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2010年2月

たばこはポルノに取って代わるのか

 ドイツで暮らしているとき、トルコへ家族旅行に行った。イスタンブールの郊外を散歩していると、いたずら盛りの息子がぬかるみにわざとはまり、靴を泥んこにしてしまった。旅先のことでぬぐうものもなく途方に暮れていたら、通りがかった初老の男性がわざわざちょっと離れた自宅まで戻ってきて、雑巾を差し出してくれた。

 「日本人でしょ。日本大好きです」とにっこり笑ってくれた。トルコでは、行く先々で信じられないほど親切にされた。ネパールやパキスタンなど親日国をたくさん訪問したことがあるが、トルコほどの親日国は初めてだった。以来、わがファミリーはトルコにとても親近感を抱くようになった。

 そのトルコのテレビ局が、アニメ番組で喫煙シーンをそのまま放映した“罪”で、罰金85万リラ(約300万円)を支払わされたという。トルコでは、2008年から禁煙法が施行され、テレビや映画の喫煙シーンにはモザイク処理をしなければならなくなった。まるで日本のポルノといっしょだ。わが国のポルノ規制は、インターネットの普及で海外の無修正映像をかんたんに入手できるようになり、有名無実となっているが、たばこをめぐるトルコのご法度は相当に厳しいらしい。

 トルコでは15~49歳の約半数が喫煙者といい、成人男性の喫煙率が36%の日本に比べてかなり愛煙家が多い。そんな国でも、たばこ規制には血道をあげているのが、世界の趨勢なのだ。

 日本の厚生労働省は、他人のたばこの煙を吸わされる「受動喫煙」による健康被害を防ぐため、学校や病院、飲食店、ホテルなどを原則として全面禁煙にするよう全国の自治体に対して通知を出すことを決めた。罰則はないのでどれだけ禁煙が徹底するかはわからないが、スモーカー包囲網が一段とせばめられるのはまちがいない。

 嫌煙一家のわがファミリーとしては、大いに歓迎したい。通勤通学路に面しているわが家の玄関先に、たばこを火の点いたまま投げ捨てする輩があとをたたない。JRの駅を降りて歩きたばこをする人もたくさんいて、煙い思いをすることも少なくない。

 厚生労働省のデータによると、今はたばこを吸っているが「実はやめたい」と思っている人は約70%にものぼるという。それなら、どんどん規制を強め、断煙するきっかけを作ってあげればいい。

 しかし、全面禁煙措置に対して、当然ながら、愛煙家や外食産業、たばこ産業から強い反発が起きている。イギリスでは、禁煙法によってパブ(大衆居酒屋)でたばこが吸えなくなると、自宅で晩酌する人が増えた。折からの不況もあって、2008年だけで全国の2200軒のパブが閉店に追い込まれたそうだ。

 大手居酒屋チェーン『ワタミ』の社長も、「禁煙居酒屋は日本ではまだむずかしい」とテレビで言っていた。ワタミでは2005年、首都圏などの4店舗で禁煙にしてみたところ、宴会が減り、喫煙者の多い深夜帯の客にも敬遠されて経営が悪化し、1年でやめた。

 ドイツは喫煙大国として有名で、ぼくたちが住んでいたころもスモーカーは多かった。もちろん、ぼくのオフィスは全面禁煙にしていて、灰皿なども置かなかった。取材助手はたばこを吸わないことを事実上の条件として採用した。ドイツ人は自己主張がすごいが、私設のルールであれそれを守ることにかけては世界一で、来客も誰ひとり文句を言わなかった。

 しかし、2007年にドイツでも禁煙法が制定され、「完全な分煙ができれば喫煙室の設置を認める」とされたため、投資する力のない小さな酒場の経営者たちが「不平等」だと憲法裁判所に訴えた。翌年、その訴えは認められ「平等を定めた基本法(憲法)に違反する」との判決が出た。どこの国でも、飲酒とたばこはかんたんには切り離せないようだ。

 一方で、海外では、飲食店を全面禁煙にしたら、たばこの煙を嫌っていた客が来てかえって経営がよくなったケースもあるらしい。

 日本のタクシー業界も反応は複雑なようだが、「一斉に禁煙にするなら賛成」というドライバーが7割にのぼるとの話もある。確かに、すべてのタクシーが禁煙なら、乗客に選ぶことはできないから、それでいい。

 日本でもやっと、2010年10月からたばこが値上げされる。1箱300円の代表的なブランドが400円程度になるとされる。近い将来はさらに高くなる見通しだ。そのニュースを聞いて、「暴力団が喜んでいるかもしれないな」と思った。

 ベルリンの地元紙に、よくたばこマフィアの記事が載っていた。ポーランドなど東欧諸国から安いたばこを密輸し、街中で密売する闇ビジネスが摘発されるのだった。ドイツのたばこ価格は、ヨーロッパのなかでは決して高くはなかったが、それでも人件費などの安い東欧に比べればかなり高く、密輸すれば結構もうかるらしい。

 日本でも、中国産や北朝鮮産、東南アジア産などの密輸たばこが出回る日も遠くないかもしれない。

 たばこの値上げは、善良な嫌煙派の市民とマフィアの利害が一致する極めて珍しいケースとなりうる。その筋の人たちも、もう違法の無修正ポルノで稼ぐ時代ではないだろうが、今度はたばこの密輸に期待しているのかもしれない。

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肉食系女子はピッチで跳ねる

 わが家のスケジュールは、サッカー日本代表の試合日程によって決まる。試合のテレビ中継がある時間帯には仕事を入れないで、リビングに陣取る。その前に、「斎戒沐浴」と称し風呂を沸かして入り、心身の穢れを落とす。風呂マットのごみや抜け毛も粘着性のコロコロできれいにし、ジャパンブルーの青っぽいタオルで髪をふきふき観戦する。

 とくに応援しているのが、女子のなでしこJAPANだ。女子サッカーの世界最高峰の戦いだった北京オリンピックで4位になったその実力はすごい。

 サッカーは、言うまでもなく、柔道やレスリングなどとちがい体重別階級のない無差別級だ。身長150センチ台半ば、体重が50キロにも満たないちびっこ選手たちが、20センチ、10数キロは大きいアメリカ人やドイツ人相手に、肉弾戦を挑む。

 女子の団体スポーツで世界級の実力を持つのは、他にせいぜいバレーボールくらいしかないだろう。それも、東京オリンピックで「東洋の魔女」と謳われ金メダルを手にした栄光の時代は遠く、現時点ではメダルにも手が届かない。

 男子の団体スポーツを見渡しても、なでしこJAPAN以上の力を世界で持っているのは、WBCを連覇した野球だけだろう。まさに、なでしこJAPANは、ピッチで跳ねる肉食女子の集まりだ。それなのに、メディアの扱いはなぜか冷たい。

 2010年2月6-14日に東京で男女同時開催された東アジア選手権は、なでしこJAPANのために用意されたような大会となった。女子サッカーのテレビ中継は久しぶりということもあったためか、選手たちは気合が入っていた。「身体能力がおとる点を組織力でカバーして」というのが日本の団体スポーツの通り相場だ。だが、アメリカで活躍しているふたり、大エースの澤やファンタジスタの宮間が、個人としての力も見せつけた。

 緒戦の中国戦では、FKを任されたMF宮間が、風とGKの位置を見極めた頭脳プレーで豪快に決めた。わが家のリビングでも、大きな拍手が起こった。MF近賀は相手GKへのバックパスの一瞬の隙を突いてボールをかっさらい、ゴールに流し込んだ。「やった、お見事!」

 この2点だけだったが、内容的には中国を圧倒した。相手ゴール前でパスが微妙にずれ攻めのスピードが落ちたりするシーンもたびたびで、まだ荒削りのところもあったものの、緒戦としてはじゅうぶんだった。「ゴールを狙う動物的本能は、肉食系の名にふさわしいよねぇ」。妻も興奮し、満足感にひたった。

 この試合の後半途中にA代表デビューを飾ったFW岩渕は、まだ16歳のちびっこ新鋭だ。2戦目の台湾戦では、MF宮間が敵DFをかわしてゴールライン間近から折り返したパスを、左足で合わせまず1点を挙げた。日本の男子FWがこの大会で、同じような折り返しを2度、3度とはずしてしまったのとは対照的だった。さらに岩渕は、MF中野の左クロスに合わせて飛び込み、今度は右足でスライディングシュートを決めた。この試合は3-0で快勝した。なでしこJAPANの試合は、いつ観ても面白い。

 最終戦の韓国戦では、FW大野が50メートルを独走して先制点を取った。自陣に押し込まれた直後の、鮮やかなカウンターアタックだった。10分後には、大野のスルーパスをFW山口が押し込んで試合を決めた。

 なでしこJAPANは、余裕を持って大会2連覇を果たし、MVPには主将のMF澤が2大会連続で選ばれた。この大会で、なでしこJAPANは4人の10代選手を抜擢した。岩渕をはじめ近い将来の中核は、着々と育っており、明るい材料にあふれている。いいぞ、肉食系!。

 一方、男子の岡田JAPANは、緒戦ではW杯にも出ない格下の中国とスコアレスドローに終わった。決定的な場面で何度もシュートをはずした。終盤にはハンドの反則で相手にPKを与え、GK楢崎の好セーブでなんとかしのいだ。楢崎は試合後のインタヴューで自嘲気味に語った。「負け試合を引き分けに持ち込んだだけ」

 2戦目は超格下の香港が相手でボールをほとんど支配したが、ゴールを奪う気迫に欠け、大量点を期待されながら3点どまりだった。この2試合は、観客数も記録的な少なさで、試合後はスタンドから激しいブーイングが起きた。

 最終戦の韓国戦では、1点リードしながら3点を取られて惨めな逆転負けをした。過去最低の大会3位となり、4か月後に迫るW杯の本大会に向け暗雲が立ち込めた。

 W杯に出ることはサッカー選手の夢であり、その人事権は監督が一手ににぎっている。つまり岡田監督は独裁者のようになっており、草食系の男子選手は萎縮してしまっている。「指示されたことしかできない」とMF遠藤は自己分析したが、東アジア選手権では、指示されたことさえできなくなってしまった。

 岡田監督は、「W杯でベスト4に入り世界を驚かす」とたわけた目標を語る。しかし、今の実力は「よく、W杯の予選を勝てたわね」と妻も嘆くほどだ。

 『よみうり時事川柳』にこんな1句があった。

 「なでしこのバレンタインは爪の垢」

 なでしこJAPANは、2011年にドイツで行われるW杯で優勝をねらっている。いいんじゃない、それ。

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ゴールデンスランバー、そして小沢 VS 検察

 映画『ゴールデンスランバー』を、妻と息子といっしょに観にいった。もともと、本好きの息子に勧められて伊坂孝太郎の原作を読み、いかにも映画化向きの作品だな、と思っていた。息子も、監督が伊坂作品の『アヒルと鴨のコインロッカー』などを映画化した中村義洋と知り、「きっと面白いよ」と言っていた。

 伊坂作品の例によって舞台は仙台市で、主人公は宅配便の運転手をしている青柳(堺雅人)だ。青柳はかつてある事件でアイドル女性を助けたことから、マスコミに取り上げられ地元ではかなりの有名人だった。仙台出身の総理が地元凱旋パレードの最中、ラジコンヘリに仕掛けた爆弾で暗殺され、その青柳が、得たいの知れない権力側によって犯人に仕立てられ、追い込まれていく。

 青柳そっくりの男がラジコンを買っている店の防犯カメラの映像、河原でラジコン操縦の練習をしているところをホームビデオで撮った映像など、“証拠”がつぎつぎとテレビで流される。青柳本人は身に覚えがないが、市民は有名人の青柳が犯人と信じ込む。権力は、知名度のある青柳をわざと犯人役に選んだ疑いが濃かった。青柳は友人のところに逃げ込もうとするが、そこには早々と警察の手が回っている。警察は、ファミリーレストランにいる青柳を追って、平気でショットガンをぶっ放したりする。権力ににらまれたら一般市民に逃れる術はほとんどない。

 完全アウェイの街で、それでも、学生時代の親友や宅配会社の同僚、たまたま知り合った入院中の粋なおじさん、元カノなどが、青柳の無実を信じ、智恵を絞って逃走を助けてくれる。

 こうした人びとのキャラクターが実に良く、原作に忠実に描かれていて、観終わったときにはなんとも言えない爽快感がある。「ひょっとしたら原作を超えたかも」と伊坂ファンの息子は言った。原作から離れてオリジナリティを出そうとして失敗する映画が多いなか、『ゴールデンスランバー』はまれにみる成功例と言えるだろう。

 この作品を観ていて、小沢一郎・民主党幹事長と東京地検特捜部のバトルを連想した人も少なくないかもしれない。2009年3月にひとつのピークを迎えた西松建設の違法献金事件以来、バトルはマスメディアを巻き込み、「小沢は真っ黒」のイメージが国民のあいだに形成されていった。世論を作ったのは明らかにメディアの報道だったが、その中心となったのはいわゆる検察リークだった。

 『ゴールデンスランバー』の青柳が、“証拠ビデオ”のテレビ局へのリークなど権力の組織的な動きによって犯人に仕立て上げられたのと、メカニズムは同じだ。

 2010年2月4日、陸山会の政治資金規正法違反事件で、小沢幹事長が不起訴となった。これを知った自民党の安倍晋三元総理は「驚いた」と語ったという。総理経験者ともあろう人物が、メディアの偏った報道を鵜呑みにし、まるで素人のように小沢犯人説を信じていたのだろう。その単純さに驚かされる。

 検察リークを垂れ流していたあるメディアの幹部は、「リークの定義もあいまいなまま、批判をする人たちがいる」と反論した。しかし、この場合の定義は明確だ。検察幹部が、ある意図を持って守秘義務に違反して捜査上知りえた情報を漏洩することだ。その意図とは、都合のいい世論の形成、世論操作に他ならない。

 西松事件から陸山会事件に至る一連のバトルで、リークは見え見えだった。マスメディアは白々しくも否定するが、ある元検事は、そうしたリーク行為を検察内部では「風を吹かす」と呼ぶことを暴露している。元総理も思い込むほど見事に風は吹いたが、検察は肝心の捜査で小沢幹事長を起訴に持ち込めなかった。その意味で、バトルはとりあえず検察の敗北となった。

 陸山会など小沢氏の政治資金で、巨額の不審な流れがあったのは恐らく事実だろう。疑惑があれば捜査するのが検察の仕事だから、淡々とやればいい。だが、検察の姿勢は公正さを欠き、小沢氏が狙い撃ちにされたのは明らかだ。

 一連のバトルをめぐり、日刊ゲンダイなど非新聞系のメディアが、検察やリークを垂れ流す新聞、テレビを盛んに批判した。それはある意味で健全だが、新聞社系の週刊誌であるサンデー毎日や週刊朝日などまでが、徹底した検察批判を展開したのが目を引いた。

 もともと、検察が小沢幹事長や鳩山由紀夫総理の政治資金に的を絞ったのは、「取り調べの全面可視化」を法制化し、検察幹部の人事を国会同意にしようなどとする民主党の動きをつぶそうとしてやったことだとされる。

 サンデー毎日は、小沢氏の元秘書、石川知裕衆院議員がいかに過酷な取調べを受けているかをレポートした。週刊朝日はさらに激しく、「暴走検察」のタイトルで、何週にもわたって検察を追及した。検察は抗議のため週刊朝日の編集長を呼びつけたが、編集長は応じず、関係者がツイッターでそれを公にして逆手にとるなど、バトルは飛び火している。

 検察は、汚名返上のため、今度は自民党の大物政治家を摘発しようとしている、との噂が絶えない。小沢氏を脱税で仕留めようとしているとの話もある。今後の展開がどうなるにせよ、『ゴールデンスランバー』のように爽快感は期待できないところが、国民にとっては空しく悲しい。

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日本の企業文化をぶっ潰したい!

 日本のキャリア官僚の友だちらの話を聞くと、国会の期間中は徹夜なども珍しくないそうだ。閣僚の答弁のため、データ集めや資料作りに追われるという。国会のない日々でも深夜残業は当たり前で、「終電までに帰ることのほうが例外」という声も聞く。

 しかし、民主党が政権を取ってからは、少しずつ改革が進められようとしている。菅直人副総理は財務相を兼任してから、「平日にデートができる財務省にする」とぶちあげた。残業を少なくするなど勤務時間を柔軟にし、業務の効率化を目指すという。

 遅まきながら日本でもやっとそういう点に目を向ける政治家が現れたか、と感慨深い。

 ドイツに住んでいるころ、たったひとつだけ心底うらやましいと思ったことがある。企業文化、労働文化の日本との決定的なちがいだ。たとえば、金曜日の午後にどこかの官公庁へ取材に行くと、閑散としていた。土日の週休二日は当たり前で、さらに金曜日も事実上半ドンなのだった。その代わり、週日は朝早くから仕事に全力投球する。

 ぼくも何人かのドイツ人取材助手を使ったが、例外なく、仕事への集中力はすばらしかった。一気に仕事を仕上げ、決められた終業時刻になるとさっと帰っていく。ボンにいたときに雇っていたクラウディア嬢に訊くと、ドイツ国民のあいだでは「残業をするのは無能な人間」という意識が徹底しているという。仕事柄、不測の事態が起きることもあり、そうしたときは残業もいとわないが、それはよほどの場合にかぎられている。そして、もちろん、残業代はきっちり支払わなければならない。

 『ヴェルト(Die Welt=世界)』紙などの記者に聞いても、勤務形態はきっちりしていた。議会が長引いたりすれば、政治記者たちも自然と残業を強いられるが、それ以外のときはさっさと引き揚げるのだという。

 一方、ぼくが働いていた新聞社の東京本社では、残業手当てなどというものは最初からなかった。記者は勤務時間があってないからと、部署や担当によって「記者手当て」というのがどんぶり勘定で支払われていた。

 会社が残業手当てを払っているのなら、仕事の終わった者はさっさと帰れ、という空気になるのだろう。それがないのだからずるずるの職場になってしまう。あるセクションで働いているときは、シフト勤務で交代時間が決まっているのにもかかわらず、帰宅するのがはばかられる雰囲気があった。

 それでどうするかと言えば、勤務の終わった記者何人かで連れ立って「反省会」と称して飲みに行くのだ。それも、半徹夜したあとの午後の早い時間帯のことだ。まったく不健康で馬鹿げた企業文化だった。

 それに比べると、ドイツ人の合理主義は徹底していた。仕事から帰ると、趣味や家庭内の仕事に精を出す。自宅の壁や塀のペンキ塗りを、毎日、帰宅後に自分でやるなど、まったくふつうのことだ。余暇を楽しむための施設も整っている。ぼくも週末に利用したが、スポーツクラブの充実ぶりは素晴らしかった。

 クラブではスカッシュやテニス、乗馬などが楽しめる。カフェテリアも併設されており、毎朝、ひと汗流してそこで朝食を食べてから出勤する人も珍しくなかった。もちろん、夕方には、スポーツのあとビールやワインを飲みながら談笑する。ここで肝心なのは、職場の同僚といっしょに余暇を楽しむなどという発想はまるでないことだ。

 ある日本人の女性で、ベルリンのアパレル会社に勤めている人に、職場の人間関係について訊いたことがある。彼女によれば、同僚の誕生日祝いを職場ですることはあるという。ビールと簡単なつまみを用意し、みんなで祝福の乾杯をする。せいぜい30分くらいでさっさと切り上げ、後は三々五々帰っていく。「同僚と外へ飲みに行くなど、聞いたことはないですね」

 ドイツでも、こういう合理主義、個人主義が何世紀も前からつづいていたわけではないそうだ。一説によれば、ナチス・ドイツが人と人との結びつきを強くさせ、ひいては全体主義になっていった反省から生まれた、第二次大戦後の社会風潮という。

 共産主義という名の全体主義がつづいていた旧東ドイツ地域では、今でも人と人のつながりが良くも悪くも深い、という話を聞いたこともある。

 日本人の外交官らとビールを飲みながら、よくそういったドイツの労働文化や人間関係の話になった。「残業もせず、絶対的な週の労働時間も短いのに、なぜドイツはヨーロッパ随一の経済大国としてやっていけるのだろう」。簡単には答えの出ないテーマを前に、ため息をついたものだ。

 ドイツに限らず、ヨーロッパ各国の労働文化は日本よりずっと洗練されている。しかし、ITの発達で、そうでもない例も生まれているようだ。フランスの通信最大手・フランステレコムでは、2008年から1年半のあいだに24人もの職員が自殺した。CFO(最高財務責任者)は、その背景をこう語ったのだそうだ。「携帯やパソコンの普及で、自宅に帰っても仕事のメールが届くようになり、職員は常に仕事に追われる状態になって気が休まらない」

 ヨーロッパも、“日本化”してきたのだろうか。菅財務相には、財務省に限らず、日本の企業文化そのものを改革する意気込みを持ってほしい。

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