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オオサンショウウオが死に、鬼デスクは怒る

 「この記事、取材が甘い!!」。電話の向こうで、鬼デスクが怒っている。なにも、ぼくが叱られたわけじゃないが。

 島根県出雲地方のローカル紙のある記事を、郷里の母が、ぼくのところへファクスしてきた。それを読んで妹に電話すると、妹のところにも送られてきていた。

 なにしろ、妹は、毎日新聞記者を夫に持ち、旦那の原稿にさえダメ出しをする自称"鬼デスク"なのだ。記事の内容があまりに不備で、ちょっと頭にきたようだった。

 <山高のオオサンショウウオ死ぬ>。見出しは、こうつけられていた。でも、山高ってなんだ?「長年、県立出雲高校の生徒たちを見つめてきた名物のオオサンショウウオが8月11日に死んだ」

 なんだ、わが母校のニュースじゃないか。ひと月も前の話で、ネタ元は、高校新聞部が発行する『鷹の沢新聞』だという。オオサンショウウオと聞いては他人事じゃない。なにしろ、ぼくは生物部の部長兼サンショウウオ班の班長だった。

 オオサンショウウオは特別天然記念物で、文化庁の特別許可がないと飼育できない。生きた餌しか食べないため、ぼくたちはせっせとカエルやヘビを取ってきて水槽に入れてやった。思いのほか敏捷で、パクッと食べる。体長が1メートル近くもある世界最大の両生類だから、一度にカエル20匹くらいは平気でたいらげる。でも、満腹すると水底でじっとしていて、そうしょっちゅう餌をやらなければならないというわけでもなかった。

 一見、グロテスクだが、妙に愛嬌がある。特に、4本の足が可愛らしかった。

 ぼくたちが在校生だった1970年代初頭、3匹を飼っていた。4歳年下の妹も、やはり生物部に入り世話をした。今回の電話で初めて聞いたのだが、妹たちは、3匹にマリ、ルミコ、サオリと名づけていたという。天地真理、小柳ルミ子、南沙織のアイドル歌手から取ったそうだ。

 とにもかくにも、オオサンショウウオは出雲高校のシンボル的存在だった。それが亡くなったとなれば、卒業生にとってはちょっとした事件なのだ。

 「それにしても、まだ生きていたのか」というのが、率直な感想だった。だが、何匹亡くなったのか、誰が死体を発見したのか、死因はなにかなど、記事を読んでもわからない。だから、鬼デスクが怒ったのだった。

 記事にはこう記されている。「出雲高校には、1957(昭和32)年ごろから飼育されてきた記録がある。ただ、死んだオオサンショウウオが、一代目なのか二代目なのかは不明。(中略)いずれにしろ、出雲高校に50年以上にわたって飼われてきたオオサンショウウオ。その死だけに、鷹の沢新聞を読んだ卒業生を中心に話題は広がった。『残念です…。青春の思い出のひとつでした』」

 ぼくは、出雲高校に電話を入れた。K教頭によると、夏休み中のことであり、死んでいるのを発見したのは教師だったそうだ。最近は1匹しかおらず、それが何らかの理由で亡くなったのだという。

 「特別天然記念物だから、県教育庁文化財課に連絡をとり、文化庁への報告など手続きをとっている最中です」

 では、残りの2匹はいつ死んだのか。そのときも、きちんとした手続きを踏んだのか。

 「わたしも昨年この学校にきたばかりで、以前のことはよくわかりません。昭和32年に公式の飼育許可を取っていますが、それ以外に記録がないんです」。K教頭も電話口で困惑していた。

 文化財保護法によって、オオサンショウウオを新たに入手するときは文化庁の許可を得、死んだときには届け出なければならないはずだ。そうした手続きが行われないまま、飼いつづけていたことになる。ぼくも元関係者のひとりとしてちょっと責任を感じてしまう。

 前身の今市高等女学校で1942~46(昭和17~21)年に学んだ母は証言する。「オオサンショウウオはそのころから飼われていたよ。たしか2匹」。つまり、少なくとも68年間は飼われてきたことになる。また、鬼デスクが怒りそうだ。

 しかも、調べてみると、国が特別天然記念物に指定したのは1952年だった。高校が許可を取ったのはその5年後だから、その間、許可申請もしないまま飼っていた可能性もある。今回、最後の1匹の死によって、過去のずさんさが明るみに出てしまった格好か。

 まあ、それはいい。ローカル紙のコメントにあったように、「青春の思い出のひとつ」だから、そっとしておこう。

 ところで、「山高」ってなんだ、という疑問が残る。K教頭は言った。「命名のいきさつはよく知りません。ただ、最近では生徒たちも地元のひとたちもそう呼ぶことがあるらしいです。ちょっと問題のあるネーミングだというひとも中にはいますが」。

 出雲高校は小高い丘の上にある。ぼくが高校を受験したころ、中学の先生が、「山の学校」とか「山の高校」とか、隠語みたいに呼んでいた。それが定着したのかもしれない。卒業して38年も経てば、通称も変わるんだなぁ。

 オオサンショウウオは骨格標本になるらしい。ありし日の面影を偲びながら、冥福を祈ることにしよう。ね、鬼デスク。  合掌。

  --毎週木曜日に更新--

 (その後の母からの電話によると、昔も「山高」という呼び方はあったという。それが使われなくなり、いつからか復活したのはなぜなのだろうか)

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