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オージービーフを龍馬が食えば

 七夕の日に、仙台では素麺を食べる習慣があるという。一説によると、麺を糸に見立て、織姫のように機織(はたおり)や裁縫がうまくなりますように、と祈るのだそうだ。2011年7月7日のわが家の夕食では、牛肉のたたきを食べた。織姫の彼氏・牽牛にはちょっと悪い気もしたが。

 100グラム79円のオージービーフモモ肉を、かみさんが近所のスーパーで買ってきたのだ。輸入牛肉は年々安くなっている。わが家で買ったこれまでの最低価格は88円だったが、それを9円も下回った。

 モモ肉は表面をあぶり焼きにしてたたきにするのが手軽でうまい。わが家では、オニオンスライスを添え、ポン酢かわさびしょう油で食べる。息子によると、ごま油と岩塩という手もある。サシが入った和牛のたたきもたまにはいいが、オージーのモモ肉は脂身がほとんどなく、ヘルシーなのが中高年にはうれしい。

 肉といえば国産ものしかなかった子どものころ、なかでも牛肉は高級品で、誕生日にすき焼きが出るのがとても楽しみだった。アルゼンチンでは「牛肉を食べなくてもいいような豊かな生活」に人びとは憧れている、という話を小学生のときに知り、びっくりしたことがある。

 わが国で、外国産の牛肉はずっと、割り当て制によって細々と輸入されていた。オーストラリアへ出張や旅行でいった人が、お土産にステーキ用のブロック肉を買ってくる光景がテレビで報じられたりしていた。

 それが、いま日本では、国産鶏肉よりもむしろ安くて結構うまい牛肉がふつうに売られている。

 ぼくが初めてオージービーフを口にしたのは、1990年だったと記憶している。新聞社の外報部(現・国際部)で記者をしていたころで、東京のオーストラリア大使館から牛肉試食パーティの招待状がとどき、同僚と出かけた。

 日米間では、長いあいだ「牛肉・オレンジ自由化交渉」というのが行われてきて、やっと1988年に決着した。それを受け、オーストラリア産の牛肉も91年から日本への輸入が解禁されることになった。

 オーストラリア政府では、日本人の舌にあう牛肉とはどんなものなのか、自由化を目前に情報収集したかったのだろう。

 試食会場とされた大使館のホールのテーブルには、ステーキ、ローストビーフ、ストロガノフ、シチュー、スープ、すき焼き、肉じゃが、しゃぶしゃぶなどの皿がずらっと並んでいた。

 オーストラリア人の担当者が、牧草で育てた<グラスフェッド>と穀物を餌にした<グレインフェッド>の2種類の牛肉があることを説明した。

 ぼくたちは、端から料理を試していった。グラスフェッドは赤身で一見うまそうだが、硬くて日本食にはあまりあわない。ミンチにしたりスープで煮込んだりするのに適しているようだ。グレインフェッドのほうは、牛肉としての旨みもあり、どちらかといえば柔らかくて、日本人ならこちらを選ぶだろう。

 試食した日本人のほとんどは同じ感想だったと思う。ぼくたちはアンケート用紙に記入して会場をあとにした。「問題は、値段だね。自由化されて牛肉がどれだけ安くなるか」

 1991年以降、牛肉の関税は段階的に下げられ、いまは38.5%という。そのおかげで、ついに100グラム79円のオージービーフがわれわれの食卓に上るまでになったのだ。日本のスーパーで売られるのは、やはりすべてグレインフェッドだという。

 半面、1991年以前、日本全国には22万1000戸の肉牛農家があったが、いまでは3分の1まで減り、7万4000戸しかないそうだ。しかし、肉牛農家は生き残りのためにコスト削減や高品質化に取り組んでいる。

 朝日新聞2011年2月6日朝刊は、鹿児島県薩摩川内市で黒毛和牛4500頭を育てている農業生産法人のケースを紹介している。その社長(62)は、1989年、ベルリンの壁が崩れるのをニュースでみて「経済がグローバル化し、安い牛肉が入ってくる」と直感した。父親から買い取った肉牛を増やしてそれを担保に銀行から融資を受け、いまでは年商20数億円という日本有数のブランド牛畜産家になった。

 日本にはアメリカやオーストラリアのような大農場はないが、智恵と勤労の文化がある。
 農産物にかぎらず、日豪間のEPA(経済連携協定)や多国間のTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉が進められている。牛肉の関税がゼロになることもありうる。国内は「開国か鎖国か」と、まるで幕末のように国論が二分されている。

 あの坂本龍馬でさえ、当初は海外との通商に反対し外国を撃退して鎖国を通そうとする攘夷論だった。だが、勝海舟などに影響されて開国派となり、自ら船団をしたてて世界を駆け回り貿易することを夢みるようになった。

 軍鶏(シャモ)が好きだった龍馬が、いまオージービーフを食べれば、どんな意見を口にするだろう。「安い牛肉は外国にまかせ、わしらはブランド牛で勝負するぜよ」と言うような気がする。

 --毎週木曜日に更新--

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