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インどイツ物語ドイツ編(18)【桜は散り春がくる】

      95年春

 「フローエ・オースターン(楽しい復活際を)! あしたからあなたも連休でしょ?」

 ケルンの文房具屋のおかみさんが、店を出ようとしたとき声をかけてくれた。

 「いや。あしたも仕事ですよ。日本では復活際を祝う習慣はないから」「えっ、それじゃ月曜日も仕事?」

 そばにいた若い女の子の店員は、信じられないといったようすだ。

 日本はキリスト教の国ではないことを説明しようとして、やめた。たいていのドイツ人はそんなことにまるで関心がない。世界はキリスト教を中心に回っている、と信じ込んでいる人がほとんどだ。

 そして、こちらも偉そうなことは言えないのに気づいた。どうしてあすの金曜日から復活際の連休が始まるのか、よくわかっていなかった。

 その金曜日になり、いつも通りオフィスに出勤すると、人影はなく静まり返っている。こうしてパソコンのキーボードを叩きながら窓の外に目をやると、ライン河畔にそびえる連邦議会議事堂の高層ビルが青空を背に輝いている。

 ほんとうに何日ぶりかで、すっきりと晴れ上がった。ふたつの小型遊覧機が、蝶のペアのように絡まりあって飛び、白い機体をきらめかせている。

 英語でいうグッド・フライデー、ドイツ語でいうカール・フライターク。事典を開いてキリストが十字架にかけられた「聖金曜日」なのだと知った。文房具店の女性たちが驚いたのもむりはない。「キリストの誕生日」クリスマスと同じように、キリスト教徒にとっては大切な「命日」なのだろうから。

 知識としては知っていたはずだが、自分の生活に関係がないのですっかり忘れてしまっていた。

 しかし、もう忘れることはないだろう。おとといの夕方、「白い卵なんか、冷蔵庫にないわよ」と妻があせっていた。舞がアメリカン・スクールから持ち帰った保護者あてのメッセージには「卵を3個持参させるように」と書いてあった。針でつついて中身を出し、殻にカラフルな模様を描いてイースター・エッグを作るのだという。わが家の買い置きは赤い地鳥卵だけだった。「こんな時間、お店はもう閉まってるし」

 だれか知り合いの家に借りに行く手もないわけじゃない。「ま、絵が描ければなんでもいいんじゃないの。とくに白い卵って指定してないんでしょ」ということで、決着した。「卵騒ぎ」で欧米の風習がわが家にも飛び込んできたのだった。

 もっとも、同じキリスト教国でもドイツとアメリカはちがうのか、アメリカン・スクールは金曜も月曜も授業がある。

 ついでにオースターン(イースター)も事典で調べてみた。「春分の後の最初の満月のあとの日曜日」だという。しかし、ドイツのカレンダーでは、なぜかその次の月曜日がオースターンとなっていて休日だ。

 いずれにせよ、処刑されたキリストが復活した日のはずだが、太陽と月の運行で決まるとは。

 ものの本を開くと、ドイツではキリスト教が伝わる以前にゲルマン民族が祝っていた春の女神「オステラ」の祭りと結びついたとも言われるという。キリストが「13日の金曜日」に死んで、3日目に復活したかどうかはともかく、復活祭は春の訪れを祝う行事なのだった。

 オフィスの外のゆったりとした中庭では、パンジーやチューリップが急に満開となった。芝生の上にも小さな白い花が点々と咲き、4、5歳くらいの男の子と女の子がじゃれあっている。

 わが家のドイツでの記念写真の第1号は、家族で赴任時に泊まったボンの由緒ありそうなホテル『ケーニヒス・ホーフ』(王の宮殿)の前庭で桜の花をバックに撮ったものだ。前年の3月21日、春分の日の夜ボンに着いて、翌朝桜を見つけて感激した。数日後に入居したわがマンションの窓からも隣の庭の桜が見えた。

 以来、あちこちの桜に気をつけるようになった。品種はわからないが、少なくとも3、4種類はある。日本の山桜のように花が小さ目のもの、桃の花のように濃いピンクのもの・・・ほとんど造花のようなものさえある。

 だが、みんなあの日本の桜のように圧倒的な華やかさはない。単に木に咲いた花の一種にすぎない。しかも、3週間やそこらは平気で咲き続け、無常感などまるで感じさせてくれない。

 ドイツの桜の花がしぶといのは、春先のめちゃくちゃな天気に耐えるためなのかもしれない。この3月27日からの3日間はとくにすごかった。

 未明の雨も朝になると晴れ上がっている。そして突然暗くなり暴風雨が襲ったかと思うとふたたび明るくなり、今度はヒョウが降ってものすごい音がする。そして、白い雪に変わって横殴りの風が起こり、水平に流れる吹雪となって数メートル先も見えなくなる。

 15分もすれば、「何かありましたぁ?」といった感じで青空がとぼけて微笑みかける。日記の天気欄には「1日のうちに春夏秋冬、何でもあり」と書くしかない。

 これが1日に3回、4回と繰り返されるのだから、花のほうにも相当の根性がいる。

 ある人に「日本の桜がなつかしいなら、ベルリンの壁の跡地へ行ってみたら」と言われた。テレビ朝日が1990年から5か年計画で「ベルリンに、あなたの桜を咲かせませんか」をキャッチフレーズに桜募金を行い、1,000本以上が植えられたそうだ。壁の跡地や旧国境沿いに苗木を植えて桜並木をつくろうという計画だ。

 ベルリンの壁が崩れた翌年のことで、日独友好のシンボルとして植樹され、近くの小学校などにも贈られている。まだ樹高は低いながらも見事に咲いているのだという。

 でも、ソメイヨシノはあの“春の嵐”に耐えられるのだろうか。ちょっと心配ではある。

 復活祭がドイツの春の訪れという。でも、日本人のぼくとしては少し引っかかるものがある。桜がしっかり枝にしがみついてそろそろ飽きられているのも知らずに延々と咲いたあと、すっかり散って、それから復活祭がやって来るのだ。

 日本では、春が来て桜が咲くのに、ドイツでは桜が散って春が来る。

 〔短期集中連載〕

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