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クジラを獲って何が悪い

 ベルリンに住んでいるとき、行きつけの理髪店には<捕鯨反対キャンペーン>の大きなパネルが掲げてあった。店長とはいつも世間話をしながら髪を切ってもらう間柄だったが、ぼくは捕鯨問題だけは話題にしなかった。「クジラ肉は美味しいよ。学校給食のメニューでも一番好きだった」などと言ったらどうなったか。

 海外赴任に当たって「捕鯨と宗教、民族の話だけはくれぐれも慎重に」と、先輩からアドバイスされていた。そのパネルも「自然や動物の命を大切に」と悪気もなく張られていたのだろう。それだからこそ問題の根は深い。

 ドイツ中部テューリンゲン州の世界文化遺産ヴァルトブルク城には「ルターの部屋」というのがある。16世紀初め、かのマルティン・ルターが聖書をドイツ語に訳したのがこの場所だった。

 がらんとした部屋には、机と椅子、それに足置き台があるだけだった。足置きは、日本で言えば石臼のような円筒形だった。それが、説明書きによると、クジラの脊椎骨なのだという。

 ルターの時代、クジラの脂だけを取り、部屋の明かり用の油として燃やしていたらしい。ヨーロッパに住んでいると、捕鯨国の日本人は何だかとても野蛮な民族のように言われたりすることがあり、不愉快な思いをしていた。でも、ヨーロッパ人だって、昔はクジラを殺していたわけだ。

 しかもクジラの頭から尻尾まですべてを大切な食料、素材資源として「いただく」日本人にくらべ、脂だけを取ってあとは捨ててしまうというヨーロッパ人のほうが、むしろ野蛮ではないか。

 そんなこちらの感想など、今のヨーロッパでは相手にもされない。

 そういえば、江戸時代末期に浦賀沖にやって来て日本を大騒ぎさせたペリーの黒船も、クジラ油を燃料にしていた。18世紀から20世紀初頭にかけて、欧米諸国は、大西洋、インド洋、太平洋に船団を出してさかんにクジラを捕獲していた。初期のころは、クジラを本国や周辺基地に持ち帰り、加工し「鯨油」を採取していたが、次第に南へ、東へクジラとを追っていくようになると、基地に帰れず、海上でクジラを処理して油をとるシステムが開発された。

 だが、操業が拡大するにつれ、水や食料や燃料の補給基地、難破した際の捕鯨船の救助と漂流民保護のための避難港が各地に必要になってきた。当時の日本は鎖国していたため立ち入ることはできず、琉球や台湾、中国に寄航していた。だが、どうしても日本に寄港する必要があり、アメリカ大統領はペリーに命じて日本に開国を迫ったという。

 アメリカの捕鯨船がやって来るまで、日本近海のセミクジラは1万頭ほどいたが、今はそれが1000頭ほどまで激減している。クジラが減ったのはアメリカの商業捕鯨のせいだったのだ。

 そんなことはすっかり忘れて、欧米諸国は捕鯨国を悪者扱いする。キリスト教徒の多くがイスラム教を嫌悪するのと同じような調子で、クジラを食べる民族を野蛮視する。

 2010年7月7日には、反捕鯨団体シーシェパードのピーター・ベスーン元船長が、日本の調査捕鯨船に侵入し、乗組員にけがをさせたとして、有罪判決が下った。その元船長は、母国ニュージーランドで国民的ヒーローになっていると聞く。

 小型のクジラであるイルカをめぐっても、摩擦が起きている。和歌山県太地町のイルカ漁を“告発”するアメリカのドキュメンタリー映画『ザーコーヴ』をめぐる騒動は、いまだにつづいている。日本国内での一般公開をめぐり、7月初めには、各地で反対する保守系団体と警官隊がもみ合いになった。

 クライマックスでは、漁師たちがイルカを殺し、血で海が赤く染まる。

 この作品は、第82回アカデミー長編ドキュメンタリー賞やサンダンス映画祭ドキュメンタリー部門の観客賞を受賞した。漁のシーンは隠し撮りしたという。その点が、とくに上映反対派の怒りを買った。

 なぜ、イルカを含むクジラを獲ることに欧米人の多くは反対するのか。「頭がいい動物だから」「かわいいから」「絶滅の恐れがあるから」と言う。

 頭がいいから、というのならタコだってそうだ。W杯で一躍有名になったドイツの予言タコ「パウル君」を引き合いに出すまでもなく、タコの頭の良さは知られている。本体に3つ、8本の足の根元にそれぞれひとつずつの計11個もの脳を持っているそうだ。ある学者は言う。「人類じゃなくタコが世界を征服していてもおかしくない。かつて火星人と言えばタコの形をして描かれたが、あれにはもっともな根拠がある」

 かわいいから、というのなら犬だってそうだ。中国や韓国、北朝鮮で犬を殺して人間が食べる映像を隠し撮りして作品にしたらどうなるか。少なくとも、日本人はそんなことはしない。

 クジラの絶滅の恐れがないことは、すでに科学的調査で立証されている。

 クジラ騒動とは、文化摩擦というより一種の人種差別、民族差別ではないかと思う。だから根が深く、ベルリンの床屋さんなど白人に納得させるのは厄介なのだ。

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