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虹色のところてん――大麻臨場(上)

           ~『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』番外編~

 その部屋に入った瞬間、お、ジョン・レノンがいる、と思った。よく見ると、ぼさぼさの髪を長く垂らし真ん丸の眼鏡をかけた日本人青年だった。明らかに、ジョン・レノンを気取っている。名前は聞かなかったが、ぼくはこっそり<ジョン・レノン風>と呼ぶことにした。

 もうふた昔も前、新聞社のニューデリー特派員をしていたころ、冬休みをとって、親友のプラメシュと、長距離列車でヒンドゥー教最大の聖地ベナレスへやってきていた。ガンジス河の沐浴で有名なところだ。

 それなりにちゃんとしたホテルを拠点に、プラメシュとふたりで小説にでもなりそうなネタの取材をしていた。ある晩、彼をホテルにおいたまま、ひとりで夜の街へ出かけた。「ちょっと、日本人旅行者のたまり場になっているらしい安ホテルにいってくるよ」

 探し当てた安ホテルで、フロント係りは「もう時間も遅いから、一泊25ルピーで」とふっかけてきた。値切れば値切れそうだな、とは思いながらも面倒なので、言い値を出した。日本円にすれば、わずか250円ほどだ。

 通された部屋を入ってすぐ右側のベッドに、ジョン・レノン風が腰掛けていた。部屋には、病院の大部屋みたいに8脚のベッドが並び、その奥にシャワールームがあった。右手一番奥のベッドでは、白人の青年が全裸でうつぶせになって本を読んでいた。ベッドはほとんどふさがっており、白人以外はみな日本人の若者だった。

 はっきりいってぼくは、年齢的にちょっと場違いだった。貧乏旅行者にお決まりのバックパックも持っていなかった。

 ぼくにあてがわれたのは、ドアを入ってすぐ左のベッドだった。つまり、ジョン・レノン風の隣りだ。「ぼくたちより、大先輩ですよね」。ジョン・レノン風は、そう言って探りを入れてきた。「ああ、ニューデリーに駐在しているんだ。せっかくベナレスに来たんだから、噂のバックパッカーに話を聞いてみたいと思ってね。観光地めぐりだけじゃつまらないから」

 ジョン・レノン風は、家は東京にあり、年に2回はインドへ来ているという。「こっちの道端で売っている安いアクセサリー類を大量に買って、青山でブティックをしている姉の店にコーナーを作って売っているんです。インド製品は、日本人からしたらものすごく安くても、器用な職人が多いから、なかなかいいものがあるんです。青山だと街のネームバリューもあるし、仕入れ値の10倍くらいで売れるんですよ」

 ジョン・レノン風は、売れないミュージシャンだった。ホテルのこの部屋では長老格で、26歳だという。みな何泊もしているらしい。

 ジョン・レノン風と奥の白人青年のあいだのベッドには、ロングヘアーの女子学生風と、天然かパーマか、髪をチリチリにした男子学生風がいた。ジョン・レノン風とぼくの話が弾んでいるわきで、ペットボトルをちょっと加工したものを取り出した。水が入っており、ボトルにたばこ?を差し込んで火をつけた。手製の水パイプらしい。

 乾燥ハーブを燃やしたようなかなり強い臭いの煙が漂った。ロングヘアーとチリチリ頭は、しばらく、その煙を胸いっぱいに吸い込んでいた。やがて何かを言い合いながら、食パンを取り出した。インドにも四角い食パンはあるが、恐ろしくまずく、ぼくはめったに口にしない。

 でも、ロングヘアーとチリチリ頭は、けらけら笑いながらパクパク食べている。ぼくがよほど不思議そうに、その光景を見ていたからなのだろう。ジョン・レノン風が解説をしてくれた。

 「ガンジャを吸うと、何かひとつのことに意識が集中するんです。いまあのふたりは、ちょっとお腹がすいたなと思って、パンがあることを思い出し、それを食べることに夢中になっているんです。パンがなくなるまで食べ続けると思いますよ、きっと」

 そうなんだ。インドでは、ガンジャというのが大麻を意味するくらいはぼくも知ってはいた。しかし、もともとたばこは苦手で、麻薬にも興味はなかったので、取材のテーマにしようとしたことはない。したがって、インドでの大麻の現状についてもほとんど知らなかった。

 ちなみに、日本では乾燥大麻をマリファナ、大麻樹脂をハシシ、液体大麻をハシシオイルと呼び分けているようだが、インドではそんな厳密な区別もないのではないか。

 「インドへ来るバックパッカーの少なくとも3人にひとりは、ガンジャが目的ですね。そのほぼ全員が音楽をやっているんです」

 ジョン・レノン風は、なんでもない世間話をするように解説をつづける。しかし、少なくとも日本では大麻は非合法で、もし発覚すれば刑事事件になる。ここはインドとはいえ、大麻を吸ってラリッている若者たちを目の前にして、ぼくは胸のドキドキを抑えることができなかった。

 「インドでは、政府直営でガンジャを売る店がありましてね。ここベナレス辺りだと、警官の地回りみたいなのがいて、店先にあるガンジャを堂々とくすねていったりするんですよ」

 ~~ 虹色のところてん――大麻臨場(中)につづく

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