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2011年3月

ネットメディアが砕くか 巨大地震でも壊せなかったもの

 ザックJAPANは、2011年3月29日、Jリーグ選抜TEAM AS ONEと、東日本大震災の「復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」を行った。2対1の結果はともかく、Jリーグの超ベテラン、キングカズこと三浦知良選手の老練な技の一発が輝いた。

 ザックJAPANの長谷部誠主将は、試合前、こう語っていた。「自分的には、海外で生活していてなにもできなかったという歯がゆさもあったので、(たくさんの人が募金活動に集まってくれて)本当にうれしかった」

 その気持ちはよくわかる。阪神淡路大震災のとき、ボン特派員をしていたぼくは、テレビに映し出される壊滅した神戸を見て、ひどいショックを受けた。海外で仕事や日々の暮らしをしていると、自分が日本人であることを痛感し、祖国への思慕も高まってくる。

 遠く離れた祖国で大災害があったのに、自分にはなにもできない歯がゆさを強く感じた。それは、阪神地区の災厄に、例えば東京の人が感じるものより強かったのではないか。同時に、祖国の長所と弱点もよく見える。

 ぼくはボンからベルリンに移り、あるとき、日本人特派員仲間で軽く飲む機会があった。話題は、ドイツ政治の質の高さにおよんだ。ベルリンの壁が壊され再統一を果たす歴史の激動のなかで、ドイツの政治家らは大筋においてよくやった。とてもいまの日本の政治家には真似ができないよね、と。

 そのおしゃべりのなかで、ぼくはかねてからの持論を口にした。

 日本の近現代をふり返ると、少なくとも2回、国をリセットするエポックがあった。最初はペリーの黒船来航で、徳川幕府は倒れ、開国して明治へと変わった。その後、関東大震災で首都は焼けたが、国がリセットされるほどではなかった。やはり決定的だったのは、広島、長崎への原爆投下で第2次大戦に破れたときだった。それなのに戦後は自民党政権がつづいて膿がたまり、政官業+報道の癒着が進んだ。

 「日本をひっくり返すエポックがあるとすれば、大震災だと思う」。すると、関西出身のある特派員は、すかさず言った。「つい去年、阪神で大震災があったばかりじゃないか」。だが、ぼくの想定しているのは、非情ではあるが、首都圏直下型の地震だった。「首都機能が壊滅するほどじゃなきゃ、日本は変わらないと思うよ」

 そしていま、東日本大震災が起こった。しかし、最悪なことに、東北を中心に3万人近い犠牲者を出しながら、日本はなにも変わらないという事態を予測させる。

 アメリカのタイム誌は、3月22日の電子版でこう書いた。「日本の船会社が湾岸地域に救援に向かうコンテナ船をヘリの着陸用に提供すると申し出たが、政府は船会社に正式な資格がないことからこの提案を断った」「来日した外国人医師団が患者の診察を申し出ても、日本の医師免許がないという理由で門前払いした」

 政府が外国人医師の医療行為を認める方針を打ち出したのは、地震から6日後だった。

 国難を前に、あくまで現行法の規定にしがみつこうとする。非常事態を宣言しなかった菅直人首相に第一の責任があるが、こんなときにさえ自己保身と責任逃れに走る官僚には、あいた口がふさがらない。そもそも法律はなんのためにあるのか。

 しかも、それを外国のメディアが指摘するだけで、日本のジャーナリズムには問題意識さえない。読売新聞は、3月29日、政府間ベースで初めて外国人医師支援チームを受け入れたことを伝えたが、官僚主義を批判する言葉は見当たらない。

 ベルリンで日本企業の駐在員などと集まっておしゃべりをしたときのことも思い出す。話はたまたま、当時、厚生大臣として入閣していた菅直人氏のことになった。ぼくは、ドイツへ出張してきた同期の政治部記者から聞いたばかりの話を披露した。

 政界で、菅氏は“イラ菅”と呼ばれて人望がまったくなく、とても大臣の器ではないという。「でも、政治家として力があればいいじゃないか。親分子分みたいな関係で人望を保つ政治屋よりよほどましかもしれない」。そう言って菅氏のかたを持つ駐在員もいた。

 当時の菅氏は、颯爽としたイメージがあって、国民のあいだではかなりの人気があった。でも、それは富士山みたいなもので、遠くから眺めるにはいいが、近寄れば近寄るほどアラが目立つのだという。その仮面は、マグニチュード9.0で吹き飛ばされた。

 繰り返すが、今回の大震災では、日本のまぬけ政治も強固な官僚システムも変わらない。

 ウォール・ストリート・ジャーナルのジョン・バッシー編集局次長は、3月25日、冷徹にこう指摘している。「(日本国民の)単一性と社会的結束は、国家にエネルギーと方向性を与えてくれるものの、その一方で、欠点もある。そして、日本は、それを驚くほど安穏として看過している」「問題なのは、日本の巨大な官僚制度だ。数10年にわたる一党独裁が政治の発展を妨げ、官僚が国を動かすこととなってしまった」

 そして、「長期的に日本はゆっくり自殺に向かっている」というある知日派識者の恐ろしい言葉を引用する。

 原発の放射能問題で国民不安をあおりながら、しらっと「冷静な対応を」などと言う新聞やテレビには、なにも期待できない。

 旧弊を打破し日本を救うのは、玉石混交ではあってもしがらみのない、広い意味でのネットメディアではないか。中東、北アフリカ諸国で革命のツールとなったように。

 --毎週木曜日に更新--

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計画停電で信号が眠った日に

 青空を背景に、赤、青、黄の光がない“眠る信号機”がポツンと立っている。不安感を抱くほどではないが、なんとなく落ち着かない。

 東日本を襲った2011年3月11日の巨大地震をうけ、その3日後からまず関東で、つづいて東北でも計画停電が実施されている。初日こそ首都圏の電車などが大混乱したが、その後は少しずつおさまっている。

 数1000万の人口を抱える広域圏で、計画的に停電を行える国が世界にどれだけあるだろう。21か国・地域を訪れたぼくの知るかぎり、できるとすれば国民性が日本に近いドイツくらいか。テレビのインタヴューを受けたニューヨーク在住のインド人男性は語っていた。「もし、アメリカや祖国のインドで実施すれば大騒ぎになるでしょう」

 しかし、そのインドでは、炎暑がピークとなる4~6月には停電など珍しくもない。ぼくがニューデリー特派員をしていたふた昔前、冷房設備が急速に普及する一方、電力供給はまったく追いついていなかった。ある日突然、ぽっと電気が止まる。それが何時間、何10時間つづくかもわからない。

 そのころ、ニューデリーで“眠る信号機”を見上げた記憶はない。炎熱のなかで、ぼくにはそんな悠長なことをしている余裕はなかったのだろう。

 インドは、いまや世界の新興国となったが、電力事情は変わらない。そこで政府は原子力発電所を一気に増やそうとしている。日本は<世界一安全な原発システム>を売り込もうとしていたが、その野望も東京電力福島第1原発の重大事故でふっとんだ。

 計画停電下、無信号で大きな交差点を渡るのは、正直言ってちょっと怖い。いつも聴いているポケットラジオのイヤホンをはずし、慎重に右を見て左を見てもう一度右を確認することになる。

 その緊張感から、ぼくは31歳のとき初めて海外出張したフィリピンを思い出した。一番戸惑ったのは言葉の壁でも食事のクオリティでもなく、道路を渡ることだった。車は右側通行で、まず左から見なければならない。その上、信号にはあまり関係なく、車はがんがん突っ込んでくる。慣れないうちは、怖くて最初の一歩が踏み出せなかった。

 「ドアに注意」「前の方につづいてください」「痴漢は犯罪です」

 日本でなら、当たり前のことでもいちいち注意書きがあったりアナウンスがあったりする。赤信号なら、まず、車は止まってくれる。

 フィリピンの国道を渡ろうとして渡れず、ああ日本人には動物本能が欠けているなぁ、と思ったものだ。これも平和ぼけの一種か、と。

 計画停電が導入されたいま、ウォーキングしながら観察していると、欠けていた動物本能が人びとのあいだで少しずつ蘇っているように見える。交差点ではみんなの表情が引き締まる。電気が回復し信号が点ったとき、赤信号でも左右を確認して渡る人が明らかに増えた。

 ぼくはフィリピンから帰り、日常的に動物本能をきたえるため、密かにキャッチフレーズを作った。

 <赤信号は歩いて渡ろう>

 日本の学校で、小学生からそれを実践させてはどうだろう。そうすれば、もっと緊張感のある日々を送れるのではないか。もっとも、被災地の多くでは、信号機そのものも大津波でさらわれてしまったかもしれないが。

 さて、巨大地震が起こって以来、ぼくは、だれがサムライでだれが非サムライかをウォッチしつづけている。

 サムライはたくさんいた。必死の救命、救援活動をする自衛隊員や消防士、消防団員、原発現場の東電技術者・作業員などは頼もしく頭が下がる。放射能のなかを闘った東京消防庁ハイパーレスキュー隊の石井泰弘隊長(47)は、サムライそのものの風格だった。

 わが郷里・島根県から原発事故の現場へ馳せ参じた男性(59)のニュースもあった。恐らく島根原発の技術者だろう。定年を半年後に控えながら、「今の対応で原発の未来が変わる。使命感を持って行きたい」と家族に告げ、志願して行った。その娘は、家ではあまり話さず頼りなく感じることもある父を誇りに思い、涙が出そうになったという。そういうサムライ技術者は、全国でかなりの数にのぼるだろう。

 わが息子も、職場で真っ先に志願し、4月、福祉のプロとして東北へ向かう。

 非サムライにもこと欠かない。この国難にあってこりもせずパフォーマンスに走る菅直人首相、「すぐに放水しなければ処分する」と現場のハイパーレスキュー隊を恫喝した海江田万里経済産業相はひどい。東電幹部はあまりにおそまつで、プロ野球開幕日程やナイター自粛問題でのナベツネはリビアの独裁者カダフィを思わせる。原発事故でマッチポンプ報道をするマスメディアもいい加減にして欲しい。

 とはいえ、計画停電さえできるわれわれは、必ず祖国を復興できる。サッカー日本代表監督は、イタリア紙に日本人の美徳として6つの言葉をあげていた。義務感、犠牲心、品格、秩序、組織力、相手を敬う心。

 ニッポンは大丈夫だ!

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もう大見出しで国民をあおる時代ではない

 「プロフェッショナルな報道。大地震のあと、日本のメディアは専門的でレベルの高い報道力を発揮し、冷静かつ着実に各地の被災状況を伝えていた」

 東日本を襲った2011年3月11日の巨大地震に関し、『中国網』日本語版は、台湾の有識者・王栄霖氏のコメントとしてこう報じた。日本のメディアは、この国難に際して全体としてはよくやっていると思う。

 しかし、読売新聞で21年間、記者をしていた経験から言わせてもらえば、こと原発報道に関しては余りにもセンセーショナルではないか。特に、読売がひどい。

 3月12日午後、福島第1原発の1号機で水素爆発が起きると、読売は号外を東京都内で発行した。「福島原発で放射能もれ」という2段ぶちぬきの大見出しが踊っていた。ここから、各マスメディアは原発に関しやや冷静さを欠いていったのではないか。

 翌13日の読売と朝日の朝刊には、最高度に大きな見出しでまったく同じ文言が使われていた。

 「福島原発で爆発」

 これは、大筋においてまちがいではない。しかし、事実を丁寧に追えば、原発1号機の建屋内に水素が充満し、爆発して建屋の上部が吹き飛んだ「だけ」だ。テレビ各局に登場した原子力の専門家はいずれも、5重構造になっている原発の一番外側が吹き飛んだものであり、ただちに大量の放射性物質が噴出す恐れはないことを冷静に解説していた。加えて、大気中に漏れた放射性物質の量も少なく、健康に被害が出る程度ではないことを強調していた。

 だが、一般読者は大見出しから、原発そのもの、つまり原子炉が爆発したかのように誤解してしまいがちだろう。事実、うちのかみさんも、「原発で爆発」と「原発が爆発」のちがいが分からなかった。

 たとえば、大災害にあって「死者1,200人」のところ「死者2,000人」と報じても、被災者にそう大きなパニックが起きることはない。しかし、ことは「核」をめぐる報道であり、慎重な上にも慎重な表現をしなければならない。

 また、新聞だけでなくテレビでも、安易に「ヒバク」という言葉を使っている。ヒバクには「被曝」と「被爆」があるが、ふたつの意味はまったくちがう。被曝は量の多少にかかわらず放射性物質を浴びることであり、被爆は原水爆による攻撃を受けること、また、その放射能の害をこうむることだ。広島、長崎の悲劇から、日本人はヒバクという言葉を聞けばどうしても被爆だと思ってしまう。

 原発事故は、もちろん被曝のほうであり、メディアは事実に即して「ごく微量の被曝」などと、丁寧な言葉遣いをするべきだ。

 テレビ各局の特番を観ていて気づいた人も多いかもしれないが、キャスターがことを大きくしたがり専門家がそれを抑える、という構図がつづいた。テレビの場合は、その場で専門家の声が伝わるから、視聴者はいくらか安心する。だが、新聞が複雑な事実関係をはしょって大見出しを掲げると、パニックを引き起こす。

 読売でも朝日でも記事をよく読めば、日常でも放射性物質は浴びており、いますぐに大騒ぎする必要はないとわかるはずだ。しかし、読者は見出しに引きずられてしまう。

 読売は、同じ13日の夕刊社会面にセンセーショナルな見出しで、追い討ちをかけるような記事を載せた。

 「『どこへ逃げたら』 住民 不安極限に」

 不安を極限にしているのは自分たちが作っている新聞だと気づいていない。

 大災害や大事件、戦争などが起きると、一線の記者は命がけで取材をする。記者たちは、自分の記事が採用され、できるだけ大きく扱ってもらいたい。だから、どうしても事実以上に迫力を出そうとする。各記者、各報道セクションが“迫力合戦”をすることになりがちだ。それを抑え、冷静な報道にするのが編集局幹部の職務だが、読売は伝統的にそこが弱い。

 さすがに、読売でも、15日朝刊の社説では「相次ぐ爆発にも冷静な対処を」の見出しで、当面、放射能による健康への影響はないことをくり返し書いている。社説は論説委員会が担当するが、報道記事を書くのは編集局に所属する社会部や政治部などで、社説の抑えたトーンが伝わりにくい。

 16日の一面トップは「超高濃度の放射能観測」と、またしても暴走気味の見出しをつけた。原発3号機の近くで「身体に影響を及ぼす」放射線量を一時的に観測したことを伝える記事だが、まだ住民に悪影響が出る事態ではない。「超高濃度」という言葉がどこから出てきたのかチェックすると、2面の「政府、原発危機に焦燥感」という記事に一か所だけ使われている。政治部記者の筆がつい走っただけなのに、大見出しになってしまった。

 もう、見出しで読者を引きつける時代ではない。ぼくは現役だった10数年前、すべての見出しを同じ大きさにすることを提案したが、上司、同僚はその意義が理解できなかった。

 その後、ネットメディアが登場し、ヤフーニュースなど見出しは一律で伝える。ニュースの価値判断は、メディアではなく受け取り手各自がすればいいのだ。

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日曜夜の密かな愉しみができた

 リオーッ! リオーッ! その選手がボールを持つと、スタンドから大歓声が沸き起こる。ユニフォームの背には「ryo」と書かれているが、欧米人には「リョウ」の発音はむずかしく、「リオ」と呼ばれる。

 オランダサッカーの名門フェイエノールトで、2011年2月6日にデビューしたFW宮市亮選手だ。まだ愛知県・中京大中京高校の3年生で、フィギュアスケートの浅田真央ちゃんや安藤美姫選手の後輩にあたる。

 左のウィングでプレーし、スピードとドリブルが素晴らしい。日本にこんな高校生がいたのか、と驚かされる。守備にはまだ課題がありそうなものの、才能とスケールの大きさは、ドイツで活躍する香川真司選手(21)以上かもしれない。試合終盤に足が止まり疲れたのかなと思っていると、突然、60メートル、70メートルもドリブルで持ち上がり、相手DFを翻弄して見せ場を作ったりする。やや破天荒なプレーぶりがまたいい。

 ヨーロッパのサッカーは、時差の関係で日本の未明にキックオフされるのがふつうだが、日曜に行われるオランダのサッカーは幸いこちらの午後8時半とか10時半から始まるので、生で観るのにちょうどいい。

 といっても地上波での放送はまだなく、ぼくはネットの『ニコニコ動画』で観る。もともと、イタリアで輝く長友佑都選手(24)が世界的ビッグクラブのインテルミラノに移籍したのをきっかけに、月額税込み525円を払う会員になった。ヨーロッパのサッカー中継の他、売れていない芸人のお笑いやエロものまで多くの番組がある。有料会員は110万人を突破したとかで、ネットメディアとしてNHKも提携番組を企画したほどだ。

 日曜の夜は、その動画サイトで宮市選手のプレーを観るのが何よりの愉しみとなった。フェイエノールトは、1月、ライバルのPSVに0対10で歴史的大敗をしたのをふくめ、3戦3敗と絶不調で、2部降格の瀬戸際に立たされていた。そこへ宮市選手が入ると、3勝2分けと調子を取り戻し、リオはクラブサポーターから「救世主」と呼ばれるようになった。日本で試合が中継されたことはないのに、新聞やニュースで急に取り上げられられるようになり、知名度は赤丸急上昇中だ。

 ニコニコ動画のサッカー中継は、画像の質が悪く怪しげなムードを漂わせる。VHSでダビングを重ねたアダルトビデオのような感じだ。視聴者も1,000~2,500人ほどと限られている。試合を観ながらコメントを書き入れることができ、それが瞬時に画面の右から左へ白い文字で流れていく。同時にたくさんのコメントが入ると、“流しそうめん状態”で画面をふさぐ。それがまたアングラっぽくていい、という人も多いらしい。

 ニコニコ動画のシステムはよくわからないが、厳密にいえば著作権を侵しているようだ。あるときは、「主」と俗に呼ばれる番組運営担当者が、オランダでの試合なのに「ロシアの人の画像を受信してお送りしています」とコメントしていた。

 その主も、サッカーの知識が豊富とは限らない。時によっては、「ベルギーの首都はどこでしたっけ。アルジェリアはアルジェでしたよね」とか、サッカーとまったく関係がない雑談がつづくこともある。ネットならではの、ゆるーい世界だ。

 ニコニコ動画の生中継には欠点も少なくない。画像の質の悪さが筆頭だが、たいていの場合、30分で番組枠が終わってしまう。試合の途中でも切れるので、自分で新たな中継チャンネルを探さなければならない。

 ぼくは、Jリーグで特別に応援しているクラブがあるわけではないが、“代表監督の目”で、ザックJAPANに招集できそうな選手を探すのが趣味といえば趣味だ。その目で見れば、宮市選手はぜひ早く日本代表でプレーして欲しい。

 そう思っていたら、3月4日付け朝日新聞のJリーグ開幕特集で、サッカー担当の3記者が、気の早いことに、2014年W杯ブラジル大会の先発メンバーを予想していた。その1トップとして、何と3記者とも宮市選手を挙げているのだ。まだ日本代表で1回もプレーしたことのない18歳の選手に対し、いかに大きな期待がかけられているかがわかる。

 3月6日の試合で、フェイエノールトは1月ごろの不調を再現するかのように、ひどい出来だった。アウェイでもあり、敵に雨あられとシュートを打たれた。それをGKがかろうじて防ぎ、カウンターアタックで何とか1点をもぎ取って勝った。

 そのとき、宮市選手はボールを持つ味方FWに平行して猛然とダッシュし、ペナルティエリアですっと左へ流れた。しつこくマークしていた相手DFは、それにつられて左へ開き、中央にぽっかりスペースができてゴールに結びついた。

 「宮市やったぁ」「あの俊足、やっぱりすごいねwww」

 ニコニコ動画の画面には、“流しそうめん状態”でコメントが殺到した。サポーターの感動を字として見ることができるのは、ニコニコ動画ならではだ。

 宮市選手たち18歳にはG大坂の宇佐美貴史、横浜Fマリノスの小野裕二両選手など逸材が多く、プラチナ世代と呼ばれる。Jリーグの新人には、スピードで宮市に負けない名古屋グランパスの永井謙佑選手(22)もいる。

 日本も特別招待された今年7月のコパ・アメリカ(南米選手権)やW杯ブラジル大会に向け、楽しみは増すばかりだ。行けーッ、リオ!!

 --毎週木曜日に更新--

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ひな祭りは中華の“役得料理”で盛大に

 ロビーには豪華なひな人形が飾られていた。娘は、結婚式場でウェディング・プランナーの仕事をしている。「うちのA副料理長はまだ34歳と若いのに中華料理の達人だから、一度食べにきたら。きっと出血サービスしてくれるよ」

 その誘いに乗らない手はない。一人暮らしをしている息子も誘い家族みんなで行くことにした。事前に娘はかみさんに相談してきた。「予算はいくらにする? 税サービス料別と込みがあるんだけど」。その話を伝え聞いてぼくは読んだ。「込み込みでひとり4,000円くらいでいいんじゃない。どうせ、料理の中身は変わらないと思うよ」

 実は、何十万もの人出の初詣で、A副料理長と偶然会って娘に紹介された。立ち話だったが、ザックJAPANの話で盛り上がった。Aさんなら、きっとすごい料理を出してくれる。

 当日、式場の玄関では、旧知のS支配人が出迎えてくれた。「仏のS」と呼ばれている人で、娘が公私にわたってとてもお世話になっている。個室に、4人分のテーブルウェアがセットされていた。

 「Aさんは、総料理長に見せたメニューは表向きで、予算無視の最高の食材を使ってくれるんだって」。娘の話にいやがおうでも期待が高まる。脱税のための二重帳簿というのはよく聞くが、二重メニューっていうのもこんなときにはあるんだ。総料理長はもう引き揚げたそうで、Aさんの独壇場となる。

 個室の壁際には、紹興酒のボトルが置いてあった。サービス係のHさんがぼくのところに持ってきて言った。「10年ものです。支配人からのサービスです」。飲み物のメニューを見ると、3年ものが3,000円だから10年ものなら4,500~5,000円か。やったね。

 まず運ばれてきた前菜を見てびっくりした。小さめながら丸ごとのアワビ煮がどんと目立ち、トマトのキャビア乗せ、金華ハム、ボタンエビのから揚げなどが華麗に盛りつけられている。「一流ホテルなら、これだけで4、5,000円は取られるんじゃない」。かみさんが、よだれを流さんばかりに言う。

 次に出てきたのがフカヒレとホタテ貝柱のスープ・パイ包み焼きだった。「中華にこんな料理もあるんだ」。息子が感心して言う。フカヒレのスープはかみさんのリクエストだった。フカヒレを丸ごと出すといくらなんでも上司の手前まずいので、パイ包みにしてくれたんだろう。味は絶品としか言いようがない。

 3品目は北京ダックとタラバガニの天ぷらだ。カニは目一杯大きい。「今日も忙しくてお昼を食べたのが遅かったから、コースの最後まで食べきれるかなぁ」。娘は早くもため息をついているが、箸はとまっていない。

 サッカーで言えば、前半戦の終盤といったところか。「次は、Aさん自身が運んでくると思うよ」。娘の言葉どおり、副料理長が大きなお皿を持って個室に入ってきた。

 ニンジンを彫刻した龍を中心に、大きなエビのチリソース煮などエビ料理3種が盛りつけられている。「すごーい」。龍は台座の部分を抜いても高さ50センチはある。「特大のニンジンを15本使って作りました。1週間かかりました。あわせて25時間くらいかな」。

 ニンジンの彫刻については、Aさんから初詣のときに聞いていた。Aさんは東京都内のさまざまな一流レストランで修行し、ある店でニンジン彫りの達人に出会った。でも、その作り方は伝授してもらえず、みようみまねで腕をみがいたという。S支配人は自慢していた。「うちの料理人のなかでも、彫刻ができるのはAだけです」

 Aさんは、料理で人を楽しませるのが根っから好きなんだろう。盛りつけかたひとつとってもまるで高級フランス料理だ。中華の枠におさまらないセンスが感じられる。

 近くここの大ホールで、自衛隊員1200人が集う立食パーティがあるといい、その会場にもこの龍の彫刻を飾るという。というより、総料理長にはパーティで使うという口実で、Aさんはニンジンを彫りつづけたようだ。

 肉料理のメインはステーキのレンコン素揚げ乗せだった。A4ランクのビーフに、中華の代表的スパイス八角が効いている。「中華のビフテキというのは初めてだなぁ」。とても柔らかく、お箸で十分食べられる。

 魚料理のメインは大きなハタの姿蒸しだった。これは、Aさん自身が取り分けてくれた。「日本海で水揚げされたものです。脂が乗っていておいしいですよ」。ぼくたち夫婦の大好物パクチー(香菜)と白髪ネギ、ショウガの千切りが乗っている。胃袋のほうは限界に近づいていたが、あっさりした料理だから何とかいけた。

 ゲームで言えば後半ロスタイムに入るころ、小籠包が出てきた。これもかみさんのリクエストしたものだ。「スープのたっぷり入った本格派には、意外に出会わないから」。そして、締めは中華ちまきだ。これは娘が頼んでおいたという。もっちりとすごくうまいが、ぼくはとても食べきれない。息子に助け舟を出してもらった。

 デザートはカクテルグラスに入った杏仁プリンで、なんとツバメの巣が乗っている!

 お会計は、知らなかったが社員割引があり、総額12,585円だった。うそだろ。どう考えても、料理だけでひとり15,000円はするんじゃない?

 S支配人、A副料理長、ごちそうさまでしたぁ。ま、こんな役得もたまにはいいよね。

 --毎週木曜日に更新--

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