« 日本人はなぜアルデンテにこだわるのか | トップページ | 三島由紀夫の世界が完結した日 »

ドルトムントのピッチで牛若丸が舞う

 日本人サッカー選手でいま、もっとも光り輝いているのは、香川真司(21)だろう。ドイツ一部リーグ、ブンデス・リーガを首位独走中のボルシア・ドルトムントで、トップ下の攻撃的MFを務めている。

 ドイツ最大の8万3000人を収容するその本拠地ジグナル・イドゥナ・パークの天然芝のピッチに、ぼくも立ったことがある、と言えば、人は信じるだろうか。

 ぼくがボンに駐在していた1994年8月28日の話だ。4選を目指すコール首相率いる与党・キリスト教民主同盟が、当時ヴェストファーレン・シュタディオンと呼ばれていたそのスタジアムで党大会を開いた。週末のことでもあり、ぼくはアメリカンスクールに通う子どもたちとかみさんを連れて、列車で取材に出かけた。

 スタジアム一帯には屋台がたくさん出ていて、お祭りムードだった。もちろん、たこ焼き屋やじゃがバター屋、イカ焼き屋があるわけはないが、一番の人気は炭火焼きのソーセージ屋だ。本格的料理がイマイチのドイツで、もっとも確かな味は、街角で売っている炭火焼きソーセージをパンにはさんだものと相場が決まっている。

 ゲートで記者カードを示してピッチに入ると、大掛かりな特設ステージが設けられ、“前座”の楽団が演奏していた。ドイツの選挙では、候補者の名前を連呼する遊説カーなど無粋なものはなく、候補者は大、中、小規模の集会を開いて、政策を有権者に訴える。会場は、街の喫茶店やレストランなども利用される。

 ドルトムントでの党大会はその巨大版で、総選挙への火蓋を切ったのだった。ドイツ統一から4年を経ていた。コール首相は、「統一からの苦しみを耐え、我われの社会は確実に良くなってきた」と実績を強調する一方で、「選挙情勢はいつでも変わり得る」と運動員や支持者を引き締めた。

 ぼくは、その演説を最前列で取材した。かみさんと子どもたちは、一般有権者に交じってスタンドから見ていた。

 原稿も送り終えた夕方、家族でタクシーに乗って食事に出かけた。ドルトムントの地元料理が期待できるはずもなく、ぼくは運転手さんに聞いた。「どこか、お勧めの日本料理店はないですか?」

 「さあ、知らないな。でも、ちょっと待ってよ」。運転手さんはそう言って、無線でタクシーセンターに尋ねてくれた。センターの配車係りも知らず、全タクシーに一斉無線で問い合わせた。ドルトムントには日本企業もほとんどないから、日本料理屋はないかもしれないなぁ。無線では、運転手さんたちの大声でのやりとりが飛び交っている。それにしても、大変な騒ぎになってしまった。

 そのうち、ひとりの運転手さんが、「いい店を知ってるよ」と、住所を教えてくれた。タクシーで案内された店は、街中心部からちょっとはずれたところにあり、和風の想像を超える豪華な造りだった。鉄板焼きをメインとする『EDO』というところで、仲居さんはみな着物姿だった。

 日本ではほとんど知られていないようだが、ヨーロッパで日本式鉄板焼きと言えば、高級料理で通っている。実は、食通のあいだでは寿司より人気が高いほどだ。鉄板カウンターで肉や魚介類をバターで焼き、日本の醤油で味付けして食べさせてくれる。

 デザートにバニラアイスの鉄板焼き(!)を頼んだ。カチカチに凍らせたアイスを焼き、ブランデーでフランベしてぼーっと炎を燃え上がらせ香りをつける。子どもたちがこの手の料理ショーを見たのは初めてで、大喜びだった。

 ときは移り、2010年11月12日、ボルシア・ドルトムントは、ホームで目下リーグ6位のハンブルガーSVと対戦した。テレビ朝日系の『日本サッカー応援宣言 やべっちFC』のキャスター矢部浩之さんと、Jリーガーに人気の前田有紀アナウンサーが、香川選手に直接取材するため、スタジアムに乗り込んでいた。

 ボルシア・ドルトムントの熱狂的サポーターのおじさんは、どしゃぶりの中、テレビのマイクに向かって叫んだ。「たったひとりの男が、日本の印象を変えたんだ!」

 後半4分、ドルトムントのDFが敵陣右奥から折り返し、香川選手が右足内側で合わせて、ゴール右隅に先制弾を蹴り込んだ。2試合連続ゴールで、今季12戦中6点目となった。香川選手は2点目の起点ともなり、2-0で快勝した。

 矢部さんたちは、試合後、香川選手に合い、まずこんな感想を口にした。「球際の激しさとスピード感を、生で見てびっくりしました」

 香川選手は、正直に話した。「今日は、体がちょっと重かった。矢部さんも来てくれているのにどうしようかな、と思ってたんです」

 それでも、ピッチを走り回り獅子奮迅の働きぶりを見せた。173センチしかなく童顔で、屈強な選手ぞろいのブンデス・リーガでは、中学生かせいぜい高校生くらいにしか見えない。しかし、当たり負けすることはない。京の五条の橋の上で弁慶を翻弄した牛若丸のように、華麗にプレーした。

 ドイツ2大サッカーメディアで、2週連続ベストイレブンに選出された。

 香川君、『EDO』で栄養をつけて、ザックJAPANでも八面六臂の活躍を!!

 --毎週木曜日に更新--

|

« 日本人はなぜアルデンテにこだわるのか | トップページ | 三島由紀夫の世界が完結した日 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/50061848

この記事へのトラックバック一覧です: ドルトムントのピッチで牛若丸が舞う:

« 日本人はなぜアルデンテにこだわるのか | トップページ | 三島由紀夫の世界が完結した日 »