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虹色のところてん――大麻臨場(中)

          2010年6月10日アップロードの(上)からつづく

           ~『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』番外編~

 パンを食べ終えたロングヘアーとチリチリは、安っぽい笛と弦楽器を取り出し、即興演奏をはじめた。白人の青年は、ちょっとうるさそうな顔をしたが、なにも言わないで本を閉じ、寝る体勢にはいった。西洋人は真っ裸でうつぶせで寝るって聞いたことがあるけど、ほんとなんだ。ぼくはどうでもいいことを考えていた。

 うまくもない即興演奏が延々とつづいている。ガンジャをやっていない他のバックパッカーたちも、お互い様なのか、文句を言うこともなくおとなしくしている。

 「どうして、ミュージシャンがガンジャをやるのか、わかります?」。ジョン・レノン風は軽いノリで聞いてきた。「さぁ、音がきれいに聴こえるとか?」

 「そう、そうなんです。音がこの世のものとは思えないほどきれいに研ぎ澄まされるし、それに、とてもきれいに見えるんです」

 「音が見えるってどういうこと?」

 「ガンジャの作用はもちろん人によっていろいろかもしれませんけど、ぼくの場合は、ステレオにビートルズでもかけて、ガンジャを吸ってその前で座っていると、スピーカーボックスの網目から、音が七色のところてんみたいに押し出されてくるんです」

 ぼくは、その話に飛びついた。「音のところてんは、放射状に広がっていくの?」

 「いや、にゅる~っという感じで少し曲がりくねって出てきますね」

 「それを手でさわったことある?」

 「いや、もちろん、幻覚だって頭の隅ではちゃんとわかってるから、さわろうとしたことはありませんね」

 「ガンジャでラリッていても、頭のどこかには理性が残っているんだ」

 「そうですね。コカインやヘロインみたいなハードドラッグはどうか知らないけど、マリファナみたいなソフトドラッグは、半分以上、理性が残ってますね」

 部屋中に漂うガンジャの煙のせいか、ぼくの胸はドキドキしっぱなしだった。ジョン・レノン風に「一服試してみます?」と誘われたが、断った。

 ロングヘアーとチリチリの演奏もやがて終わり、誰かが天井の照明を消して、あちこちから寝息が聞こえてきた。でも、ぼくの頭は冴え渡っていた。

 夜明けを待って、こっそり部屋を出ると、ホテル前の大通りにいたリクシャーをつかまえ、プラメシュの待っているホテルの名を告げた。

 やっと仮眠したあと、プラメシュと朝食をとりながら、ささやかなガンジャ体験を話した。

 「えーっ! そんなのは知らなかったよ。確かに、ガンジャなんてどこででも手に入るとは言うけど、あえて試すこともしないしね。でも、面白い経験だったね」

 しかし、ずっとのちのことだが、日本の新聞に、インドで大麻を大量に所持していた日本人旅行者が逮捕された、という記事が載っていた。インドは連邦国家で州によって法律がちがうから、そういう事件もあるのか。それにしても、政府直営の大麻販売店があるというジョン・レノン風の話は、にわかには信じられなかった。

 だが、どうやら事実らしい。ぼくは2009年5月に邦訳が出た『インド 特急便!』(光文社)の巻末解説を頼まれて書いた。その316ページにはこんなくだりがあるのだ。
 「(インド)政府が経営するハシシ店からは大麻の煙が立ちのぼる」

 著者はカナダ出身で、イギリス公共放送BBCの特派員としてパキスタン、インド、ネパールに駐在したことのあるジャーナリストだ。だから、ぼくは自分で取材したことはないものの、確かな話なのだろう。

 アフガニスタンの首都カブールのホテルでの体験も思い出す。ある国際通信社の女性記者に、「あたしの部屋に遊びに来ない?」と気軽に誘われ、いったら、タヌキのあぶり出しみたいになって、ほうほうのていで逃げ出した。

 そのころのカブールは、24時間、銃声砲声が聞こえる物騒な都市だったから、街で取材を終えると、できるだけ寄り道をしないでホテルに引き上げる毎日だった。だが、ホテルの部屋では本を読むくらいしかすることはなく、大麻の好きな人は思い切り吸っていたのだろう。そのときは、うかつにも大麻の煙だとは気づかなかったのだが。

 そういえば、ベナレスで会ったジョン・レノン風は、こんなことも言っていた。

 「ガンジャをやりながら音楽を聴きつづけていると、ガンジャで創作された曲を簡単に聞き分けられるようになるんです。あの○○○○だってそうですよ」

 ○○○○は、世界を舞台に活躍しているあまりにも有名な日本人ミュージシャンだった。ジョン・レノン風は言った。

 「たぶん、日本国内でこっそりマリファナを吸って曲を作るなんて危ないことはしてないでしょう。海外には、合法化されている国がいくらでもあり、そこに小さなスタジオでも借りてやればいいんだから」

 島国ニッポンに生まれ育ったままだと、考え方が一面的になる。インドのような半端じゃない多様性文化の国にいると、思考も複眼にならざるを得ない。ぼくにとって、大麻というテーマもそうだった。

 ~~ 虹色のところてん――大麻臨場(下)につづく

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