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愛検ポチが吠え、検察は変わるか

 新聞業界には<撃ち合い>という言葉がある。ある大事件が持ち上がりマスメディアがスクープ合戦をすることだ。

 2010年9月21日付の朝刊で、朝日新聞が「検事、押収資料改ざんか」というスクープを放った。郵便不正事件をめぐり、大阪地検特捜部の主任検事が、証拠として押収していたフロッピーディスク(FD)の文書の日付けを書き換えたというものだった。

 最高検は、その日のうちに前田恒彦検事を証拠隠滅の疑いで逮捕した。翌22日朝、読売が「『改ざん』検事正も把握」と特報して、撃ち合いがはじまった。

 問題は、前田検事の単独行動か上司らも承知して隠していたのかだから、読売はカウンターアタックを1本決めたようなものだ。

 これら2本のスクープで、前田検事がFDを都合のいいように改ざんし、しかもその事実を上司が知りながら隠していた、という事件の基本構図が明らかになった。

 日本のマスメディアは、記者クラブ制度にすがり検察批判をすることはまずなかった。小沢一郎氏の政治とカネの問題でも、検察に尻尾をふってリーク情報をもらい、垂れ流ししていた。ぼくは、そんなマスメディアを<愛検ポチ>と呼んでいる。

 そのポチが、今度ばかりは検察に咬みついた。最高検がスピード逮捕したのは、ことの重大さを認識したため、というより、あわてふためいたからかもしれない。

 証拠隠滅罪が成立するためには、隠滅する「意図」が立証されなければならない。つまり、故意ではなく過失の場合は罪に問えない。そのことに触れたのは、ぼくがチェックする限り読売だけだった。しかし、読売もふくめ、事件発覚1週間ほどは、どのマスメディアも意図の有無が事件の核心をにぎることをあまり意識してはいない報道ぶりだった。

 何が罪になるのかをはっきりさせなければ、事件の進展もくそもないはすだが。

 FDが改ざんされたのは事実だろう。郵便不正事件の被告側弁護士から朝日が入手して大手情報セキュリティー会社に解析してもらったという。

 だが、前田検事は当初、「うっかり書き換えてしまった」と述べているとされた。したがって、意図をどれだけ物的証拠や証言で裏付けられるかがミソとなる。

 産経は、9月23日付朝刊で「激震特捜検事の犯罪」というタイトルの企画記事を掲載した。すでに犯罪と決めつけている。しかし、この時点では故意だったかどうかは不明で、推定無罪つまり有罪が確定するまでは無罪を前提として扱う、という原則からフライングしている。

 しかも、その記事では、「自ら描いた構図に合うよう証拠の改竄をもくろんだのか、それとも単なるミスなのか。経緯をたどるほど、前田容疑者の『意図』は見えにくくなる」と、竜頭蛇尾の内容に終始している。さらに、こうつづく。

 「検察側主張に沿った証拠とするためにFDを改竄したのなら、なぜ捜査報告書も同じように改竄しなかったのか。検察幹部の1人は『ブツ(証拠)をいじるなら捜査報告書自体も変えたはずだ』と首をかしげ、改竄の意図はなかったのではないかと推測する」

 これでは、タイトルと本文が自家撞着となる。郵便不正事件では、無罪となった村木厚子・元厚生労働省局長を、メディアが検察に盲従し「犯罪人」として報道したことが問題となっていた。またも、産経は同じ過ちを犯している。

 さすがに、朝日は「改ざん 隠された真実」、読売は「堕ちた正義」というタイトルで連載を始めていて、産経よりずっと慎重だ。

 その後、最高検の捜査は進み、前田検事の問題当時の直属の上司ふたりが、故意の改ざんと知りながら上層部への報告を怠ったかどうか、が新たなポイントとなってきた。

 検察の暴走ぶりをメディアでほとんど唯一追及してきたのは、週刊朝日だった。その9月28日発売号は、「暴かれた検察の大罪」と大見出しをつけ、いわば勝利宣言をした。そして、FD改ざんも氷山の一角であることを指摘している。

 最高検が、当事者3人だけを尻尾切りにして幕を引こうとしてするなら、マスメディアは徹底的に叩かなければならない。検察が独善的になって暴走したのは、マスメディアが検察と馴れ合い、チェック機能を働かせてこなかったからだ。

 ぼくは2010年1月7日、「これでは、愛検ポチだ」というタイトルで、検察に尻尾を振りチェックできないマスメディアを揶揄した。しかし、善良な市民の一部からお叱りを受け、アクセス数も一時期は激減した。日本ではお上=検察を盲信し、マスメディアの報道を頭から信じる傾向がかくも強いのか、と改めて思い知らされた。

 今回の騒動で、検察の威信は地に落ちた。愛検ポチという言葉の意味を理解する人も増えただろう。

 これまでは、地検の特捜部長と副部長以外の検察官や検察事務官などに取材したクラブ記者は、地検への出入りを禁止されることになっていた。今回の事件では、現場の検事らにも直接取材している跡がうかがえる。

 FD改ざん事件によって、検察とマスメディアの関係が生まれ変わり、悪名高い司法記者クラブも解体されることになればいい。そうすれば、前田検事は、検察改革の最大の“功労者”ということになる。

 --毎週木曜日に更新--

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