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インどイツ物語ドイツ編(1)【ドイツのジャイアンツ】 

 ぼくは、新聞社の特派員として、1987年から90年までインドのニューデリーに駐在した。息子は生後半年で海外生活をはじめ、娘はインドで生まれた。家族とともに日本へ帰ったぼくは、東京本社で4年間勤め、次にドイツで駐在することが決まった。

 家族そろっての夕食に海外再赴任の話をすると、幼稚園の年長組だった息子が言った。「尻取りだね」。インド→ドイツ。ドイツでは、1994年から97年まで暮らした。

 日本へふたたびもどり、海外ふたつの国での体験記を『インどイツ物語』として連作エッセイの粗い原稿にまとめた。そのインド編は、2008年の家族でのインド再訪記とあわせ、『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』として2009年秋に上梓した。

 このたび、のこっていたドイツ編を『インどイツ物語ドイツ編』として、RABタイムリー・ブログに短期集中連載することにした。

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 【ドイツのジャイアンツ】 1995年春 

 体の大きなドイツ人を見るたびに、日本航空の美人のお嬢さんを思い出す。

 わが一家がドイツへ引っ越すときのことだ。大、中のスーツケースのほか、段ボール10箱ほどを東京・箱崎にあるシティエアターミナル(CAT)のJALカウンターに持ち込んだ。

 引っ越し荷物の大半は船便で送り出した。一部は別送の航空便(アナカン)にしたが、それでもとどくのに一週間はかかる。会社が費用を出してくれる送料はほんのわずかで、当座いるものはお金のかからない「預け入れ手荷物」として自分で持っていくのが一番だ。

 ビジネスクラスの場合、一人30キロまでは無料で運べる。半額料金の子どもでもこの場合は一人前で計算してくれるので、一家4人で120キロまでは大丈夫だ。しかし、わが妻は目一杯詰め込むにちがいない。あらかじめチケットを手配してくれた旅行代理店を通じ、航空会社に超過分をただにしてくれるようたのんでおいた。

 何しろ、超過分が100キロなら、ファーストクラス料金と同じ料金をとられる。成田からパリ経由でケルン・ボン空港まで飛ぶのだから、100万円はかかるだろう。

 JALのCATカウンター嬢は、これから日本を離れるのが惜しくなるくらい美人だった。しかもにこやかにチェックインの手続きをしてくれたが、計量台にどっと乗った手荷物の山を見て目を丸くした。

「超過分が106万円となります」と申し訳なさそうに言う。「250キロまでは認めてもらえるよう、頼んでおいたのですが」。カウンター嬢はコンピューターのキーボードをちょこちょこと叩いて、メッセージをチェックした。

 「確かに承っておりますが、それは当社分のパリまでで、その先の分はこちらで払っていただきます」。

 旅行代理店は、パリで乗り換えるルフトハンザ航空には頼んでくれなかった。そんな大金を払えるわけがない。手持ちの日本円はほとんどなく、ドルに替えてしまっている。

 「大丈夫。ルフトハンザ航空には知り合いもいろいろいますから、自分で何とかします」

 ゆったり、堂々と、強引に言った。ニューデリー特派員時代、インド亜大陸でさんざん鍛えられてマスターした奥義だった。嘘も方便、家計を救う。昔は純真な青年だったのに、と心の中ではため息が出る。

 「でも、規則ですからこちらでお支払いいただかないと」。順番を待つ搭乗客の列も長くなり、まじめなカウンター嬢は少しあせっている。責任者らしい男性のところへ行って相談してもどって来た。

 「では、もしパリでルフトハンザから請求されたら、そこでお支払いただくということで」

 搭乗券を4枚受け取り、振り向いて妻にVサインをした。「どうしたの?」。ノー天気な妻は子どもたちの相手をしていて、わが死闘にちっとも気づいていなかった。

 JALで西へ飛び、次の“戦場”パリのシャルル・ド・ゴール空港に着いた。乗り換えカウンターでチケットを出すと、ルフトハンザ航空のパリジェンヌは、裏に預け入れ手荷物の控え券が12枚も張り付けられているのに目をむいた。コンピューター画面で超過料金が払われていないことを確認し、フランス語なまりの英語で、米ドル建ての金額を請求してきた。

 「ノーノー、成田でフルトハンザのマネージャーと話がついてます」。

 出まかせも、外国語でなら良心を痛めずすらっと使える。あれはなぜだろう。だれか心理学者で研究している人はいるのだろうか。

 「何という名前のマネージャーですか」。敵は一歩踏み込んできた。

 「名刺をもらわなかったし、ドイツ人の名前なんか覚えられませんよ。あなただってそうでしょ」

 敵は一歩しりぞいた。箱崎のJAL嬢よりルックスがぐっと見劣りするルフトハンザ嬢は、カウンター奥にいた上司のおばさんとむずかしい顔で相談をはじめた。

 その時、巨漢のドイツ人がぞろぞろとチェックインにやってきた。どう少なく見ても、彼らはこちらよりひとり当たり20~30キロは重い。

 「あのドイツ人たちから超過料金を取ればいいのに。体重制限ってないのぉ」。

 “箱崎の戦い”のいきさつを機内で聞いていた妻は、ぼくと同じことを考えている。

 すぐ後ろのドイツ人夫婦なら、わが家より計60キロは超えている。パリジェンヌに、その不公平さを言ってやろうと思ってやめた。アメリカの航空会社が、ひとり分の席ではお尻のおさまらない女性にふたり分の料金を請求し、人権侵害で訴えられたことがあった。欧米の「ジンケン」はぐっと重く、相当気をつけなければならない。

 ぐちゃぐちゃ話し合ってるおばさんとパリジェンヌを手招きして、正攻法にでた。

 「ご覧のように、家族4人子どもたちをふくめノーマル料金を払ってます。この便のお客さんで、これだけのお金を払っている人がどれだけいますか。たかが数10キロの超過分くらいサービスできますよね」

 国際航空運賃のディスカウント合戦は、ヨーロッパでも激しいはずだ。「極端に言えば、同じ機内で自分と同じ料金を払っている客を探すしても、まずいない」と旅行代理店の人から聞いたことがあった。わが家だって会社が払ってくれないときは目いっぱい安いチケットを探す。

 「これだけの荷物を乗せたところで、飛行機が落ちることはないでしょ」

 後ろに並ぶドイツ巨人軍にわざとちらちら目をやりながら、最終回の攻撃にでた。

 「うーん、いいでしょう」。

 おばさんは、少しもったいをつけて延長戦をあきらめた。となりのパリジェンヌがとつぜん可愛く見えた。

 パリから飛んだフルトハンザの座席は、ビジネスクラスもエコノミークラスも同じで、日本の路線バスなみに狭かった。巨人たちが窮屈そうに座っているのは、ちょっと気の毒だが、超過料金を払わないのだからしかたがない。

 ドイツ人はたしかに大きい。カールスルーエ大学人類遺伝学研究室は、過去75年間、男子学生2000人の体格についてサンプル調査を続けている。ゲオルク・ケントナー教授は「10年でだいたい1.6センチずつ背が伸びている」と言う。1920年には平均1メートル71だったが、94年には1メートル83となった。平均で183センチだから、ぼくらにはかなわない。日本の最近の男子大学生は、ヒトラーが少年だったころのドイツ人並みということになる。教授は、体格がよくなった理由として、糖分の摂取量が増え肉体労働が減ったことをあげ、気候が温暖になったことも関係しているとする。

 バルト海西部の港町にあるキール大学人類学研究室では、約3000人の子どもたちの足のサイズを測ることになった。どんな形とサイズの靴を作ればいいか、正確なデータを求める靴メーカー業界に頼まれたそうだ。大人の靴を脱がせて測るのは何かと問題もあるから、リゾート海岸で裸足ではしゃぐ子どもたちをねらったらしい。集計はまだだったが、ハンス・ユルゲンス室長は「旧東ドイツの子どもたちの方が、サイズは小さいががっしりしている。ドイツに生まれ育った外国人の足も大きくなりつつある」と話す。

 そんなデータを知ったのは、もちろん、ドイツで取材活動をはじめてからのことだ。

 ルフトハンザ航空のパリジェンヌと上司のおばさんは、話が分かるほうだった。自分の給料が増えるわけでも、重くて飛行機が飛べないわけでもないのだから、まあうまく交渉すれば、そんなものだろうが。

 それでも、相手がドイツ人ならこういう融通はまず絶対にきかない。ボンに暮らしはじめてからそれを思い知らされることになる。ドイツ的合理性を追究するなら、「体重別料金制」があってもよさそうだが、そんなものはあるわけがない。

 〔短期集中連載〕

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