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インどイツ物語ドイツ編(16)【第5の季節 カメレ、カメーレ!】

      95年2月

 2月も半ば、ボンの街がどことなく浮つき始めた。春が近いせいだけではない。繁華街の飾りが華やかになり、この地で生まれたベートーベンの銅像が立つミュンスター広場には、移動遊園地がやって来て、子どもたちの歓声が響く。

 ドイツ人の言う、春夏秋冬とは別の「第5の季節」がやって来た。カーニバル(謝肉祭)の季節だ。ドイツ語ではカルネヴァルといい、ファストナハトなどとも呼ばれる。

 23日木曜日、わがオフィスのニュース専用コンピューターにドイツDPA通信の速報が流れた。

 「午前11時11分、ケルン、デュッセルドルフ、ボンなどの市庁舎を仮装した女性集団が襲撃、市長室を占拠した。各市長は抵抗することなく降伏し、“市の鍵”を手渡した」

 通信社の速報は、まじめな調子で「女のカーニバル」開始を伝えた。

 この日、市長に限らず男たちはかなり注意しなければならない。道化となった女たちがハサミを持ち歩き、ネクタイをいきなりちょん切ってしまう。中には靴紐を切る者もいたりするという。

 それを事前に聞いていたので、日本のネクタイ屋さんなら商魂を発揮するところだろうなと、取材助手のクラウディア嬢に尋ねた。

 「それ用の安物のネクタイを売っているの?」

 「切られてもいいように、たいてい古いのを結んで来ます。でも、私の彼なんかはノーネクタイね」

 ライン川沿い地方のカーニバルは、正式には11月11日午前11時11分、各市長によって開始宣言が行われてスタートする。年ごとに祭りのプリンス、プリンセスが選ばれ、仮面舞踏会など色いろなイベントが断続的につづく。そして、街が盛り上がるのは、2月に行われるこの女の無礼講からという。女性は、ネクタイを切った男性にキスをしなくてはいけない、というルール(?)もあるらしい。

 なぜネクタイを狙うのか、いろんなドイツ人に聞いても由来はよく知らない。ただ、ネクタイはふだん男たちが握っている権力の象徴らしい。

 急進的に女性の権利拡大を主張するフェミニストたちに言わせれば、こんな女のカーニバルなんて「抑圧された女性たちの1日だけの憂さ晴らし」と切って捨てるかも知れない。

 ところで、デュッセルドルフでは昨年11月に初の女性市長が誕生したばかりのはずだった。この場合でも女と女の“権力抗争”が繰り広げられたのだろうか。ちょっと気になり、さっそく市の秘書課に電話した。

 「乱入した一団は大歓迎されました。市長も仮装した女性たちと一緒になって歌をうたい踊りました」

 マリー・ルイーゼ・スメーツという59歳のあの知的なおばさま市長が、ピエロの女たちと騒いでいるのはどんな光景だったろうか。本来は、この日の儀式のために大きな“市の鍵”を手渡すはずなのだが、「すでに市長が女性ですから、鍵を渡す必要はありませんでした」

 ともかくこうしてカーニバルは一気に本番となった。街角で仮装した女性を見かけると、「南欧女性のような陽気さとは無縁で、愛想がいいとも言えないあのドイツ女性たちが・・・」と、つい論評したくもなる。

 そして、メインイベントはカーニバルのパレードだ。ライン地方のカーニバルの中でも、ケルンのパレードは特に有名らしい。実行委員会が決めた今年のテーマは「ケルンがあらゆる国々の道化を呼び寄せる」だった。

 これに対抗して、というわけでもないが、ぼくはカーニバルを見物する側として「個人テーマ」を思いついた。

 「ドイツ人は、祭りでどこまで馬鹿になれるか」

 最高潮は次の月曜日だという。「ローゼン・モンターク」(薔薇の月曜日)ときれいな呼び名がついているが、もともとは「ラーゼン・モンターク」(荒れ狂う月曜日)と呼んだそうで、いかにも期待を持たせてくれる。

 本来、カトリックの祭事だったそうだが、いまでは宗教色のないカーニバルらしい。

 月曜日は仕事もあるし、とその前の日曜日にケルンで行われる学校と各種団体参加の「子どもカーニバル」を、家族連れで見に行くことにした。

 ボン駅から急行に乗り、向かいの席に座ろうとした青年の顔がちらっと見えた。

 「あれ、フランケンシュタインの仮装してるのかなあ?」。妻にささやくと、「馬鹿ね、あれ地顔よ」と言う。思わず話のタネにカメラを向けそうになったが、自重した。

 別の席には顔を紅白に塗って派手派手の服を着た親子連れなどがいて、少しずつ雰囲気が盛り上がってくる。

 20分ほどでケルンに着くと、駅は仮装の人びとでごった返していた。ラッパや太鼓が鳴り響き、お祭の世界のど真ん中だ。白い顔に赤い鼻とパチクリ目のピエロ姿が正統らしいが、目立てばいいとばかりにいろんなコスチュームで歩いている。人びとは、お互いに「アラーフ!」とケルン・カーニバル独特のあいさつを交わしている。

 大通りの舗道まで行くと、すごい人だかりだ。日本の祭りとちがうのは、見物客も仮装をしていることだ。参ったな、こんなに大男、大女が詰めかけていたらパレードを見られない。でも、親切な人はたくさんいた。ぼくたちが明らかに東洋人で髪の黒い子どもたちを連れていることに気づくと、一番前の列へ立たせてくれた。

 やがて、ラッパや太鼓の音楽とともに、趣向を凝らした山車が並んで来る。政治や時事問題を皮肉ったものが多いと聞いていたが、この日は子どもたちのためのカーニバルだから、童話などをテーマにした山車が多い。ピエロや魔女、白雪姫になった大人や子どもが、山車の上から「ヘラウ!」と叫びながら、沿道に向かってお菓子をばらまく。

 山車のわきを歩きながらお菓子を投げる人たちもたくさんいる。

 優士と舞は、両手のひらを差し出してパレードが近づくのを待ちかねていた。いよいよぼくたちの所までくると、仮装した何人もが近寄って、お菓子をどさっと子どもたちに手渡しでくれた。両手からこぼれるほどの量で、妻が持参したエコバッグの中に注ぎ込む。

 また、次の一団が来て、やはり大量のお菓子を優士と舞の手のひらに乗せてくれる。なんであの子たちばっかりにお菓子をあげるの? といった顔で、ドイツ人の子どもたちがうらやましそうにしている。

 沿道に詰めかけた大人も子どもも、日本の節分の豆まきのように、まき散らされるお菓子を手を伸ばしてつかもうとする。気がつくと、周囲のドイツ人たちはみんな、「カメレ、カメーレ!」と叫び声をあげている。

 真昼間のことでもあり沿道でビールを飲んでいる人はみかけなかったものの、お祭りはお祭りだ。みんなカーニバルを楽しんでいる。「ヘラウ!」「カメレ!」

 今年のテーマにもあるように、仮装行列にはドイツ人以外の外国人もいるのだろうが、見た目はヨーロッパ人だから区別がつかない。

 人混みの中でも、とにかくぼくたちは目立った。たとえば、京都・祇園祭りの山鉾巡行で、沿道にブロンドの外国人一家がいたら、やはり人目を引くだろう。もっとも、近年の京都では外国人など珍しくもないが。

 有名な大聖堂をのぞけばそれほど国際観光都市でもないケルンで、ぼくたちはうんと少数派の異邦人だった。だから、練り歩く仮装のみんながぼくたちのところへ来てくれる。

 優士と舞は、恥ずかしがってカメレ、カメーレ!とは叫ばなかったが、信じられないほど大量のお菓子をもらい最高にごきげんだった。

 夏が来ても、子どもたちはカーニバルの思い出を口にした。

 「パレード楽しかったね」「すごかったね」

 研究結果:ドイツ人は、ラテン系民族ほどではないにしろ、じゅうぶん馬鹿になっていた。カメレ、カメーレ!

 〔短期集中連載〕

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