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インどイツ物語ドイツ編(5)【5歳の浪人生】

    94年春-夏

 妻がキッチンにいると、紙の帽子をかぶった舞がやってきて敬礼をした。バッグを肩にかけ、「これ手錠とピストル」といって自信作を差し出した。前日、車の中から見たドイツの婦人警官の格好を、そのまま紙とはさみとセロテープで再現したのだった。

 日本とドイツの教育制度のギャップで、舞は5歳にして浪人の身となってしまった。

 3月末、日本で幼稚園の年中組を終え、さてボンにきたが、こちらは9月が新学年で春はふつうの学期の変わり目にすぎない。優士をアメリカ系のスクールに通わせる関係で、どうせならアメリカンの幼児部にいれる手もあった。でも、まず優士がちゃんと学校に慣れるまでは、と編入手続きを先延ばしにしているうち、そのままになってしまった。アメリカ式では幼稚園は義務教育となっており、5歳の秋からで、舞にとって中途半端なタイミングだった。

 朝8時半、妻の車に同乗してアメリカン・スクールへ行き、お兄ちゃんに「ばいばい」と言ったあと、舞の暇な1日が始まる。帰りがけ、妻の買い物にくっついて1、2時間はつぶれるとしても、家に帰ってからはすることがない。日本にいた3月までは、同じマンションのお友だちの家へさっさと行って、お友だちがいなくてもその家のおじちゃんといい子で遊んだりして遊び相手にはこと欠かなかった。ボンでは、まだ仲良しの子供がいない。

 しかし、持て余す時間が、舞のユニークな才能を引っ張り出した。

 日本人形のような顔と体型の舞が、婦人警官きどりで立っているのを見て、妻は感心しながらも「いったい誰の子かしら」と思ったという。夜、ぼくが帰宅すると、もう一度子ども部屋でこっそり扮装をして登場した。紙の帽子はちゃんとひさしがあり頭のてっぺんは平と、ドイツ式にまちがいない。ほんのちらっと見ただけなのによく観察したものだ。でも、交通警官で手錠は持っていなかったはずだから、こちらの方は別の予備知識から、それらしい小道具として作ったらしい。

 妻によると、舞の図画工作の自習作品はこれがはじめてではない。前の日にはありあわせのボール紙と画鋲でルーレットを作り、「回して回して」と妻や優士のところに持ってきてディーラーきどりだったという。色紙の裏に動物の絵を描いての紙芝居や、その動物を切り取って割り箸に張っての人形劇もあった。

 婦人警官の次の日は、季節はずれのサンタクロース姿で現れた。とんがり帽子とひげにまゆげまで紙で作って顔につけ、「これプレゼント」と差し出したのは紙のウサギとクリスマスツリーだった。肩にかける大きな袋も中に詰めものをしてふくらませ、芸が細かい。

 そんな浪人暮らしも、6月下旬に終わった。「1年生」をたった3か月で終えた優士といっしょに、「アメリカ大使館友の会」が主催する4-9歳対象の「サマーキャンプ」に参加した。キャンプといっても、月-金曜の午前9時から午後2時までの日帰りコースで、ゲームやプール遊び、舞お得意の工作などをしてすごす。

 キャンプ初日、保護者兼通訳として妻子をつれて行くと、もちろんアメリカ人の子どもが多いが、一見してアジアやアフリカ系とわかる子もけっこういる。某国外交官の子どもらしい男の子は道路脇にとめた車のことろで泣きじゃくって動こうとせず、付き添いのお母さんを困らせている。

 こんな光景に舞もびびるかなと横顔をのぞくと、さすがにいつものようなきゃっきゃきゃっきゃの悪ふざけをする余裕はないが、べそをかくほどでもない。年齢別でいくつかのグループにわかれ、ローマ字の名札をつけてもらって手続きはあっけなく終わり、親たちは引きあげる。ほかに日本人は大使館員の家の4年生の女の子と5歳の男の子のきょうだいがいる。だが、優士もその子たちもグループは別で、舞はいきなり「国際社会」にひとり放り込まれた。

 「英語わかーんないから、つまんなーい」と言いながらも、とくにだだをこねることもなく、毎日、元気に通いはじめた。先生役はアメリカ本土からバイトでやってきた大学生らしいお兄さん、お姉さんたちだ。「アメリカ人でも若者はあどけなくて可愛いなあ」と変なところで感心させられる。

 6週間のキャンプも終わりに近づいたある日、ふたりを迎えにいった。背高のっぽのお兄さん先生にぶらさがって、離れようとしない子どもがいる。まさかと思ったが、やはり舞だった。「あの人なつっこさは、誰の子だ?」。妻と顔を見合わせてしまった。

 〔短期集中連載〕

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