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メロンと銃弾 アフガニスタンの戦乱は悲しい

          -『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』番外編-

 アフガニスタンからのニュースに、ぼくはショックを受けた。2011年6月28日深夜、首都カブールにあるインターコンチネンタルホテルに、少なくとも6人の武装グループが侵入し、銃撃戦のすえ、グループ全員とホテル従業員など計12人が死亡した。

 ついに、あのホテルにまで戦火が届いたのか。ふた昔前、ニューデリーに特派員として駐在していたころ、アフガニスタンに4回入った。定宿が丘の上にあるそのホテルだった。

 ぼくが滞在していたころ、カブール盆地を取り囲む山岳地帯にひそむ反政府ゲリラが、ロケット弾を時おり首都の市街地へ撃ち込む程度だった。

 それでも、治安がいいというわけではない。ホテルではツインルームをひとりで使うのだが、チェックインのとき、フロントマンは必ず、廊下側のベッドに寝るようアドバイスしてくれた。窓側は危険なのだ。「万一、銃撃戦になったら、バストイレルームに逃げ込んでください」

 あるとき、ホテルの屋上にロケット弾が着弾した。その直後にチェックインしたぼくが、現場へいってみると、ロケット弾は屋上のコンクリートをぶち抜き、上階の客室まで達していた。

 こんなことがあるから、ホテル側は、上階に宿泊客を泊めないのだった。それでも、当時まだ、インターコンチネンタルホテルは比較的安全な場所だった。

 国連関係者や世界中から集まった特派員たちが宿舎にする。誰ともなくレストランに集まり、食事をとりながら情報交換や雑談をした。ボーイが持って来る立派なメニューをながめ美味そうな料理を注文しても、「それはありません。それもいま品切れです」

 肉類は、ちょっと硬いマトンか、よくて子羊のラムがある程度で、野菜も種類は少なかった。1週間も滞在していると、うんざりしてくる。

 イギリス人のロイター通信ニューデリー支局長がいった。「こんな場所で、まず最初に食事で音をあげるのはフランス人だね。つぎにイタリア人や日本人、スペイン人といったところかな」

 世界をまたにかけ大英帝国を築いたイギリス人のエリートは、どんなまずい食事にも耐えるられるよう小さいころから鍛えられているらしい。おなじアングロサクソンのアメリカ人も、食べることには案外むとんちゃくだ。美食の国からアフガニスタンのような国へ来た者はもろい。

 しかし、夏場には、戦火のアフガニスタンにも信じられないほどうまいものがあった。マルコ・ポーロの『東方見聞録』にも書かれているとされるアフガンメロンだ。北部にある地方都市マザリシャリフなどから首都へやって来た長距離バスの屋上の荷台には、そのアフガンメロンが山と積まれている。

 巨大なラグビーボールのようで、1つ数キロから10キロもあり、両手にずっしりと重い。値段はおどろくほど安かった。もっとも、戦火で通貨アフガニは大暴落しており、ドルや円に換算すればただみたい、ということなのだが。

 ある日、それを市場で買って丘の上のホテルに帰り、隣室の特派員といっしょにバルコニーで食べた。夜の街を見下ろすと、ライフル銃やピストルを空に向けて撃つ光の線が美しい。どこかで銃撃戦が行われているかもしれないが、若者たちが気晴らしに引き金を引くことも多いという。

 マルコポーロが、そのメロンのことをわざわざ書き留めたのがよく分かる。いまふり返っても、半生で食べたフルーツのなかでもっともうまかったと思う。

 そのころは、侵攻していたソ連軍が去り、カブールに残ったナジブラ共産主義政権と、それを倒そうとする反政府ゲリラ組織との戦いが繰り広げられていた。アメリカや日本など西側は反政府勢力を支援していた。しかし、その後、ナジブラ政権は倒れ、イスラム教原理主義のタリバンが政権をとった。

 2001年に9・11同時多発テロが起きると、アメリカは、国際テロ組織アル・カーイダの犯行と断定し、彼らをかくまったとしてアフガニスタンのタリバン政権へ戦争をしかけ、崩壊させた。

 やがて、カルザイ氏が大統領となり政権をあずかった。いま、アメリカ軍を中心とする国際治安支援部隊(ISAF)は、アフガン政府に治安を任せ撤退を始めている。

 一方で、タリバンは、2006年ごろから勢力を盛り返してきた。今回、治安を混乱させるため、インターコンチネンタルホテルまで襲撃したのだ。死をまったく恐れない武装グループは、多くの宿泊客を人質にして立てこもる作戦だったらしい。

 本来なら、アフガン政府治安部隊が掃討するべきところだが、その能力に欠ける。結局、ISAFに武装ヘリ出動を要請してグループを片付けてもらった。

 アフガニスタンの景色がぼくは気に入っている。砂漠ではなく土漠が広がり、ところどころにオアシスがある。その褐色とわずかの緑の世界では、これまでもずっと、そしてたぶん、これからもずっと戦火が絶えないだろう。

 ガイドのMさんなどかつて親切にしてくれた人びとは、どうやって生きているのだろう。

 --毎週木曜日に更新--

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