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日本人はなぜアルデンテにこだわるのか

 ニューデリー特派員をしていたころ、パキスタンへ出張し商都カラチのホテルで日本人のA特派員と食事をした。Aさんは、スパゲッティを注文した。運ばれてきたものは、見るからにぺちゃぺちゃしていた。Aさんは、ボーイを呼んでちょっと声を荒げた。

 「君ぃ、スパゲッティのアルデンテって知ってるの。こんなふにゃふにゃしたものじゃ、美味くもなんともないじゃないか!」

 ボーイさんはきょとんとしていた。ぼくはAさんをなだめた。

 「まあ、パキスタンのレストランでアルデンテを要求しても無理でしょ。およそ、洋食なんてあるだけましで、美味いまずいは別の話じゃないですか」

 日本テレビが、2010年10月30日、『地球食堂 ~通ぶれる美味しい話~』という番組を放送した。「見るだけで『通』を気取れる新型グルメ番組」という触れ込みで、関東ローカルとして試験的に放映し、反響が良ければゴールデンタイムも狙うという。

 そこで、スパゲッティのアルデンテについて、本場イタリアの事情を現地人のリポーターが報告した。番組がしつらえた東京・新橋にあるという架空の『地球食堂』の客、森泉さんと柳原可奈子さんに、「本場ではこうなんですよ」と日本人には薀蓄となりそうな話を語る趣向だった。食堂の親父は田中要次さんが演じている。

 その報告によると、イタリアで街頭アンケートをしたところ、アルデンテにこだわる人はわずか2割弱で、10数%はアルデンテという言葉そのものを知らなかった。その他は、「どうでもいい派」だろう。

 ぼくはイタリアで2回、のべ2週間滞在したことがあるが、たしかに、アルデンテではないゆで方のスパゲッティも何回か食べた覚えがある。日本の和食店だって、板前さんの腕の良し悪しに加えいろんな調理法があるのだし、まあ、そんなものかとあまり気にもしていなかった。

 でも、考えてみれば、日本の本格イタリアレストランを標榜する店では、必ずと言っていいほどアルデンテにこだわっている。客もそれを求めている。だから、番組は意外性を狙ってこんな企画を立てたのだろう。

 イタリアからのリポートによると、そもそも、アルデンテの古里は南部のナポリだという。この港町には漁師が多く、粉をこねて熟成させただけの生スパゲッティではなく、乾燥したものを船に持ち込んで食べる慣習があった。ところが、乾燥スパゲッティを完全にゆであげるには60分もかかるといい、速く食べる方法としてアルデンテが考案された。

 そうすると、アルデンテは漁師料理で、どちらかと言えば邪道に属する調理法だということになる。

 とは言っても、日本人はいつのころからか知らないが、なぜかアルデンテを好むようになった。

 アルデンテというと、ベルリンで知り合った日本人シェフ青木栄弘(ひでひろ)さんの顔が目に浮かぶ。

 青木さんは、札幌市の実家が食堂で、高校生のころから包丁を握っていた。大学を卒業してから伯母の中華料理店を手伝ったが、「どうせやるならパリに行ってフランス料理を」と考えた。そしてまず、札幌のホテルで西洋料理の基礎を身に着けた。

 「北海道の人はパイオニア精神が旺盛というか、若い料理人は研究熱心でとても刺激された」

 「スパゲッティのシンを残してゆでようとしても、なぜかうまくいかない」などの疑問を、仲間で口にしあった。

 25歳の誕生日の直前、親類のいたベルリンに渡り、まず日本料理店で働いた。1974年秋、超一流店「ベルリン・リッツ」へドイツ語の履歴書を持って行くと、「明日から働いてくれ」と言われた。美食家で知られた世界的指揮者、故・カラヤン行きつけの店だった。

 そこのシェフ、ベルナーフィッシャーさんは、恐らくドイツ人で唯一、個人でミシュランの2つ星を持っていて、青木さんは以前から憧れていた。

 「ぼくは日本人で得をした。ヨーロッパにない食材を知っているし、魚や野菜の鮮度も見分けられる。それに札幌のホテル時代、結婚式用の飾り料理でデコレーションも勉強していたから」

 青木さんは、国際的な料理コンクールで通算4回も金メダルを取っている。ぼくの家族がベルリンにいたころは、旧東ベルリンに自分の店を構えていた。ぼくがそこへ妻子を連れて行くと、地中海直送のマグロをさばいてカルパッチョにして食べさせてくれた。

 ドイツ人のボーイさんは「サミシィ、サミシィ」と訳の分からないことを言う。しばらくして、「刺身」と言いたいのだと分かった。
 手のあいた青木さんと雑談していて、日本でアルデンテにするのが難しい理由がやっと分かった。
 「水のちがいですよ。こっちのはすごい硬水だから」

 では、なぜ日本人はアルデンテにこだわるのか。たぶん、蕎麦やうどんにコシを求めるのが一般的になってきたことと無縁ではないだろう。

 --毎週木曜日に更新--


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