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ドイツの国家的トリックが崩れる

 ベルリンのドイツ歴史博物館で、2010年10月15日から2011年2月6日まで、『ヒトラーとドイツ人』という特別展が開かれている。

 事情をよく知らない人は、「さすがにドイツは、第2次大戦から65年経ったいまでも、戦争責任についてきちんと取り組んでいる」と思うかもしれない。

 展示では、ヒトラーがなぜ一般ドイツ人の支持を集めたか、というところに焦点が当てられている。しかし、ヒトラーを正面から取り上げる展示が戦後ドイツで初めてと聞けば、驚く人もいるだろう。

 日本で、軍国主義と国民などという展示はごくありふれたものだった。戦時中は、子どもたちでさえ「軍国少年」「軍国少女」と軍事色に染まり、その史実を明らかにし反省することが繰り返されてきた。

 では、なぜ、ドイツではそうではなかったのか。ヒトラーは、あくまでも選挙によって政権を取った。つまり、一般国民の広い支持があったから、結果として独裁者になれた。

 ドイツが過去を反省するとすれば、まずヒトラーと一般国民の関係を明らかにしなければならないはずだ。それなのに、今ごろになって初めて、やっとこんな特別展を開催したのだとしたら、ドイツの過去への反省とは何だったのか、という疑問がわく。

 実は、そこに戦後ドイツ社会の問題点がある。このテーマをめぐる展示は、2004年にも一度企画された。だが、「展示によって、ヒトラーが再びドイツ人を魅了する恐れがある」と見送られたという。

 日本で、『軍国主義と国民』という展示をしたからといって、国民が再び軍国主義に染まるなどという恐れがあるだろうか。日本はすでにはっきり、戦争の過去と決別している。しかし、ドイツではどんな世論調査をしても、国民の10数パーセントは右翼的思想の持ち主というデータが出る、という話をぼくはあるドイツ人歴史家から聞いたことがある。

 ドイツには、5000人くらいすぐに動員できる極右・ネオナチ組織がいくつかある。それに比べれば、日本の右翼など大人しい。実態は暴力団対策法をのがれるために右翼団体を名乗っている組織もたくさんある。ドイツでは街頭に数千人もの極右が集結し大騒ぎしたりするが、日本でそんな事態があるだろうか。

 ヒトラーと一般国民についての関係がこれまでタブー視されてきたのには、もう一つの理由がある。一般国民は独裁者ヒトラーに煽られた「被害者」だったという意識が根強く、実は国民が積極的にヒトラーを支持していた側面がある、という史実は歴史研究のなかだけでとどまっていた。

 ぼくは、2001年、『<戦争責任>とは何か 清算されなかったドイツの過去』(中公新書)を上梓し、ドイツの言う過去の清算は、国家的トリックによるごまかしだったことを明らかにした。

 ぼくが、ドイツのトリックに気づいたのは、ベルリンの特派員をしていたときだった。ちょうど戦後50年の節目に当たり、さまざまなイベントが展開されたが、その中身や国民の反応に不審なものを感じたのがきっかけだった。それに関していくつかの取材をし、新聞の記事として載せたが、十分ではなかった。

 やがて新聞社をやめフリーとなってから、2年以上かけ、ベルリン在住のドイツ人取材助手を遠隔操作して情報を集め、その上で自らドイツ、ポーランド、チェコを取材旅行して本にまとめた。

 ドイツのトリックはふたつある。ひとつは、<善いドイツ人>と<悪いドイツ人>を区別して過去の清算をしたことにするというものだ。<悪いドイツ人>はヒトラーとナチスで、典型的なスケープゴートにされた。<善いドイツ人>には一般国民だけでなく、なんとドイツ国防軍も含まれていた!。軍隊でさえ、戦後のドイツでは<善いドイツ人>として戦争責任をほとんど問われなかったのだ。

 その背景には、東西冷戦があった。戦後、ドイツは東西に分断され、西ドイツは自由主義陣営の最前線国となった。そこで、アメリカをはじめとする西側諸国は、西ドイツの軍隊を再編成させ東側と対峙した。その作業のなかで、旧軍の戦争責任は棚上げにされた。

 アメリカのハリウッド映画でさえドイツ国防軍を<善いドイツ人>として描き、冷戦を側面援助した。だから、「ナチ党員ではなかった軍人」は、戦後の国際社会で<善いドイツ人>として認識されたのだった。

 ましてや、一般国民は、ホロコーストなどと関係のない<善いドイツ人>であり独裁の被害者だった、としてすましていた。

 ぼくは、取材旅行で、3国の歴史家らに「ナチスの定義とは何か」を質問しつづけた。どんな人がナチスだったかを学術的に規定しなければ、トリックは明らかにならない。すべての答えは一致していた。「ナチ党員に限らない。ナチズムに心酔するか感化されていた者たちのことです」。ヒトラーが政権を取った1933以降、45年の敗戦まで、国民の圧倒的多数は一時にせよナチズムを信奉していたから、ナチスそのものかその支持者だった。

 特別展『ヒトラーとドイツ人』で、国民はその事実にやっと“少し”目を向けた。ドイツの国家的トリックのひとつは、今ようやく崩れつつある。

 --毎週木曜日に更新--

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