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御巣鷹山の惨劇の夜から25年が経った

 また、8月12日がやって来た。25年前のあのときは、ぼくの新聞記者生活でも、最も長い夜だった。

 東京本社の外報部(現国際部)で、午後6時からの夜勤についた。外電をチェックしたり、特派員からの原稿を処理する内勤の仕事だ。海外で大ニュースが起こらなければ、午前2時過ぎには帰宅できる。

 午後6時半ごろ、何気なく、いつものように時事通信社から巻紙のファクスで流れてくる原稿をビリッと破った。トイレットペーパーを破りとるような感覚だ。

 読売新聞は時事通信から海外ニュースだけを配信される契約を結んでおり、端末機は外報部にしかない。しかし、時事は国内ニュースもいっしょくたにして配信するので、それを読めば、内外の最新情報がわかるのだった。

 <羽田発大阪伊丹行きの日航ジャンボ機123便が、レーダーから消えた>

 破った配信記事には、ざっとそれだけが書かれていた。これはなんだろうと思い、飛行機に詳しい先輩F記者に見せた。

 「ジャンボ機がレーダーから消えた、ということは落ちたってことだぞ。大変だ! すぐ社会部に持って行け」

 その記事が、結果として、時事通信の世紀のスクープとなった。社会部には、同郷の先輩K記者がいた。早口で事情を話すと、「羽田へ問い合わせろっ」と若い記者に叫んだ。

 東京から大阪への便ならば、海外のVIPや日本の政府要人も乗っている可能性がある。国内事件・事故の管轄は社会部だが、外報部や政治部などでも大騒ぎになった。ぼくたちは、東京にある各国の大使館へ端から電話を入れ、要人が123便に乗っていないか確認作業をはじめた。

 やがて、“消えたジャンボ機”の件はテレビやラジオでも速報され、国民がかたずを飲むことになった。社会部では、羽田空港をはじめ、航空自衛隊、在日米軍基地など、思いつく限りのところに緊急取材をかけている。

 乗客・乗員の名簿も入手しなければならないし、ほんとに墜落していれば犠牲者の顔写真もいる。それも大変な数にのぼるだろう。

 大新聞社の組織が、ぐわっと顔をもたげ、フル回転をはじめた。地方勤務を終え、本社へ配属になって1年あまりしか経っていないぼくにとっては、初めての経験で、武者ぶるいをした。本社ビル5階の1フロアを占める編集局は、戦場と化した。

 しばらくして、群馬県あたりの山中で何かが燃えているのが発見された、と一報が入った。だが、場所が特定できない。

 K記者は羽田空港へ駆けつけ、常駐している読売専用ヘリコプターで、とりあえず飛び立った。位置は確認できないが、「山中の火」だけを頼りに現場へ向かうというのだ。

 蜂の巣をつついたような騒ぎのなか、外線からぼくあてに電話がかかって来た。この忙しいときに、と思って受話器を取ると、Y君からだった。かつてぼくが世論調査のアルバイト学生として雇ったのをきっかけに親しくなった“弟分”だった。ぼくに感化されて「読売の記者になりたい」と言い出し、受験したが失敗し、ある教育分野の新進企業に就職していた。

 「いま夏休みをとって、群馬県の山のなかでキャンプをしてるんです。ジャンボ機が落ちたことラジオの速報で知りました。登山の本格装備をしているし、望遠つきのカメラも持っているので、場所さえ特定できれば、すぐ現場へ向かいます!」

 事故の第一報は時事通信に抜かれたが、ここでY君が現場一番乗りすれば、大スクープになるかもしれない。ちらっとそんなことも考えた。携帯電話のない時代のことで、Y君はキャンプ場にたまたまあった公衆電話からかけているという。

 「社会部へ行って、正確な位置の情報を取ってくるから、このまま待ってて」

 だが、墜落現場の特定は、難航を極めていた。「米軍や自衛隊でさえわからないっていうんだから、ぼくらにはお手上げだよ」。ある社会部記者は疲れた顔をして嘆いた。

 Y君とは、何度も何度も電話で連絡を取り合った。そのうちに、夜が明けて来た。テレビで、現場上空から撮影した映像が流れた。いずれ地上からも現場に到着するだろう。Y君には「お疲れーっ。あとはプロに任せるから、もう寝ていいよ。場所さえわかれば現場に行ってもらえたのに、残念だったね」

 後日、Y君に会って聞いたところ、事故の前夜、ジャンボ機が墜落した御巣鷹山の上空が、赤く光を発していたという。

 「それまでまったく見たこともない光景で、あそこで何があんなにものすごく光っているんだろう。UFOの基地でもあるんじゃないの、って仲間と話し合っていたんですよ」

 翌年、Y君は読売に再度挑戦したがまたも失敗し、結局、朝日新聞の記者になった。

 墜落原因は過去の事故の修理ミスとされるが、納得しない人も多い。ジャンボ機にはある放射性物質が極秘に積まれていて、宇宙人がそれを手に入れるため墜落させた。そういう都市伝説が生まれた。超常現象マニアのY君は、ちょっとだけそれを信じていた。実は、ぼくも・・・。

  --毎週木曜日に更新--

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