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インどイツ物語ドイツ編(7)【ナポリタンを追え=前編】

    94年夏

 ナポリに、スパゲッティの「ナポリタン」はあるか。

 ヨーロッパへ赴任することになって、密かにこんな研究テーマを思いついた。というか、本場イタリアでうまいスパゲッティを食べたい一心からの発想だった。

 ナポリ行きのチャンスは、思いがけず早くきた。7つの先進工業国首脳が集まるナポリ・サミットのカバーのため、出張することになった。日本からは、まさかの首相になった社会党の村山富市おじいさんが出席し、はしゃいだあげくに倒れ、世界に名を知られたあのときのサミットだ。

 世の常として、うまい話には簡単にありつけない。ナポリへの道のりはとんでもないトラブルから始まった。

 ケルン・ボン国際空港のチェックイン・カウンターで手続きをしようとすると、ルフトハンザ航空のお姉さんが冷たく言い放った。

 「このフライトはボン中央駅からの出発です」

 「そんな馬鹿な。鉄道の駅を“離陸”する飛行機なんて聞いたことがない」

 「でも、この便はそうなんです」

 にこりともしない。チケットをよく見ると、確かにBONN Hbh(ボン中央駅)と印字されていた。ルフトハンザ航空がチャーターしたフランクフルト空港駅直行の特急車両があるという。“離陸時刻”まであと40分しかない。スーツケースをひっつかんでタクシーに飛び乗った。

 「中央駅まで!」

 でっぷりとした運転手は「あいよ(アレス・クラール)」と、ドイツ名物の高速道路アウトバーンをぶっとばした。スピード制限はない。

 方向がちょっと変だ。そのうち、遠くにケルン大聖堂の2本の尖塔が見えてきた。

 「ケルンじゃなくてボンの中央駅!」

 「空港はケルン市内なんだから、駅と言われりゃケルンの駅に行くさ」

 「何でもいいから、ボンに回って!」

 一般道路に降りると、渋滞していて、とても間に合いそうにない。

 「お客さん、フランクフルトに行くんでしょ。このまま乗って行けば。だいじょうぶ、列車よりたぶん先に着くよ」

 400マルクちょうどでいい、という。3万円弱のよけいな出費だが、乗り換えの国際線に遅れるわけにはいかない。再びアウトバーンに乗ると、運転手は目つきが変わった。前を走る車をすべて追い抜いて行く。旧西ドイツでは、客はたいてい助手席に乗る。時速185キロまでは横目でちらちらスピード・メーターを見ていたが、そのうち恐くなって持参の新聞を読むことにした。

 「お客さん、新聞でサイドミラーが見えないよ」

 ほかに気のまぎらわしようがない。目をつむって観念していると、本当に、特急よりずっと早く着いてしまった。

 「いい旅を(グーテ・ライゼ)!」。運転手は自分のハンドルさばきに満足して戻って行った。

 ドイツの空の玄関口・フランクフルト国際空港のターミナルでは、ロビーを空港職員が自転車にまたがり、くわえたばこで走っている。

 一路南へ飛んで、着いたナポリは32度と真夏だった。しかも海端だから蒸し暑い。夕方には日本外務省のご一行がビュッフェ形式の食事に招いてくれた。水牛のミルクから作った地元特産のモッツァレラチーズなどがどっさり並んでいる。

 「この土地は、いわゆるナポリタンの本場なんでしょうかねえ」

 ローマからやってきた日本大使館員や記者連におそるおそる尋ねてみた。

 「さあ?」

 みな自信がないようすだ。ナポリのことはナポリっ子に聞くしかない。

 翌朝、顔写真つきの記者カードをもらうため、発行場所に指定されたヌオーヴォ城に行った。城は、サンタ・ルチア港沿いにあった。伝統的なナポリ民謡カンツォーネ・ナポリターナの、あの有名な曲のタイトルはここからきている。

 にこやかに応対してくれたイタリア美人は、波型ストライプのコスチュームをまとっている。ブルー、海老茶、白、黒、グレーなどの色が大胆に組み合わされ、これぞイタリア・ファッションだった。笑顔と南欧の陽光がなければ、まず似合わない。

 笑顔と派手なファッションはタブーみたいになっているドイツとは、大ちがいだ。

 まぶしい照り返しの石畳を歩いていると、一緒にいたローマ駐在の同僚特派員に、サンダルばきの小柄なおねえちゃんがマイクを向けてきた。『地中海ラジオ』のリポーター、アントネラ・シノポリと名乗った。

 同僚は、イタリア語が堪能だ。「日本では、どうして野党第1党の党首が、与党にかつがれ首相になったのか」と、村山さんを自民党が担いだことを聞かれたという。

 一通りのインタヴューが終わりアントネラ嬢がテープレコーダーのスイッチを切ったところで、同僚に通訳を頼んだ。

 「ナポリに、スパゲッテイのナポリタンというのはありますか?」

 相手は一瞬、質問の意図が分からなかったらしい。同僚が汗をふきながら説明してくれる。

 「トマトソースをまぶしたのを、日本なんかでは一般にナポリタンと呼ぶんだけど」

 「私はそんな呼び方、聞いたこともないわ」

 アントネラ嬢はきっぱりと答えた。

 「だいたい、ナポリタンで何語なの。英語の形容詞ならニアポリタンだし、イタリア語ならナポリターノよ」

 ミートソースのボロニェーゼというのはあるという。ボローニャ地方で生まれたかららしい。

 ナポリ滞在中、レストランで食事をするたびにメニューをチェックした。「トマト・スパゲッティ」というのはあっても「ナポリタン」は見つからなかった。この話をワシントンからきていた同僚に話した。

 「子どものころ、洋食屋へいけばカレーライスとナポリタンは定番だったのにね」

 彼は自分の半生が否定されたような悲しい顔をした。

 この項、つづく 〔短期集中連載〕

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先週にはナポリタン、今週はボンゴレを作りました。 具だくさんナポリ。食べるときにパルメザンとタバスコはマスト!! 海老、ベーコン、玉ねぎ、ピーマン、人参、しめじ・・・冷蔵庫にあったもの...... [続きを読む]

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