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インどイツ物語ドイツ編(11)【ユニコーン(一角獣)】

    94年夏

 毎週土曜日のテニス仲間でもあるM日本公使の公邸で、ビールを飲んでいるときだった。近く帰国が決まっている公使夫妻のさよならパーティに夫婦で招かれた。日本大使館のいつもの面々やドイツ在住日本人の指揮者、ピアニストなど多彩な顔ぶれだ。

 「お電話が入っています」と、公使自ら伝えてくれた。こんな時間にかけてくるのは、ぼくの勤めている新聞社の東京本社にちがいない。日本時間で午前4時前だ。そのころは携帯電話もなく、留守番の子どもたちに公邸の電話番号を教えておいたから、こっちへかけ直したのだろう。隣にいていた外交官が「何か事件ですかね」と言った。

 受話器を取ると、舞の声がキンキン響いてきた。

 「今、ビデオ見てるの。そっちはどうなってんの」「・・・」

 5歳の娘に「どうなってんの」と聞かれても答に困る。

 「お仕事の集まりでここへ来てるんだからね。もう寝なさい」

 考えて見れば、今夜初めて子どもたちだけで留守番している。声を聞いて安心したのか、舞は「じゃね、ばいばい」と素直に電話を切った。深夜、帰宅するとちゃんとビデオのスイッチを切って寝ている。

 記録的猛暑が少し和らいだ8月29日、舞はアメリカン・スクールの幼稚園部に入った。午前中はここで遊びながら勉強する。英語はもちろん、体育や図画工作、週に2回はドイツ語の時間もあるそうだ。11時半になると近くのプレ・スクール(就学前学校)へ歩いて移動する。アメリカの制度では幼稚園は義務教育だが、プレ・スクールは乳幼児なども面倒もみてくれ、日本の保育園に近い。

 ここで持参のお昼を食べて遊んで過ごすはずなのだが、よく何も食べないまま帰ってくる。「だってえ、忙しくって」

 売れっ子タレントみたいな口ぶりに、妻も叱る気を一瞬そがれてしまう。工作とかに夢中になって、お昼を食べる時間がなくなるというのだ。本当のところは、飽食の時代の子なのか、食べることに執着がない。お友だちの家でお菓子を出されても、うちの子どもだけは手も出さないこともしょちゅうらしい。

 「舞ちゃんて、不思議な才能があるのねえ」

 プレ・スクールで週に2、3度、子どもたちの世話係をしているR夫人が、妻にしみじみ語ったという。彼女は東京の下町の生まれの日本人でアメリカ人を夫に持ち、4人の子どもをアメリカン・スクールに通わせている。ボンのアメリカ社会については、ずば抜けた事情通だ。

 プレ・スクールには、職員仲間でさえどこの国から来ているのか分からない男の子がひとりいる。「英語がきちんと話せないから、だれもコミュニケーションが取れないのに、舞ちゃんだけはお話してるのよ」

 男の子がブランコに乗って何か口にした。そこにいた大人は何と言ったかさっぱり分からなかったが、舞が後ろから押してやると男の子はうれしそうに揺れている。

 「舞ちゃん、あの子、何て言ってたの?」

 R夫人が日本語で聞くと「たぶん、プッシュ、プッシュ(押して、押して)って言ってた。ブランコに乗ってるんだから押して欲しかったんでしょ」

 相手の言おうとしていることを、言葉だけでなくしぐさや状況から判断する。ふたりは英語がほとんどできないプレ・スクールの少数派同士だから、かえってコミュニケーションの原点でつき合っているのかもしれない。

 舞は、アルファベットもかなり書けるようにはなったが、言葉として読み書きするのはまだまだだ。したがって耳からだけの英語を口にする。「ハッピー・バースデー」が「ハッピ・バーデー」になるくらいならかまわない。

 数字の6の発音だけは何度なおしても変わらなかった。シックスのシがはっきりした「セ」の音になってしまう。確かに、アメリカ人にはシとセの間のように発音する人もいる。でもスーパーの店内などで、娘によく通る声で片仮名の「セ」から始まる発音をされると、妻は顔を真っ赤にして回りを見回すことになる。

 日本語の場合も、あまり頭で考えず感覚で覚えるたちだから、用法はおかしくても妙にグサッとすることを口にする。食事の後、自分の食器を片づけなさいと妻が言った時の答はこうだった。「何のために大人がいるのかわかりゃしない」

 アメリカン・スクールの女傑の先生たちと雑談をしている時、やたら「ユニコーン」という言葉が出てきた。何のことかと思えば、舞のニックネームだった。下っ端のお相撲さんのチョンマゲのように髪を一つに束ねるスタイルで学校へ通っていた。それが不思議に似合い「一角獣」と呼ばれているらしい。

 「あの子はドールよ」「そうね、ほんとにドールね」というやり取りもあった。日本人形の「童女」のような顔立ちで、小さな唇をとがらせるようにしゃべる。それもアニメのような声だから、校内のどこにいても目立ってしまう。

 12月9日、舞の6歳の誕生パーティを盛大にやったころには、「6」の発音もかなり良くなった。

 〔短期集中連載〕

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