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ニュー毎日新聞に、明日はあるか

 大変だろうけど一縷の望みを持ってガンバッテね、としかいいようがない。

 毎日新聞が、2010年4月から、共同通信の加盟社となった。それによって毎日の何が変わり、日本の新聞界にどんな影響を与えうるか。今回の“変身”をきっかけに、新しい形の新聞として飛躍する可能性もないわけではない。

 毎日の何が変わるかは、共同通信とはどんな役割を果たしているか、朝日や読売などの全国紙はどんな取材体制を敷いているか、を知る必要がある。

 共同は加盟する新聞社などの分担金で運営されており、国内、海外のニュースを取材して、記事や写真、映像を新聞社や放送局に配信する社団法人だ。1945年に、日本各地の地方紙と全国紙の日経、産経、それにNHKが「加盟社」となって発足した。加盟社は理事会の構成員で経営についての発言権を持っている。加盟社とは別に、受ける配信ニュースの量が少ない民放などは、分担金の少ない「契約社」であり発言権を持たない。

 朝日、読売などは契約社として共同から海外ニュースの配信サービスだけを受けている。両社は海外に独自の支局網を持っているが、それだけでは十分な体制が取れないため、補足的に共同の記事を使うことがある。毎日も同じだった。

 ぼくは新聞社の国際セクションで働いていたので、共同の記事を“活用”する裏技をよく知っている。通信社には締め切りというものがなく、だいたい新聞社の海外特派員より早く記事を送る。新聞社のデスクは、それを参考にして紙面作りを考えるとともに、共同の記事を記事作りのモデルにするようファクスで海外支局に流したりする。パクリはしないものの、大いに参考にする――というのが実態だ。

 朝日や読売の紙面に共同の記事が使われることはそう多くはないが、実は、舞台裏でずいぶん役に立っているのだ。共同の分担金は部数などによって決まり、大新聞が共同に支払う額は、海外ニュース分だけとはいっても半端じゃない。そのため、あるとき、国際報道の舞台裏を知らない役員が「経費削減のため、共同との契約を打ち切ってしまえ」と言い出した。それを特派員あがりの役員が必死になって説得した、という笑えない話もある。

 今回、毎日は共同から海外だけでなく国内ニュースの配信も受けることになった。その最大の理由は経営難にある。2008年度の決算では、経常利益、営業利益とも15年ぶりの大幅赤字となり、やむをえず、国内の地方にある記者ひとりだけの通信部を約20か所廃止し、その穴埋めとして共同の記事を使うことにした。

 それと同時に、共同に加盟する12の地方紙から自社取材網のない地域の記事の配信を受けることになった。配信するのは青森の東奥日報、群馬の上毛新聞、徳島新聞、熊本日日新聞などだ。つまり、ニュー毎日は、全国に販売するという点では全国紙だが、国内の取材体制としては全国紙でも地方紙でもないユニークな形をとる。そうした体制の新聞は海外にはあるが、日本でうまく機能するかどうか。

 朝比奈豊・毎日社長は記者会見で、各地域面は従来通りの紙面作りをすることを明らかにした。その上で、注目すべきことを口にした。「記者クラブに拠点を置きながら、官公庁や企業の発表は共同通信を活用し、分析や解説に力を入れる脱発表ジャーナリズムを進めたい」

 他の新聞は「発表ジャーナリズム」だと決めつけたわけだが、特に社外から批判はなかったようだ。あ~あ、各紙が自他共にそれを認めているのが情けない!

 日本の新聞は、国内ニュースに関しては誰が書いても同じはずの発表モノや選挙の開票速報まで、独自に処理する。世界でもほとんど類例のないことだ。そういう仕事は馬鹿馬鹿しいので、ぼくはできるだけ避けることにしていた。

 ニュー毎日は、苦肉の策ながら、やっと悪しき慣習の一部を打破しようとしている。共同から国内の記事や情報を買うことで余った取材力のエネルギーを、調査報道や解説など本来注ぐべきところに注げば、活力ある新聞になれるかもしれない。

 そんな取材方針の大転換なのに、毎日の記者たちは他社の記者から聞いて初めて知った、というお粗末な裏話もあった。“没落した公家”の趣がある毎日らしいエピソードだ。

 新機軸には、弱点もあるにはある。増える一方の広域犯罪についての取材・報道で遅れを取る恐れは強い。ぼくは駆け出しだった1980年、富山・長野連続誘拐事件を取材した。2月に富山県で女子高生が誘拐・殺害され、次いで3月に長野県で信用金庫に勤めるOLが誘拐・殺害され、同一犯の凶行だとわかった事件だ。

 このとき、ぼくのいた長野支局の先輩記者と横浜支局時代に机を並べていた記者が富山支局にいて、電話一本でツーカーのやりとりができ、都道府県ごとに管轄する警察や地方紙を大きく出し抜いてスクープを連発できた。まさに全国紙の威力だった。

 ニュー毎日の経営状況をみれば、国内取材網をさらに縮小しそうだ。そうなれば、広域事件では、地方紙同様、お手上げとなるだろう。警察庁が「日本版FBI」の創設を狙っている時代に、苦しいことは苦しい。

 しかし、そこには目をつぶってでも、ニュー毎日には個人的に期待したい。ユニークな新聞形態でいい記事が続出すれば、横並びの島国のことだから、「それならわが社も」と新聞ジャーナリズムが変わるかもしれない、もんね。

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