこと、あるいは診察・検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか」

 これはちょっと迷うところだが、「はい」にしておいた。

 「過去5年以内に、下記の病気で医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか」

 ここには「心臓・血圧」「消化器」など6種類の病気があげられている。このどれかに該当しない中高年などいるのだろうか、と思わせられる内容だ。

 こういう質問が8つあり、現在の身長、体重、喫煙の有無を記入する。さらに、「はい」とした項目について、自筆で詳細を記入する欄がある。すべて正直に告知した。

 後日、契約のグレードアップはできない旨、郵便で伝えてきた。持病が引っかかったのだろう。わざわざ生命保険面接士の面接まで受けたのに、時間のむだになった。まあ、それはそれでしかたない。

 それからしばらくして、X生命のN支所長という女性が、「この地区の営業の担当者が替わりましたのでごあいさつに」と、新しいセールスレディのAさんを連れてやってきた。ふたりは、ぼくに契約のグレードアップをすすめた。過日、X生命がグレードアップを一方的に断ったことを知らないのだ!

 会社のパソコンをちょっと触れば、どの顧客がどんな契約をしているか、あるいは、どんな契約を断られたか、などすぐに分かるはずではないか。

 ぼくはあきれながら、生命保険面接士の面接を受けたいきさつを話した。すると、信じられないことに、N支所長はと、ずうずうしくも聞いてきた。

 「どんな持病なんですか? 高血圧ですか?」

 支所長というくらいだからベテランなのだろうが、顧客の個人情報をなんだと思っているのだろう。まるで、好奇心丸出しのその辺のおばちゃんではないか。さすがに、同行のセールスレディAさんは、それ聞いちゃまずいんじゃないですか、という顔をしている。

 ぼくは、怒るのを通り越して言葉につまった。それでも、N支所長はさらにしつこく聞いてきた。よっぽど、X生命なんか解約してしまおうか、と思った。しかし、たいしたこともない持病が引っかかる以上、他の生命保険に新たに入るのもむずかしいだろう。こうやって、人の弱みにつけ込むから、そもそも保険会社なんかきらいなのだ。

 後日、N支所長の名刺をよくみると、支所の上に支社の名前が書いてあった。よっぽど、その支社に抗議電話をして、N支所長の言動を“報告”してやろうかとも考えた。

 いまでも、X保険とN支所長の実名を、このブログに書きたい誘惑にかられる。

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