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RAILWAYS ―― 出雲の線路は熱かった

 映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』は、好評のうちに全国公開を終えた。と思ったら、2010年の7月下旬に帰省した島根県では、まだロングラン上映をしていた。ひと足先に帰省した義弟が観に行ったら、かなりの観客がいたという。

 降り立った出雲空港でも『RAILWAYS』の垂れ幕がさがっていて、地元では大変な盛り上がりのようだった。錦織良成監督も出雲出身だ。

 出雲地方を走る一畑(いちばた)電車が舞台となっている。エリート企業戦士だった男性が、郷里の母親の病気をきっかけに、地元へもどり、子どものころの夢だった電車の運転手になる。

 通勤通学の時間帯はともかく、昼間は1時間に1本というのも珍しくない典型的なローカル線だ。ぼくの実家の庭先に幅5メートルほどの川が流れ、その先に線路が走っている。子どものころ、街へ買い物やお祭りにでかけたり、親の実家に行くときは、いつも一畑電車に乗った。高校3年間は、カバンの手を離しても落ちないほどの満員電車で通学した。

 ある年の9月1日早朝、電車の急ブレーキで目が覚めた。何でも、中年の男のひとが、わが家のすぐ近くで飛び込んだという。始業式の朝なのにいやなことがあったな、と記憶に残っている。

 映画のストーリーは単純で、タイトルから容易に想像できる。主演の中井貴一さんは、4回くらい出演を断ったのだという。「いい人ばかり出てくる。これが果たして映画になるんだろうかと」。読売新聞夕刊の対談でそう語っている。北野武監督・脚本・主演の悪いやつらばかり出てくる『アウトレイジ』とは好対照だ。

 『RAILWAYS』は、そうドラマチックな展開もなく、思い切って<Uターン>を選んだ男と、その家族と、田園風景のなかをのんびり走る2両編成の電車が描かれる。そのほっこりした感じがいい。

 映画のなかで、焚き火の煙が車内に入り込んでくるのを避けるため、乗客たちが窓を閉めるシーンがある。

 「あれは、うちの煙なのよ。女優にはなれなかったけど、うちの煙が全国デビューしたわ」。何ごとにも陽気な母が、はしゃいで言った。実家の正面を走る線路のすぐ脇に小さな畑があり、母はそこで趣味と実益の野菜作りをしている。今の時期は、ナスとキュウリ、ゴーヤなどが育っていた。

 厳密に言うと、あれは焚き火ではなく地元では“くよし”と呼ぶ。刈ったばかりの草を畑の隅に積み上げて火をつける。すると、ぼうぼう燃えるのではなく、じっくりと蒸し焼きをするように、たくさんの煙をあげながら燃えていく。ぼくたちにとって、くよしの煙と臭いは、郷愁そのものだ。

 帰省すると、食卓の上に、わが夫婦がすべき<作業一覧>が、書道の師範の免状を持つ母の達筆な字で書き並べてあった。その第一は、墓の掃除だった。ぼくは妹と、山の麓にある家のお墓まで空港で借りたレンタカーで行って、落ち葉掃きをしたり、垣根の枝を刈り込んだりした。そして、妻が担当したのが、線路脇の畑の草刈りだった。かみさんは子どものころ、家の手伝いで、よく信州・千曲川べりの畑の背より高い草を刈り取っていたといい、その腕はプロの農婦なみだ。

 母によると、隣りの畑で草取りをしていた近所のおばあちゃんが、感心して言った。「都会の奥さんが、この暑いのに偉いわぁ」。ごほうびにカボチャを3個くれた。
 盆提灯を2階の押入れから出して組み立て、仏間に飾る。窓を拭き、庭木や盆栽に水やりをする。与えられた任務は数多かったが、ひとつの作業を終えるたび箇条書きに線を引いて消していくと、不思議な達成感があった。

 帰省の最大の目的は、老いた両親のために、少しでも家の雑事をすることだったから、苦にはならない。そして、もうひとつ、お楽しみの目的があった。

 5月28日、TBS系『ぴったんこカン・カン スペシャル』で、RAILWAYSの宣伝を兼ねた特集をした。その番組で中井貴一さんが、名前をあげて推奨した出雲の2件の料理屋があった。そのひとつが、電車の雲州平田駅に近い日本料理店『味処おかや』だった。

 実家からはほど近い。ぼくたちの帰省は、ちょうど父の満88歳の誕生日に当たるので、ひと月以上前に直接店へ電話して個室を予約しておいた。「主賓は年老いた父なので、お料理は量より質でお願いします」

 当日、予約時間より7~8分遅れて着いた。個室のテーブルにはすでに前菜の煮こごり風が置かれていた。だが、仲居さんは、「形が崩れてしまいましたから」と、新しいのと取り替えた。そのきめ細やかさがうれしい。

 お造りは近海で朝獲れたばかりのレンコダイ、ヤリイカ、ヒラマサ。主菜は全長50センチ以上もある高級魚アマダイの姿蒸しで、思わず写真を撮った。そして、締めは出雲特産の割子そばだった。半世紀以上、出雲そばを食べてきたが、そのなかでもベストの一品だった。

 個室は、中井さんと共演者の三浦貴大さん(山口百恵さんの次男)が番組内で食事をしていたその部屋だった! RAILWAYSのおかげで、最高の夏の思い出ができた。

  --毎週木曜日に更新--

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