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2011年5月

大震災 国民の真の悲劇とは

 2011年3月11日の東日本大震災に際し、テレビに映し出される津波とその爪跡を観て、巨大な喪失感、無力感に襲われた。2日後、世界中のサッカー関係者から日本を励ます声をネットで読み、涙が出た。同じ日、就職してひとり暮らしをしている息子も、別のサイトで世界中の人びとが日本を応援してくれているのを知って泣いたという。

 被災したシンガーソングライターなどが、それでも立ち上がろうといろいろな曲を作っている。だが、個人的には、中島みゆきさんの『時代』がこの状況にいちばんふさわしいと思う。

 ♪今はこんなに悲しくて 涙も枯れはてて
   もう二度と笑顔には なれそうもないけど…… 
 
 大変な国難ではあるものの、時間とともに復興はできるだろう。ジャーナリストの田原総一郎氏などは「第2の敗戦」と呼んでいるが、はたしてそうか。手元の資料と大震災の被害状況を伝える新聞報道を比べてみると、今回の人的、物的な被害は、第2次大戦に負けたときのざっと40分の1くらいに過ぎない。

 大震災ショックで、みんなかなり悲観的になっている。しかし、物事は歴史をふりかえり、未来をみすえ、冷静にみなければならない。

 1945年、広島、長崎に原爆が落とされ、「100年間は草木もはえない」と言われた。ちょうど20年後に、ぼくは広島へ修学旅行で行った。原爆ドームと平和記念資料館を除いて、原爆で都市が壊滅したというのはほんとうだろうか、とさえ思った。

 今、いちばんやっかいなのは福島第1原発事故のその後だが、それも時間の経過とともになんとかなるだろう。

  ♪そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
 
  4月12日、首相官邸での記者会見で、時事通信社記者が菅直人首相に辞任について質問したが答えなかったという。産経新聞社の記者がそれを引き継いで厳しく追及した。
 
 「首相は、辞任するのか、との質問に答えなかったが、現実問題として与野党の(連立)協議にしても首相の存在が最大の障壁になっている。震災対応も後手に回り首相の存在自体が国民の不安材料になっている。いったい何のために、その地位にしがみついているのか」

 霞ヶ関の官僚たちからは、「よくぞ言ってくれた」との声があがったという。首相はそれでも続投の姿勢を示した。

 そして、香港のテレビ局が記者会見のやりとりを報道し、ネット経由で中国大陸向けに配信された。言論・報道の自由のない中国の多くの人たちは「思ったことを言える日本は素晴らしい」と、ネットに絶賛する書き込みをしたという。

 だが、肝心の日本国内では、会見のこのやりとりが新聞・テレビでは報道されなかった。政府とマスメディアの馴れ合いが、震災被害を増幅しているかもしれないことを、当の記者たちはわかっていない。読売OBのぼくは主に国際報道を担当していたから、国内の権力にはほとんど触れなかったが、マスメディアの体質は内部からみていてよく知っている。報道を“自粛”する国にあって、首相は無様に政権の延命を図っている。

 菅首相には、誰がみても今の国難に対応する器がない。

 ぼくは、駆け出し記者のときに赴任地の長野市で起きた小1袋詰め殺人事件を思い出す。平和な信州にあって、警察幹部はそれを「10年、20年に一度あるかないかの大事件」と呼んだ。

 事件が発生すると、ぼくの上司のKデスクは宣言した。「俺は大きな刑事事件はほとんど取材したことがないから、指揮は本社から応援に来るデスクに任せる」。頼りない人だな、とは思ったが、後で考えればとても勇気のある英断だった。おかげでスクープを連発でき、ぼくは生まれて初めて本社部長から特ダネ賞をもらった。

 有事にあって、力のないものが上に立てば、戦うものも戦えない。Kデスクのようにあえて身を引くのは、器の大きさかもしれない。

 その点でも、菅首相は最低の指導者としか言いようがない。西岡武夫参議院議長は、菅首相に「即刻、辞任すべきだ」とする書簡を送った。記者会見や読売新聞への寄稿でも、その主張を繰り返している。三権分立を定めた憲法の下で、一方の三権の長がもうひとりの三権の長を引きずりおろそうとすることに対し批判の声もある。

 読売は露骨に“菅おろし”に走り、朝日は「危機の中で『倒閣』の愚」と社説に書き、西岡議長らを批判した。

  「首相の存在自体が国民の不安材料になっている」という産経記者の言葉は至言だ。

 だが問題は、首相を下ろし大連立政権を組むにしろ、有事のトップにふさわしい人材が永田町にいないという現実だ。それこそが、本当の国民的悲劇ではないか。

 --毎週木曜日に更新--

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不気味悪い岩山を目にした日に

 愛車は、上信越自動車道を快調に飛ばしていた。車窓からは、白銀に光る浅間山が見え、最高のドライブ日和だった。車内にはチャイコフスキーの『イタリア奇想曲』が流れている。メランコリックな作品の多いチャイコフスキーの曲の中では、珍しく明るい曲だ。

 小諸トンネルにさしかかった。2車線で左側の走行車線は車が詰まっている。いつも長距離のときアッシー君を務めるかみさんは、何気なく追い越し車線を突っ走っていった。

 トンネルのなかほどまで来たとき、突然、サイレンが鳴った。ぼくは、一瞬、なにが起こったのかわからなかった。かみさんは左に急ハンドルを切り、走行車線に入った。

 右後ろに赤色灯をつけた車が走っている。「覆面パトよ。わたしが狙われたの」「さっき、何キロ出してたの?」「140キロは出てたかもしれない。免停だよね」

 覆面パトカーはぼくたちの車の前方に入り、助手席の窓から警察官が手を出して、ついて来いと合図を出している。トンネルを出てしばらくすると、インターチェンジへのわき道に誘導された。

 「あーあ。せっかく、今度の更新でゴールド免許になると思ったのに」。かみさんは、あるとき、どうでもいいところで駐車違反になり、ブルー免許になっていた。それが、無事故無違反ならゴールドに変わるという直前で、またも捕まってしまった。

 しかも、今度は免停だろう。毎日、通勤に車を使っている。それはどうなるのか。

 嫌な予感はあった。群馬県内を走りもうすぐ長野県に入るというところで、かみさんが言った。「あの岩山見て。魔物が棲んでるみたいで気持ち悪い」。ぼくも一瞬、その岩山を見て、すぐに目をそむけた。

 上信越道は数え切れないほど走っているのに、あんな山を見たことはない。妙義山山系のひとつだろうが、たまたま、残雪と光線の加減で、ぞっとする光景になっていた。うちの子どもたちが小さいころ、不気味なと気味が悪いとをあわせて<不気味悪い>という造語を考え出し、ふたりで盛り上がっていたことがある。まさに、その不気味悪い悪夢にでも出てきそうな岩山だった。

 覆面パトカーは、料金所の手前を左に入っていった。こういう検挙のときに使うのか、広いスペースがあった。かみさんは、パトカーの横に愛車を停めた。

 「長野県警高速警察隊の○○です。トンネル内は時速80キロ制限ですが、113キロで走っておられました」

 言葉遣いはていねいだが、うむを言わせぬ口調だった。こちらとしても抵抗するつもりはない。140キロじゃなかったのか。それなら、免停はないかもしれない。少しだけ明かりが見えた。

 かみさんは、パトカーの後部座席に“連行”された。説諭をされ検挙の書類に署名捺印を求められた。かみさんは、ぼくのところへもどって来て「印鑑ない?」と聞いた。「ああ、あるよ」と、ぼくはショルダーバッグから取り出して渡した。

 かみさんはいつも、140キロは平気で飛ばす。ドイツに住んでいたときは、家族を乗せ速度無制限のアウトバーンを186キロで飛ばしたこともある。“信州の中高年暴走族”の異名をとった父親のDNAを受け継いでいるのだ。だから、日本へ帰ってからも、東北道で160キロを出したことがあり、「ここは日本だぞッ」とたしなめた。

 そのかみさんも運転歴30年近くになるが、スピード違反で捕まったのは初めてだった。もちろん、悪運の強いぼくもない。それにしても悔しい。

 「反則金2万5000円だって。高いわよねぇ」「それでも免停になるよりはましだよ」。駐車違反を取られたときには1万5000円だったから、相場としてはそんなものか。反則金は、近日中に銀行振り込みをしなければならないという。

 東ヨーロッパ某国で聞いた話を思い出した。経済難にあえいでいて、警察官の給料も少ない。警察官らは、夜の盛り場から郊外へ通じる道で待ち構えていて、飲酒運転者をはしから検挙する。ドライバーは心得たもので、罰金を払う代わりにワイロを手渡して見逃してもらう。警察官のほうも最初からそれが狙いだ。ワイロは仲間うちで山分けにして生活費や晩酌代に当てるのだという。そういう国は少なくない。

 長野市のかみさんの実家で用を済ませ、ふたたび上信越道を東京方面へ帰っていった。車中、<日本の高速道路におけるスピード取締り――その傾向と対策>をテーマにかみさんと考察をした。そこで得られた結論はこうだ。

 覆面パトは、トンネル内に限らず走行車線を車にはさまれてほぼ法定速度で走り、追い越し車線を1台だけで突っ走る車を狙う。対策としては、運転中、前後をよく注意することだ。そして、走行車線にも車がいなければ大丈夫だろう。もちもん、固定式のスピードカメラにも気をつける。

 義弟に聞いたら、トンネルの出口、下り坂も注意スポットと言っていた。

 おまわりさんにもノルマがあり、「本日のカモ2羽目ゲット!」とか言ってサイレンを鳴らすのだろうなぁ。

 もう、『イタリア奇想曲』を流すのはやめた。あの曲はやたら軽快で、ついスピードが出過ぎてしまう。

 --毎週木曜日に更新--

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続・葬式仏教をぶっとばせ!

 その告別式には、祭壇や遺影、読経もなく、参列者が献花をするだけのセレモニーだったという。2011年4月25日に東京都内の自宅で首をつり亡くなった俳優・田中実さん(享年44)を送る儀式は、密葬という言葉さえ当てはまらないものだった。

 それが、故人の遺志か遺族の意向かはわからない。ただ、棺に眠る田中さんを囲むように、粛々と式は進んだそうだ。

 近年、マスメディアで死をめぐる特集がよく組まれている。社会の停滞期にあって、自分や家族の死のあり方を考える人が増えているのかもしれない。『おくりびと』がアカデミー賞最優秀外国語映画賞をとった2009年ごろから、その傾向は目立ってきた。

 そして、東日本大震災によって、一段と身につまされる人が多くなったのだろう。

 このブログを始めてもうすぐ2周年を迎える。ブログはアクセス解析すれば、どの記事にアクセスが多いかなど数字とグラフで一目瞭然だ。

 人々の反響は、書き手の予想を往々にして裏切る。2009年8月6日に掲載した「葬式仏教をぶっとばせ!」はそのひとつで、ぼくの記事のなかでいまもトップクラスのアクセス数を誇っている。死者を送る儀式のありかたに疑問を抱いている人が、それだけ多いのだろう。

 かみさんの父親は、2008年10月に長野市の自宅で他界した。その3か月後には義祖母が満98歳で大往生した。当然、通夜・葬儀、新盆、1周忌と仏事がつづく。檀那寺の住職は、義父の葬儀の布施に120万円も要求した。義祖母の死のときは、50万円に負けてくれた。足元をみて適当にお布施の額を決めているとしか思えない。

 そうしたいきさつを書いたブログ記事では、インドの仏教聖地サルナートで釈迦の教えだけにしたがって修行し布教する、ある日本人僧侶のことを紹介した。もうふた昔も前になるが、ぼく自身が現地を訪れ、ふたりっきりでロングインタヴューした体験に基づく。

 その僧侶によると、釈迦は「死後のことなどわからない」と、葬儀などについては何も言い残してはいないという。それなのに、釈迦を崇拝する弟子たちや後世の一般信者は、釈迦の遺骨をありがたがる。現在、各地で釈迦の骨、つまり仏舎利としてあがめられている骨を集めれば、2トントラックで運ばなければならないほどという。鰯の頭と大差ない。

 仏教は、真に釈迦の教えを守る宗教であるべきなのに、現在の仏教はまったく堕落している。サルナートの日本人僧侶は、とくに日本の葬式仏教に嫌気がさして、仏教の原点にもどるべく、かの聖地へ渡ったのだった。死者に戒名などというものをつけ、しかも、それに法外な料金を課す仏教国は日本だけとも聞いた。

 義父などの葬儀や法事には、当然、親戚が集まる。ほとんどみな首都圏に住んでいるので、長野市へ往復するだけでも大変だ。義母も2010年に亡くなり、かみさんの実家は3年連続で葬式を出すはめになった。義母の49日のお斎の席上、住職は言った。「ご親戚のみなさんも、供養疲れされているでしょうから、新盆は簡略化してはどうでしょう」。親戚一同に異論はなく、跡取りの義弟夫婦が代表してお墓とお寺に参ることになった。

 この住職発言には伏線がある。その前の回のお斎をお寺で開いたとき、ぼくと義兄は住職の奥さんにわざと聞こえるように話をした。「このお寺の布施の相場は非常識だよね」。たぶん、そのひと言が効いたのだろう。

 それにしても、“供養疲れ”という言葉を初めて聞いた。法外な布施の足しに少しでもなれば、と香典や法事のご仏前を、毎回、多めに包んできた。こっちは供養疲れというより、丸儲けの坊主のために“出費疲れ”しているのだ。

 2010年春に義母の1周忌が行われた。宗派は禅宗の曹洞宗で、法事には必ず『般若心経』を読む。僧侶がお経の本を参列者に配り、みんなで声を合わせて唱える。

 ぼくの実家も禅宗の臨済宗だから、般若心経には子どものころから慣れ親しんでいる。しかし、義母の法事が終わってから、自宅へ帰り、ネットで般若心経の現代語訳を読んで考えさせられてしまった。

 般若心経は、三蔵法師玄奘が古代インドのサンスクリット語から中国語に訳したものという。それをほとんどの日本人は、意味も知らずありがたがって唱えているわけだ。

 古くから困ったとき日本人のお守りとして使われてきた。アニメのちびまる子ちゃんも困ったとき般若心経を唱えていた、などという解説のあと、故花山勝友氏の訳がつづく。

 <観音菩薩が、深遠な知恵を完成するための実践をされている時、人間の心身を構成している五つの要素がいずれも本質的なものではないと見極めて、すべての苦しみを取り除かれたのである。そして舎利子に向かい、次のように述べた。(中略)形あるものはそのままで実体なきものであり=色即是空=、実体がないことがそのまま形あるものとなっているのだ=空即是色=>。

 これは、哲学であり宇宙論でもあるのではないか。葬儀に際して唱えるのにふさわしいものだろうか。人も死して空に帰るだけ、と遺族をなぐさめるためのものだろうか。少なくとも、因業僧侶の法外なお布施と相容れない。

 葬式仏教なんてぶっとばしたほうがいい。田中実さんの葬儀ほど徹底したものではなくとも。

 --毎週木曜日に更新--

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続・消費者は、闘わなければ

 首都圏X市でひとり暮らしをしている娘からSOS電話がきた。「アパートの更新料と更新手数料の請求書がきたんだけど、いま手持ちのお金がないの」

 更新料は家賃1か月分、手数料は半月分プラス消費税という。勤めはじめてまだ2年の娘にとっては、けっこうな出費になる。

 ぼくは即座に答えた。「そんなお金、払うことないよ。こっちで直接、不動産会社にかけあってあげるから。うまくいけば、大幅減額かゼロになると思うよ」

 じつは、ぼくのオフィス兼自宅も賃貸で、2010年暮れの更新時にはY不動産会社、オーナーとかけあって、更新料、更新手数料ともゼロにした実績がある。

 話は、2010年5月27日にまでさかのぼる。ネットでニュースをチェックしていたら、産経新聞の大阪発で「『マンション更新料は無効』高裁判決3件目」という記事をみつけた。

 京都市北区の賃貸マンションの家主が、更新料を支払わない借り主に10万6000円の支払いを求めた訴訟の控訴審判決が大阪高裁であった。裁判長は「更新料は賃貸人や管理業者の利益確保を優先した不合理な制度で、消費者契約法により無効」として、請求を棄却した1審判決を支持、家主側の控訴を棄却した。

 つまり、更新料というのは不合理な制度で、そんなものは払う必要はないという判断だ。この判決は使える、と思い、ぼくはパソコンに保存しておいた。

 さらに調べてみると、この大阪高裁判決の前年、京都地裁でも同じような判決があった。その判決を受け、借り主側の弁護団は声明を出した。「判決の流れは、もはや止められない。家主側は不当条項を速やかに見直すべきだ」

 そして、ぼくのオフィス兼自宅が更新時期となり更新料の請求がきたとき、その判決情報を武器にバトルをすることにした。

 まず、地元の消費生活センターに電話した。ぼくは駆け出しの新聞記者時代、消費者経済の担当をしていたこともあり、消費生活センターの裏表を知っている。それに司法記者をしていたこともある。電話に出たセンター職員はこうアドバイスしてくれた。

 「たしかに、流れとしては消費者保護を重視するようになっています。最高裁判所の判決が近く行われるとされているので、新たな更新料の請求に関しては支払いを保留し、最高裁の判断を待ったほうがいいのではないですか」

 センターではさらに、国土交通省所管の(財)不動産適正取引推進機構と、ある弁護士が主宰している賃貸住宅トラブル・ネットワークを紹介してくれた。

 推進機構の公式ウェブサイトをチェックすると、こんなQ&Aが載っていた。

 Q2 アパートを借りて2年間が過ぎ、更新することになりました。 不動産業者から更新料とあわせて更新手数料1か月分を払えと言われました。

 A2 一般には、不動産業者は大家さんから委託を受けて更新事務を行うものですから、その手数料は大家さんが負担すべきものです。(以上、抜粋)

 つまり、更新料は払わなくていい、という判決が相次いでいるだけでなく、更新手数料も借り主が払うことはない、と明言しているのだ。

 賃貸住宅トラブル・ネットワークに電話すると、O弁護士が丁寧に答えてくれた。「相次いでいる消費者有利の判決は、いずれも関西のものですが、こっち関東でもそれを参考情報として交渉してみる価値はあるでしょうね」

 ぼくは、Y不動産会社とオーナーに当てて、正式な書簡を送った。そのさい、もちろん、判決を伝える記事や推進機構の公式ウェブサイトのQ&Aを印刷して同封した。

 どう言ってくるかな、と思ったら、こっちが期限として指定した日ぎりぎりに不動産会社から<全面降伏>の電話がきた! 判決は最高裁で確定しているわけではないが、理詰めで支払い拒否をしてくる借り主には、案外かんたんに折れるものらしい。

 さて、娘のアパートのK不動産会社にも、同じように書簡を送った。後日、支店長と名乗る人物から電話があり、「更新料をなくすなら、代わりに家賃をいくらか上げる方向でどうですか」と言ってきた。しかし、ぼくは即座に拒否し「オーナーはどういう考えですか。よく話しあってからもう一度電話をください」と言って切った。内心は、2年契約だから、毎月、家賃の36分の1くらいの値上げが落としどころかな、と思っていた。

 ところが、数日後、「更新料も更新手数料もいただかないことになりました」と、こちらからも<全面降伏>の電話がきた!

 ぼくが言うのもなんだが、インドとドイツで暮らした経験から、日本人は、政治家をはじめ交渉ごとがほんとにへただと思う。落としどころの発想がない。判決や権威ある機関の見解などをもっともらしく持ち出されると、すぐに折れてしまう。だから、国際社会で馬鹿にされやすいのだ。

 ただし、入居時に更新料を払わないと宣言するのはやめたほうがいいだろう。入居を認められない恐れがある。更新時になってから、ぼくがやったように「消費者契約法第10条や判決のことを最近知った」と言って突っぱねればいいのだ。

 ぼくは、浮いた娘分の更新料と更新手数料にいくらかを足して東日本大震災への寄付金とし、その旨をK不動産にもメールで伝えた。それでいいでしょ。

 --毎週木曜日に更新--

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