« インどイツ物語ドイツ編(9)【絶品の平和カレー】 | トップページ | 韓国のあまりにも馬鹿げたウリジナル »

インどイツ物語ドイツ編(10)【ベートーベンの舌はどうだったのだろう】

    94年夏

 ボンの中心部に、『ベートーベンの生家』がある。この街ただひとつの世に知られた観光スポットで、各国から観光客がやってくる。そのせいか、となりの中華レストランは『国際酒家』という。

 ミニ博物館となっている生家に、妻は一度も入ったことがない。日本から友だちが来たとき一緒に行けばいいと思いながら、まだそうした機会がなかった。今日こそはと、ふたりそろって役所へ出かけたついでに連れてきた。

 でも、空腹には勝てず、あと数歩のところで「楽聖より団子」と『国際酒家』で食べることにした。店の前の道路端にならぶ白い丸テーブルの青空席へ、妻と座った。

 店のメニューには、観光地のせいか日本語も書いてある。妻はさんざん迷ったあげく五目そばを頼んだ。こっちは「それならチャーシュー麺」と決めた。わが家のしきたりにより、交換してそれぞれをチェックした。どちらも日本のよりこってりしているが、味はいい。

 となりの丸テーブルに、栗色の髪の男性がふたりやってきた。ちょっと目立つイントネーションの英語に身ぶり手ぶりを交え、中国系のウェートレスにオーダーした。ウェートレスが席を離れようとすると、「ちょっと待って」とこちらのラーメンどんぶりをのぞき込んだ。

 「あれ、何?」と聞いているのだが、ウェートレス嬢はうまく説明できない。ぼくが助け船を出すと、「まったく同じのを」とあっさり最初の注文を取り消した。

 「スープに入った麺をチョップスティックス(箸)で食べるというのは珍しい。今のはどれとどれ?」

 年輩の方が、メニューを開いて質問し、手帳に英語版とドイツ語版の料理名をメモした。その熱心さにちょっと驚き、物書きなのかと尋ねると、イタリアのミラノで小さな機械メーカーをやっているという。中小企業の社長さんなのだ。連れは経営学を専攻する大学生の息子さんだった。ボンの隣ケルンでのメッセ(見本市)を見に、ふたりではるばるドライブ旅行してきたそうだ。

 「中華料理ってよくは知らないが、すばらしい。大体、ドイツ料理でこれというのに出会ったことがない」

 社長が、料理には一家言を持つイタリア人のプライド丸出しでしゃべり始め、青年も大きくうなずく。お箸の使い方を講義すると、麺を先っぽにひっかけるようにしながら、うまそうに食べ出した。

 「イタリア人ってドイツ人とちがってネアカでいいわね。単純といえば単純だけど」

 まわりの客が日本語を知らないのをいいことに、妻があけっぴろげにいう。気がつけば、ぼくのチャーシュー麺はほとんどのびていた。

 ボン暮らしをはじめてちょうどひと月経った時、ドイツ連邦政府の新聞情報局が各国の新来特派員と各大使館の広報文化担当官(プレスアタッシェ)を招いてパーティを開いてくれた。ビールグラスを片手にライ麦パンのオープンサンドをぱくつきながら、話は自然「美味いもの」にいきついた。

 話題に乗ってきたのはイタリア、フランス、スペインの記者に中国系のフリーカメラマンなどなどで、お国柄が想像できる。韓国大使館のSさんは「これぞという韓国料理店のリストをファクスしてあげますよ」と、うれしい約束さえしてくれた。

 シンガポールに妻子を残して逆単身赴任中というドイツ外務省の官僚は、ひたすらビールをあおっていた。「ドイツ料理はいかにまずいか」を口の悪いジャーナリストらに例証され、口をはさむ余地はなかった。単身赴任のトルコの広報文化担当官は、そばで黙って聞いていた。

 ドイツでは、動物虐待に反対する市民グループが、「フォアグラの生産を禁止させろ」と叫んで6万5,000人もの署名を集め、フランス政府に送りつけたことがある。ガチョウや鴨に機械でむりやり餌を食べさせ、肝臓を太らせてフォアグラを作る。動物虐待といえば確かにそうだ。でも、あるフランス人は、「食文化のない民族にとやかく言われる筋合いはない」と逆に馬鹿にする。

 ドイツにも食文化はあるだろうが、ドイツ人が食べ物にお金をかけないのは確かなようだ。1995年の調査によると、一家4人の平均的家庭で飲食費は家計全体の18.5%だった。「余暇や旅行のために食費を削る」という答が目立ったという。

 同じ年、日本人が1年間に使った外食費はひとり当たり2,000ドル(約22万円)にものぼり、2位アメリカの950ドルの倍以上だった。かといって、日本の食のレベルがものすごく高いとは思えない。知り合いのドイツ人は「家が狭いから、外食したがるんじゃないの」と珍説を披露した。

 イギリスでは、あるスーパーがカナダ産の活ロブスターを輸入し、水槽に入れて販売しようとしたところ、動物愛護団体から激しいクレームがついた。「活きたままゆでることになるから無慈悲だ」という。業者は「ロブスターは水槽の中では幸せだ」と変な弁解をした。

 ベルリンの有名デパート『KaDeWe(カーデーヴェー)』やドイツ各地の鮮魚卸市場では、鰻、鯉など川魚は必ず水槽に飼って売っている。あれもイギリス人に言わせれば、無慈悲なのだろうか。

 食文化のちがいは、宗教と同じくらい微妙な問題になりかねない。ロンドン駐在の同僚特派員はこう言っていた。「欧米人としゃべるとき、どんなに親しい相手でも、捕鯨問題だけは避けた方がいいよ」

 報道関係のパーティの翌週、高級ホテルチェーン『シュタイゲンベルガー』の営業担当者ふたりが、わがオフィスを訪ねてきた。男性の方は物静かにソファに座り、キャリアウーマンといった感じのお嬢さんが身を乗り出してドイツ語でまくしたてた。

 「・・・ですから、私どものホテル・レストランでは、新しいドイツ料理をご用意しておりまして・・・」。

 あまりに早口で耳がほとんどついていけないが、そこのところだけは引っかかった。

 「新しいドイツ料理って何ですか?」

 ソファ横の机で新聞の切り抜きをしていた取材助手のザビーネ嬢も、とつぜん振り向いて言った。

 「そう、私もそれ聞きたい!!」。

 セールス嬢はソファに座りなおし、いちだんと語気を強めていった。

 「ですから、塩をひかえめに、量も少なく、低カロリーの食事をご用意いたしまして・・・」

 それを聞けば、ふつうのドイツ料理がどんなものか、多くの説明はいらない。96年初め、コール首相とハネローレ夫人が『ドイツ中の料理旅』という本を出した。豚の内臓を抜き出し詰め物をして丸ごと煮込む料理など、350種類ものレシピが紹介されている。

 首相夫妻は地元プァルツ地方の別荘に賓客を招き、こうした料理でもてなした。相手は、この本によると、現役時代のアメリカのブッシュ大統領、ソ連のゴルバチョフ大統領、イギリスのメージャー首相といった体格の「大物」ぞろいだ。

 コール首相ご本人も、身長190センチ以上、体重は推定で130キロとも150キロともいわれる。巨漢を作りだした料理など、われわれ日本人が太刀打ちできるものではない。レシピと顔ぶれを聞いただけで、胸焼けがしそうになる。

 塩といえば、高名なジャーナリスト、テオ・ゾンマー氏を思い出す。ゾンマー氏はシュミット元首相とともに高級週刊紙ツァイトの共同発行人を務めている。北海とエルベ川で結ばれるハンブルクの執務室でドイツ政局について話を聞き終えると、氏は街角のしゃれたレストランに案内してくれた。

 「私はここの常連で、先週もシュミットさんと来ましたよ。ちょうどあなたの席にシュミットさんが座ってね」

 ハンブルクは魚介類の水揚げでドイツ随一の港町だからと、ゾンマー氏はシェフお任せ料理を注文してくれた。やがて「ヒラメのオリーブオイル焼きライス添え」が運ばれてきた。この国で「米飯」は野菜扱いされ、テーブルにはパンとバターもある。

 端正な顔立ちのゾンマー氏は、ジョギングを日課とし、引き締まった体をしている。絵に描いたようなゲルマン風ジェントルマンだ。寿司やすき焼きも好みとかで、たまに日本へいくのが楽しみという。そんな話を聞いていたら、氏はヒラメの上で塩の小瓶を思いきり振りだした。

 「まったく、ドイツ料理はこれだから!!」

 端正な顔をやや赤くして、言い訳でもするように独りごとを言っている。確かに、塩味が薄すぎてせっかくの鮮魚がかわいそうだった。

 ドイツ南部バイエルン州の北端にあるホーフ市は、老後こんなところに住むのもいいかなと思わせる静かなたたずまいを見せる。旧東ドイツのザクセン州とチェコに接し、東西ヨーロッパを隔てていた「鉄のカーテン」が開いた後、東西交流の拠点になろうとしている。地元紙「フランケンポスト」の編集長にそんな話を聞いたた後、「勘定はこちら持ちで」と街一番のレストランへ連れていってもらった。

 「バイエルンの典型的な料理といえば、まずこれから」と、ミンチボール入りのスープ『フライシュクネーデルズッペ』を薦めてくれた。ひと口飲み、スプーンが止まってしまった。塩の分量が、こちらの舌の耐えられる限界の少なくとも倍は多かった。

 「新しいドイツ料理」の評判は、その後、どうだったろうか。『ベートーベンの生家』に加え、ボン名物になっていることを祈る。

 〔短期集中連載〕

|

« インどイツ物語ドイツ編(9)【絶品の平和カレー】 | トップページ | 韓国のあまりにも馬鹿げたウリジナル »

インどイツ物語ドイツ編」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/53135220

この記事へのトラックバック一覧です: インどイツ物語ドイツ編(10)【ベートーベンの舌はどうだったのだろう】:

« インどイツ物語ドイツ編(9)【絶品の平和カレー】 | トップページ | 韓国のあまりにも馬鹿げたウリジナル »