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ネットメディアが砕くか 巨大地震でも壊せなかったもの

 ザックJAPANは、2011年3月29日、Jリーグ選抜TEAM AS ONEと、東日本大震災の「復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」を行った。2対1の結果はともかく、Jリーグの超ベテラン、キングカズこと三浦知良選手の老練な技の一発が輝いた。

 ザックJAPANの長谷部誠主将は、試合前、こう語っていた。「自分的には、海外で生活していてなにもできなかったという歯がゆさもあったので、(たくさんの人が募金活動に集まってくれて)本当にうれしかった」

 その気持ちはよくわかる。阪神淡路大震災のとき、ボン特派員をしていたぼくは、テレビに映し出される壊滅した神戸を見て、ひどいショックを受けた。海外で仕事や日々の暮らしをしていると、自分が日本人であることを痛感し、祖国への思慕も高まってくる。

 遠く離れた祖国で大災害があったのに、自分にはなにもできない歯がゆさを強く感じた。それは、阪神地区の災厄に、例えば東京の人が感じるものより強かったのではないか。同時に、祖国の長所と弱点もよく見える。

 ぼくはボンからベルリンに移り、あるとき、日本人特派員仲間で軽く飲む機会があった。話題は、ドイツ政治の質の高さにおよんだ。ベルリンの壁が壊され再統一を果たす歴史の激動のなかで、ドイツの政治家らは大筋においてよくやった。とてもいまの日本の政治家には真似ができないよね、と。

 そのおしゃべりのなかで、ぼくはかねてからの持論を口にした。

 日本の近現代をふり返ると、少なくとも2回、国をリセットするエポックがあった。最初はペリーの黒船来航で、徳川幕府は倒れ、開国して明治へと変わった。その後、関東大震災で首都は焼けたが、国がリセットされるほどではなかった。やはり決定的だったのは、広島、長崎への原爆投下で第2次大戦に破れたときだった。それなのに戦後は自民党政権がつづいて膿がたまり、政官業+報道の癒着が進んだ。

 「日本をひっくり返すエポックがあるとすれば、大震災だと思う」。すると、関西出身のある特派員は、すかさず言った。「つい去年、阪神で大震災があったばかりじゃないか」。だが、ぼくの想定しているのは、非情ではあるが、首都圏直下型の地震だった。「首都機能が壊滅するほどじゃなきゃ、日本は変わらないと思うよ」

 そしていま、東日本大震災が起こった。しかし、最悪なことに、東北を中心に3万人近い犠牲者を出しながら、日本はなにも変わらないという事態を予測させる。

 アメリカのタイム誌は、3月22日の電子版でこう書いた。「日本の船会社が湾岸地域に救援に向かうコンテナ船をヘリの着陸用に提供すると申し出たが、政府は船会社に正式な資格がないことからこの提案を断った」「来日した外国人医師団が患者の診察を申し出ても、日本の医師免許がないという理由で門前払いした」

 政府が外国人医師の医療行為を認める方針を打ち出したのは、地震から6日後だった。

 国難を前に、あくまで現行法の規定にしがみつこうとする。非常事態を宣言しなかった菅直人首相に第一の責任があるが、こんなときにさえ自己保身と責任逃れに走る官僚には、あいた口がふさがらない。そもそも法律はなんのためにあるのか。

 しかも、それを外国のメディアが指摘するだけで、日本のジャーナリズムには問題意識さえない。読売新聞は、3月29日、政府間ベースで初めて外国人医師支援チームを受け入れたことを伝えたが、官僚主義を批判する言葉は見当たらない。

 ベルリンで日本企業の駐在員などと集まっておしゃべりをしたときのことも思い出す。話はたまたま、当時、厚生大臣として入閣していた菅直人氏のことになった。ぼくは、ドイツへ出張してきた同期の政治部記者から聞いたばかりの話を披露した。

 政界で、菅氏は“イラ菅”と呼ばれて人望がまったくなく、とても大臣の器ではないという。「でも、政治家として力があればいいじゃないか。親分子分みたいな関係で人望を保つ政治屋よりよほどましかもしれない」。そう言って菅氏のかたを持つ駐在員もいた。

 当時の菅氏は、颯爽としたイメージがあって、国民のあいだではかなりの人気があった。でも、それは富士山みたいなもので、遠くから眺めるにはいいが、近寄れば近寄るほどアラが目立つのだという。その仮面は、マグニチュード9.0で吹き飛ばされた。

 繰り返すが、今回の大震災では、日本のまぬけ政治も強固な官僚システムも変わらない。

 ウォール・ストリート・ジャーナルのジョン・バッシー編集局次長は、3月25日、冷徹にこう指摘している。「(日本国民の)単一性と社会的結束は、国家にエネルギーと方向性を与えてくれるものの、その一方で、欠点もある。そして、日本は、それを驚くほど安穏として看過している」「問題なのは、日本の巨大な官僚制度だ。数10年にわたる一党独裁が政治の発展を妨げ、官僚が国を動かすこととなってしまった」

 そして、「長期的に日本はゆっくり自殺に向かっている」というある知日派識者の恐ろしい言葉を引用する。

 原発の放射能問題で国民不安をあおりながら、しらっと「冷静な対応を」などと言う新聞やテレビには、なにも期待できない。

 旧弊を打破し日本を救うのは、玉石混交ではあってもしがらみのない、広い意味でのネットメディアではないか。中東、北アフリカ諸国で革命のツールとなったように。

 --毎週木曜日に更新--

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