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有毛論、無毛論

 えっ、そうなの!? ぼくは心底びっくりした。そんなことになっているとは、知らなかった。

 ドイツのサッカー1部リーグ、ブンデスリーガで活躍するMF香川真司選手は、専門誌『キッカー』が行ったプロ選手286人へのアンケート調査の結果、2011年1月10日、「今季の新星」に選ばれた。リーグ前半のMVPにもなっている。現在、中東カタールで開催中のアジア杯でも、ザックJAPANのなかで最も注目を集めるホープだ。

 その香川選手が、テレビ朝日系『やべっちFC』で、ドイツのサッカー選手はみんな下のヘアを剃っていることを明らかにした。シャワールームでひとりだけ黒々とさせているのは変なので、彼も剃って「トゥルン」となったという。

 ドイツ2部リーグで得点を重ねている在日コリアン・北朝鮮代表のFW鄭大世(チョン・テセ)選手も、その番組に乱入し、「ぼくもトゥルリンコですよ」とカミングアウトした。最初、「おれは男だから」と剃るのには抵抗があったそうだが、みんなのなかで自分が浮いている感じがし、クラブに入って2日目には剃り上げたという。

 ぼくは、かつてドイツに3年間暮らし、いろいろな友人もできたから、ドイツの習俗にはかなり明るいつもりでいた。しかし、それは10数年前のことだから、ヘア事情は激変したのかもしれない。

 ドイツにいて、下のヘアを生で見る機会は意外に少なくなかった。フランクフルト近郊の有名な温泉保養地バーデンバーデンのスパへ家族で出かけたときには、流れる大温泉プールで子どもたちと遊んだ。水着を着て泳ぐのだが、併設されているサウナではすっぽんぽんになる。サウナは100人は楽に入れそうなほど大きく、しかも男女混浴だった!

 家族いっしょに何となく前のほうを隠して恐る恐る入ると、みな堂々と室内を歩いたりしている。トップ女優かと見まがう若い女性に目が釘付けになった。抜群のスタイルで頭も下もきれいなブロンドに輝いている。恥ずかしそうな様子はまったくなく、かえってこっちが照れてしまった。男たちも、もちろん、ヘアのあたりを隠すことはない。当時、小学生だったうちの子どもたちには、かなり強烈な体験になっただろう。

 ベルリンの森を家族で散歩していたときのことも思い出す。小径を歩いていると、目の前を真っ裸のおじさんが横切った。わが目を疑いながら先に進むと、湖のほとりに着き、あたり一帯にいる人たちはみんな一糸もまとっていない。

 そこはヌーディストビーチだったのだ。小さな子どもたちが水辺できゃっきゃと遊び、全裸の大人たちは砂浜でゆったり寝そべったり、飲み物を飲んでいたりする。女性も胸や股間を隠すようなしぐさはまったくない。ヨーロッパ近代絵画で見たことのある光景が、眼前で繰り広げられている。

 服を着たままのぼくたちは、何だか恥ずかしくなり、すぐに小径を引き返した。そのヌーディストビーチでも、ヘアを剃っている人などいなかった。

 子どもたちがボンのアメリカンスクールへ通っているとき、日本人スタッフから興味深い話を聞いた。水泳の時間、プールサイドに整列した子どもたちのちょうど目の高さに、長身の女性教師の股間がくる。その水着の脇からは、黒いものがちょろちょろとはみ出しているという!

 何でも、アメリカ本国でのウーマンリブ運動の影響で、体毛を処理しない風潮が女性のあいだで流行していると聞いた。一度、水泳の授業参観をしてみたいものだと思っていたが、ついに実現しないままとなった。

 もうひとつ、同僚のモスクワ特派員が話した下ネタも記憶に生生しい。ロシアの10代後半から20歳過ぎの女の子には、輝くようなブロンド美人が少なくない。その誰かといい仲になり、さぁ一線を超える段になる。すると、下のヘアが黒や茶色で思わず萎えてしまうことがあるという。頭髪は染めても、Vの部分はさすがに染められない。

 つまり、ほんの10数年前まで、ドイツ人もアメリカ人もロシア人も、下のヘアの処理などする習慣はなかった。それだけに、香川真司、鄭大世両選手の話は、ぼくにとって衝撃だった。

 “トゥルン”状態は男子サッカー選手だけには限らないだろう。ヘアをきれいに剃りあげる習慣が、若者たちのあいだで急速に広まっていると考えざるをえない。いまドイツのサウナにいけば、トゥルンとした男女に迎えられることになるのだろうか。想像するだに、胸がざわめく。

 日本で有名なトゥルン派と言えば、叶姉妹の姉・恭子さんだろう。あそこのヘアを完全脱毛し蝶のタトゥーを彫っているそうだからすごい。男女お笑いコンビ『フォーリンラブ』のバービーさんは、それなりの容姿にもかかわらず、やたら男性にもてるのだという。その秘密は、「Vライン、Iライン、Oラインをきれいに処理しているから」と他の女性芸人たちがばらしていた。

 思い返せば、ぼくの母たちの世代の女性は、昭和30年代ごろまで、脇の毛を処理する習慣がなかった。ヘアをめぐる身だしなみも進化している。

 日本列島に、トゥルン・ファッションが上陸する日は近いのかもしれない。

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