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ダスターのタチブルメ

 「マスター、ぼく誰だかわかりますか?」「おおーっ、キサちゃんじゃない!」

 ちょうど30年ぶりの再会だった。店はもうきっとなくなっているだろうな、と思っていたが、マスターの店は善光寺の西に流れる裾花川のほとりにそのまま残っていた。隣りにあった商店は駐車場に変わり、向かいの雑貨屋もなくなっていた。ぽつんと一軒、すっかりくたびれた居酒屋が立っている。

 店名は『若葉』という。小雨のなかを歩いてきて、その看板を見つけたときにはほんとに驚いた。外から見たかぎり改築した様子もない。3坪半しかなく、カウンターと小上がりを合わせても10人で満席となる。

 今でもマスターの池田さんはいるのだろうか。ちょっと緊張して引き戸を開けると、まぎれもない池田さんの顔があった。客用のカウンター席に座り、テレビを観ながら早めの夕食を摂り終えたところだった。髪はすっかり白くなっている。しかし、今でも街で会えばすぐわかるだろう。

 「よく来てくれたねぇ。そうかい、もう30年も経ったかい。まあ、座ってよ」

 マスターの人懐っこい笑顔もそのままだった。

 ぼくのかみさんは長野市の出身だから、夫婦で年に2、3回は帰省する。しかし、実家は市内の南部にあり、北にある善光寺や県庁界隈を訪れる機会はあまりない。

 今回は、かみさんの姪の結婚式でやって来た。ぼくは式に出席しなかったから、善光寺門前の会場ホテルで姪の家族にお祝いを言ったあと、ひとりで散策することにした。善光寺に参り、東側に隣接する桜が満開の城山公園をぐるっと回った。その足で、裁判所や県庁などを見ながら、懐かしのアパートがあった辺りまで足を伸ばした。

 ぼくは東京に本社を持つ新聞社に入り、初任地として長野市にきた。支局や取材先の県警本部、県庁、地検などに歩いてでも行ける小柴見というところにアパートを借りた。1978年のことだ。『若葉』はその通勤路にあった。住宅街で、地元の人の日常をまかなう商店がぽつぽつとあり、住むのにはいい環境だった。

 今では様変わりし、商店らしきものはほとんど残っていなかった。『若葉』を見つけたときには、いったん素通りした。取り壊す寸前のようなぼろぼろの店構えで、入っていくのがためらわれた。もう営業はしていないだろうなと思ったが、期待はいいほうに裏切られた。

 焼酎のお湯割りを注文した。「今でも、焼きとんをやっているの?」「ああ、豚ロースがお勧めだね」「じゃ、それを」。カウンターのロースターで焼きながら昔話をした。

 「タカハシさんって、たしか権堂のほうで大きな書店を経営していたよね。こんな離れた店まで、わざわざタクシーで来てたもんね。権堂で飲むよりこっちのほうがよっぽど落ち着くって言って」

 権堂というのは、JR長野駅と善光寺の中間あたりにある長野県一の飲み屋街だ。

 「イケさんて覚えてるかい? あの人、10年くらい前にがんで3か月ほど入院してぽっくり逝っちゃったよ」

 常連はほんとに仲が良かった。そろそろ閉店のころになると、マスターにがんがん酒をおごる。マスターが酔いつぶれ小上がりで寝てしまうと、みんなで後片付けをして、それぞれの勘定をノートに書いてから帰る。ぼくも皿洗いなどをしたことがある。

 ドラマ化もされたビッグコミックオリジナル(小学館)の『深夜食堂』を思わせる店だった。みんな、マスターのことを冗談で「ダスター」と呼んでいた。「ダスター、酒がこぼれたからマスター取ってよ」などと言うのだった。

 ぼくが長野市に住んで3年目の夏、郷里の島根県から両親が旅行に来た。父は長野市の出版社から本を出したことがあり、その会社を訪れた。かつての担当編集者は課長になっており「ぜひ、歓迎宴を一席もうけます」と言った。ぼくは「水入らずで飲みますから」と断って『若葉』へ両親を連れてきた。常連さんたちは大歓迎し、マスターは目一杯のサービスをしてくれた。

 池田さんとはふたりで、未明の権堂を飲み歩いたこともある。仕事の愚痴を聞いて励ましてくれた。マスターのアパートにも寄った。料理人は美的感覚も鍛えておかなくちゃいけないんだ、と華道や書道をつづけていた。

 そんな池田さんも、もう67歳になったという。「キサちゃん。じつはおれも4年前に大腸がんやっちゃってさあ。痔の治療に病院へ行ったら、ポリープが見つかってこのまま入院だって言われて。あわててタクシー飛ばして、店に『当分、休業します』って張り紙してね。でも、こうして生還したよ」

 池田さんのことを忘れたことはなかった。ぼくが転勤になっていよいよ長野市を離れるとき、常連を集めて歓送会を開き、大きな金目鯛の姿造りをご馳走してくれた。ひとりで飲んで食べて2000円かそこらの安酒場の稼ぎで、こんな料理を奮発してくれるなんて。

 「おれの田舎では、タチブルメって言うんだ」

 旅立ちの振る舞いのことらしかった。

 『若葉』は、いまも常連さんでもっているという。ダスターの人柄が最高のつまみだ。

 --毎週木曜日に更新--

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