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ブータン 幸せの秘密はどうなっただろう

               『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』番外編

 ヒマヤラの小王国ブータンで、ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王(31)が、一般人のジェツン・ペマさん(21)と結婚した。2011年11月には、日本を国賓として訪問する予定で、事実上の新婚旅行となる。

 この慶事にさいして、日本のマスメディアはブータンを「幸せの国」と呼んで盛んに報道している。あるテレビ局は、首都ティンプーで道行く市民に「あなたは幸せですか?」と問いかけ、すべての人が「はい」と答えるようすを伝えていた。そして、「国民の9割以上が自分の人生を幸福と感じている」と紹介した。

 今、必ずしも国民的に幸せなばかりではない状況にある日本で、そうした報道に接すれば、「ああ、うらやましい」と思う人も少なくないだろう。しかし、いつものことながら、こうしたテレビ局のやり方はちょっと単純すぎる。

 たしかに1970年代、現国王の父であるジグメ・シンゲ・ワンチュク国王が、国民総幸福(GNH)という言葉を発明した。かつて世界は各国の経済力を国民総生産(GNP)で計っていたが、国王は「幸せはカネやモノだけではない」と、文化や伝統、環境などに配慮した暮らしをするよう国民を導いて来たのだった。

 ぼくも、ニューデリー特派員をしていた80年代末、ブータンを訪問し、王宮へ出向いて当時の国王から直接、その言葉や政策の狙いを話してもらったことがある。

 一方であの国には、テレビなどで報道できにくい“幸せの秘密”があった。

 日本人のある国家公務員からこんな体験を直接聞いた。あるとき、職務でブータンに長期滞在した。地元の青年たちとすっかり親しくなり、いよいよ帰国するときになると、盛大なお別れパーティを開いてくれた。その席には、何人かの若い女性もいた。

 お酒もすすんだころ、青年たちはこう申し出たという。「ぼくたちには、何も気のきいたお土産をあげることができません。せめてもの友情の記念に、ここにいる女の子の誰でもお好きな子を選んで抱いてやってください」

 その公務員も若い盛りで、実はひとり気になっていた女の子がいた。「では、この方を」。くだんのお嬢さんは、ちょっとはにかみながらもむしろ嬉しそうで、情熱的な一夜を過ごしたそうだ。

 この公務員の話は100%事実だと思う。ブータンでその種の話はよく聞いた。昔は日本でもおおらかなセックスはあった、と高校の地理の先生が話していたのを覚えている。地方によっては妻や娘を客人に喜んで差し出したのだそうだ。

 結婚や離婚も日本みたいにおおごとではなく、お互いに連れ子で仲良く暮らしている夫婦がふつうにいた。チベット文化圏であり、一夫一婦制ではなく4人まで妻をもらうことができる。姉妹をまとめて妻にする風習もある。事実、今も健在な前国王は4姉妹を妻としている。多夫一妻の例もある。

 だから、ぼくが取材した限りでも、あの小国では、親子や男女の関係が、現代の日本ではちょっと想像できないほどゆったりしていた。それは、峻険なヒマラヤに囲まれた地理的な条件と無関係ではないだろう。まあ、桃源郷のようなものだ。

 前国王は、国民の幸福度を維持、アップするには外界からの情報を断する必要があると見抜いていたようだ。だが、不完全な遮断しかできない状態では逆効果であり、情報解禁に踏み切ったとみられている。1974年に鎖国状態を解いた。

 1999年、テレビがブータンに入り、2003年にはアダルトサイトの閲覧が解禁された。2005年度にはブータン全域で携帯電話が使えるようになった。テレビを夜遅くまで楽しんで朝起きるのが遅くなり、朝食抜きの人も増えているらしい。

 読売新聞によると、2011年8月には、国内初のショッピング・モールが誕生した。携帯電話ショップ、ゲームセンターなど49のテナントが入っている。首都の人口はこの10年で約3倍にも増え、就職難の若者があふれている。都市部では車も急増して渋滞さえ見られるという。土地をめぐる争いが起き、住む家を追い出される人も出ている。2010年の経済成長率は7.4%に達し、バブルの恐れさえあるそうだ。

 かつて、前国王はGNHについてぼくにこう語っていた。「たとえば、5年、10年ごとに、自分たちの暮らしを振り返ったとき、少しずつよくなっていると国民の多くが考えるかどうかです」。つまり、ごくゆっくりとした経済成長を望んでいた。

 しかし、経済をコントロールするのは容易ではなく、バブルを生んだのだろう。それがはじけたときが怖い。

 ブータンでは、近年、識字率も平均寿命も飛躍的にのびている。一方で、都市化と貧富の格差、勉強のきびしさなどを背景に自殺、うつ病が増えている。特に農村の自殺率が目立ち、その率は女性のほうが高いとされる。

 2008年のデータをみると、ブータンのひとり当たりのGDPはアメリカの約24分の1だが、自殺率(人口10万人当たり自殺者数)はアメリカの約半分だ。その意味では、まだ、ブータン国民のほうが先進国よりいくらか幸せかもしれないと想像はできる。

 幸せの秘密はどうなっただろう。新婚国王は、重婚しないと決めているそうだ。

 --毎週木曜日に更新--

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