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インどイツ物語ドイツ編(6)【川のある街】

    94年初夏

 ♪ねえ君 二人でどこへ行こうと勝手なんだが
  川のある土地へ行きたいと思っていたのさ♪

 井上陽水さんの歌『桜三月散歩道』に、こんな歌詞があった。京都には鴨川が、金沢には犀川があるからさまになる。

 知り合いのドイツ人から、東京の裏町で初めて神田川を見た時の印象を聞いたことがある。「水洗式のごみ処理施設かと思った」。それでも、名曲『神田川』で、窓の下に川があるから歌になる。

 ♪三畳一間の小さな下宿 窓の下には神田川♪

 ボンにはすてきな川があった。森と湖と川の国ドイツのなかで、最も長く「父なる川」と呼ばれるラインが街の真ん中を流れている。わがマンションは、ライン川から100メートルの閑静な場所に立っていた。

 引っ越して間もなく、まだ春風の冷たい川岸へ子どもたちを連れて探検に行った。マンション前の道路をぶらぶら下ると、フェリー乗り場があった。川幅は200メートルぐらいだろうか。車を10台も乗せれば満杯になる小さなフェリーが、汽笛を鳴らし向こう岸へ向かって行く。特に時刻表があるわけではなく、ある程度車や人が乗ると、適当なところで出航するらしい。水位で上下する鉄製の桟橋のわきに鴨が群れている。

 ふたりの中年男が釣りをしていた。「わー、いいな。舞も釣りがしたーい」。

 子どもたちはたった一度の経験で釣りファンになっていた。埼玉県の国営武蔵丘陵森林公園へ家族で旅行したとき、自然の大きな池の釣り堀で40~50センチはある鯉を2時間のうちに28匹も釣り上げ、すっかり味をしめてしまった。以来、竿を持つ機会はなかったのだが。

 ライン川で釣りをする男たちの顔つきは西ヨーロッパ人には見えない。ロシアか東欧だろうか。むっつりとしたまま、麦の実のような餌を針に引っかけ船付き場のわきに無造作に投げ込む。

 「こんな場所で釣れるのぉ?」。優士がもっともな疑問を口にする。30センチはありそうな鮒に似た魚が釣り上がった。「すごーい」。水は決してきれいとは言えない。釣った魚をどうするのだろう。男は魚の頭を石で一発叩き、水の入っていないバケツに放り込んだ。

 2、3分に一匹は釣れる。「天才だね」。桟橋の手すりにもたれた舞がつぶやく。気絶した魚がバケツの3分の1ほどになると、男たちはむっつりしたまま引き上げて行った。自分たちで食べるのか、仲間にも分けてあげるのか。

 天気のいい週末など、散歩といえばライン河畔へ行くようになった。流れに沿って細長く公園が伸びている。無粋な護岸コンクリートなど無論なく、天然石が敷き詰められている。自転車専用レーンがあり、さらに一段高いところに遊歩道がある。

 週末はもちろん、平日でも結構人がいる。サイクリングを愉しむグループがさっそうと走っていく。炒めたソーセージにカレー粉をかけたカレーヴルストが、インビス(売店)の名物だ。流れを臨むベンチに腰かけ、それをつまみに缶ビールをぐびぐびやっているおばあさんがいたりする。

 芝生の間に雑草が伸びる緑地で、子どもたちとサッカーボールを蹴っていると、お腹の周りが思いきりたっぷりしたおばさんが話しかけてきた。

 「東洋人の子どもが珍しくて、とっても可愛いわぁ」

 熊のように大きな犬と子猫のような犬を連れて散歩中らしい。子どもたちはボールをほったらかし、小さな犬を追いかけ始めた。そこへ大きな犬がじゃれかかる。子どもたちは驚いていったん逃げ出したが、ちっとも恐くないと分かると、一緒になってじゃれあった。

 「主人がベルリンからこっちへ転勤になって、しかたなく着いて来たんだけど、あっちに行きつけの美容室があるから4週間に一度は車を飛ばして行くんですよ」
 ご本人の髪のセットかと思えば、犬の美容室だという。

 ライン川と同じく、ドイツの時間はゆったりと流れている。ぼくたちの家族が以前住んでいたインドの悠久の流れともまたちがうが、東京のような生き急ぐさまは誰からも感じられない。

 ドイツ人はヨーロッパ一勤勉・勤労だといわれる。しかし、ウィークデーでも日の明るいうちに自宅へ帰り、地元のスポーツクラブで汗を流したり、壁や塀のペンキ塗りに精を出したりする。ペンキ塗りは日本の日曜大工とおなじで、ドイツ人にとっては趣味に近い。金曜日の午後に役所へいくと、ほとんど人気がない。職員は週末を愉しむために、さっさと帰宅してしまっているのだ。

 それでも、ヨーロッパ随一の経済大国としてやっていけている。日本とのどこがちがうのだろうか。ドイツの社会でもっともうらやましいのは、こういう時間の使い方だった。

 郷に入っては郷にしたがえで、ぼくもできるだけ家族との時間を持つように心がけた。しかし、仕事は東京のスピードで要求されるため、時間の流れのズレが一番のストレスにもなった。

 子どもたちも、ライン川のようなドイツの時間を愉しんでいた。アメリカン・スクールに慣れたころ、優士も舞も「日本には帰りたくなーい」というようになった。

 〔短期集中連載〕

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