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ホルモンヌが街を闊歩する

 群馬県某所に稀代のホルモン焼き屋「X亭」がある、といううわさを聞いたのは2006年春のことだった。ぼくはすぐにスケジュールを調整し、上州へと車を走らせた。そのころ、ホルモンはそう普及していたわけではなかった。

実は、半世紀以上、ぼくは本物のホルモンの味を求めて生きて来た、と言っても過言ではない。ついに、美味いホルモンが食えるぞ! ついついアクセルをふかしそうになる足を抑えて、その店を探し回った。しかし、カーナビもなく、ついに見つけることはできなかった。

 ぼくのホルモン道が、数少ない蹉跌をきたした夜だった。

 ホルモンに魅せられたのは、わずか5歳のころだった。雪のちらつく日、父はなぜか兄や姉は家に残し、ぼくだけを連れて街にでかけた。たしか、書斎で使う電気スタンドを買うのが目的だった。買い物がすんだ帰り道、父は駅裏の路地を入ったある焼肉屋に入っていった。路地がYの字になった三角地帯にあるカウンターだけの小さな店で、10人も座れば満員という感じだった。

 カウンターにはガスコンロがあり、ジンギスカン鍋で肉を焼いた。ぼくが見たことも聞いたこともない肉の部位を、父は慣れた様子で注文した。それが、後で思えばホルモンだった。その店は、いわゆる在日の人がやっていたのだと思う。

 1950年代末のそのころ、ホルモンなどというものは下賤とされ、ふつうの人が食べるような肉ではなかった。だが、今で言うB級グルメだった父は、ゲテモノとされるものを試すのが好きだった。

 父は焼酎をあおりながら、焼きあがった得たいの知れないものをうまそうに口にした。焼酎だって、そのころ地元では下賤の酒とされていた。ぼくもまねてひと切れを口に入れた。なんともいえない歯ごたえがあり、噛めば肉汁がしみ出してくる。

 世の中にこんなうまいもんがあったのか。

 誰でも、そんな幼児体験があるだろう。ぼくの場合はそれがホルモンだった。4人きょうだいの中で、父を独占して街へ連れて行ってもらったことのうれしさも、隠し味だったのにちがいない。その日から、美味いホルモンを探し求めるぼくの道は始まった。

 だが実際には、10数年も空白があり、大学生時代、京都の鴨川べりの薄汚れた焼肉屋で食べるまで、あの幼児体験は再現しなかった。

 さらに時が経ち、1990年代半ばに、もつ鍋ブームがやってきた。OLのグループなどがもつをうまそうに食べている。嗚呼、この時代が来るまでに半世紀もかかった。専門店だけでなく、スーパーにもホルモンが売られるご時世になった。それにしても、いままで、これほどの量のホルモンはどうやって処分されていたんだろう、と素朴な疑問が浮かんだ。

 もつ鍋ブームは2年もつづかなかった。街にあふれていたもつ鍋屋が、次々と姿を消していった。食材としてのホルモンはどこへ行ったのだろう。だれがどうやって処分しているんだろう。

 それでも、ホルモン愛好家は地下に潜るように生きのびていた。2008年12月、『悶々ホルモン』という本が出版された。20歳代の女性ライターがホルモンに目覚め食べ歩いた、まさにホルモン道の記録だった。

 その宣伝コピーには「ホルモニアン」という造語が使われている。このころから、ホルモンは日本で復権したように思えた。まさに雨後のタケノコ状態でホルモン焼き屋が街に現れた。わが家の生活圏だけでも10軒以上ができた。既存の焼肉屋も「ホルモン」をアピールするのぼりを立てたりするようになった。

 そして、翌2009年半ば、「ホルモンヌ」という言葉がメディアで使われだした。パリジェンヌを連想するように、これはホルモンを愛好する女性を意味する。ある日、夕方のテレビニュースでは、ホルモンヌ主催の合コンを放映した。女性陣は、レバ刺しやマルチョウ、コプチャン、シビレなど“通”好みのメニューを次々と注文する。男性陣は、わけもわからず、おそるおそるそれを口にする。「ぼくにはちょっとこれは…」と顔をしかめる青年もいる。

 世は肉食系女子の時代。ホルモンヌは、まさにそれを体現している。ホルモンも食えない男に用はない、といった感じが勇ましい。たしかに、そんな男は馬草でも食っていればいい。

 さて、2010年春、上州のX亭に4年を経てもう一度挑戦する決意を固めた。今度はネットで場所をきちんと確かめ、地図を頭に叩き込んでから出かけた。

 何の変哲もない通り沿いにぽつんとあった。思ったよりずっと小さい。20席くらいだろうか。店長とおぼしき人はBIGINのヴォーカル比嘉栄昇さんに似ている。本人も意識しているよいうで、比嘉さんのトレードマーク、ハンチング帽をかぶっている。

 焼肉の本場韓国でも、牛肉から豚肉へと流行はシフトしているが、X亭もそうだった。地元ブランド上州豚の梅トントロ、梅ガツ芯にはたまげた。ほどよい酸っぱさの梅肉を豚肉に和えて食べるのだった。

 わがホルモン道は、また奥の深さを知った。しかし、このブームもいつかは消えるのか。

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