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幻のうどんで、日本人の甘さを知る

 北信濃に<おしぼりうどん>なるものがある、と聞いた。キーワードは<ねずみ>だという。おしぼり、うどん、ねずみがどうつながるのか。まるで、落語の三題話だ。

 それは、埴科郡坂城町中之条地区に限ってあるという。「場所はわかりづらいよ」と言われていたが、うまいものなら必死で探す。小春日和の昼過ぎ、かみさんの運転で迷うことなく着いた。背後に関越自動車道が走っているのをのぞけば、畑だらけの田舎だった。

 聞いていた店の名前は『かいぜ』という。柿や林檎がたわわに実る畑のあいだの小径を進んで、その民家風の食堂に着いた。

 ものすごく混んでいて、別室で待たされた。和室のテーブルの上には、お客さんが自由に書くノートがある。「東京都国立市から来ました」「兵庫県姫路市です」。千葉県袖ヶ浦市、新潟、愛知、遠いところでは山形やわが郷里・島根から来た人もいる。

 「久しぶりに脳が刺激された」「あの辛味と口のなかに残る甘みは、この暑い夏の食欲不足を解消してくれる」「辛い!! けどうまい!! だから、くせになります」「うどんの概念をひっくり返されるような感動を受けました」「不器用な味にほれました」

 いったい、どんなうどんなのか。20分ほど待たされたあと、女将さんが、食事をする部屋へ案内してくれた。和室に4人掛けのテーブルが6つほど並んでいる。

 おしぼりうどん800円、十割そば1000円、うどんとそばのわがままセット1000円とある。うちのかみさんは「それなら、うどんとそばを一つずつ注文して分け合うほうが安いんじゃない?」と言う。でも、ノートを丹念にチェックすると「わがままセットのほうが、絶対にお勧め」とあった。

 「じゃ、わがままセットをふたつ」。作るのも運んで来るのも女将さんひとりでやっている。片山しさ子さんという。旦那さんは農業に専念しているそうだ。

 おしぼりとは、この地方特産で信州伝統野菜にも指定されている<ねずみ大根>をおろしたしぼり汁のことだった。その大根はずんぐりしていて短く、根が長い。あとで庭先に積んである姿をみたら、たしかにねずみだった。

 「最初はおしぼりになにも入れないでうどんを食べてみてください」。片山さんのアドバイスに従ってひと口いってみた。「なんだ、これ、辛味大根と同じじゃないの」とかみさんは言う。その通りだ。口コミかマスコミのせいかは知らないが、全国から食べに来る“幻のうどん”は、辛味大根の汁につけて食べるのだった。好みで自家製味噌を混ぜる。

 ちなみに、『かいぜ』は地区の小字名で、おしぼりうどんは町興しにひと役買っており、同様の店が他に7軒あるという。

 たしかに、手打ちうどんの水準は高くうまい。でも、世の中の人は、辛味大根を知らないのだろうか。わが家の近くのスーパーにも、1本160円くらいで売っている。それをおろしてざるそばなどの薬味にすると、ピリッとうまい。

 ぼくが初めて辛味大根を味わったのは、1993年の大晦日に開いたホームパーティだった。福岡県出身の友人が、都心の有名な蕎麦屋へわざわざ辛味大根付きのざるそばを買いに行き、持って来てくれた。「年越しそばはこれしか食べたことがない」と彼は言った。

 『かいぜ』で出されたおしぼりうどんをすすりながら、かみさんが言う。「この程度の辛さって、騒ぐほどのことかしら。昔はふつうの大根おろしだって、舌がひん曲がるほど辛いのがあったわ。そもそも、日本人ってだんだん甘くなってるんじゃないの」

 おしぼり、うどん、ねずみの三題話が、日本人論になってきた。日本人の舌は甘く、辛さに弱い。東京で「激辛」などというメニューを頼んでも、ものすごく辛かったためしはまずない。基本線が大甘の平均的日本人向けに調理されていて、グローバルスタンダードの辛さにはとうていおよばない。

 とは言っても、ぼくだって生まれつき辛さに強かったわけじゃない。きっかけは、1986年に新婚旅行で行った韓国だった。現地の人に案内された食堂の、韓国式で食べる刺身がすごかった。サンチュに魚の刺身と生の激辛青唐辛子、水にさらさないにんにくスライス、コチュジャンを乗せ、くるっと巻いて口に放り込む。最初はしゃっくりがとまらない。

 東京に帰ってから、近所の本格韓国料理店へ通いつめ辛さと格闘した。舌と喉は慣れてきても、腸が受け入れられず、そのたびにお腹をこわした。やがて、少しずつ腸もきたえられ、どうにか世界で戦えるまでになった。

 それでも、韓国料理は辛さのトップクラスとは言えない。1988年ソウル五輪のアーチェリー競技にブータン王国代表で出場したある選手は、辛いと評判の韓国料理を楽しみにしていた。しかしそれほどでもなく落胆し、持参の唐辛子粉をどさっとかけて食べたという。

 ぼくも、ニューデリー特派員のとき、そのヒマラヤの王国に入った。レストランで八宝菜のような料理が出てきて、ああこれピーマンのざく切りかなとふつうに噛んだら、超激辛の青唐辛子で悶絶した。

 世界の壁は、辛さでも厚い。ぼくは特定の人物の国際性を「どれだけ辛さに耐えられるか」で推し量るくせがついた。

 おしぼりうどんは、美味だがそう辛くはない。この程度の刺激には日本人も慣れてもらいたい。特に、政治家のみなさんには。

 --毎週木曜日に更新--

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