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インどイツ物語ドイツ編(21)【キャベツ時間】

      95年夏

 「あ、いけなーい・・・」。妻の例の口癖がキッチンから聞こえてくる。

 雨模様の土曜日の昼下がりだった。お好み焼きを食べようと準備しているはずだったのだが、今日は何をミスったのだろう。

 「キャベツがなかったの。白菜ならあるけど」

 白菜入りのお好み焼きなど、水っぽくてうまいわけがない。

 ボンのわがマンションからゆるい坂道を3、4分登ったところに、ちょっとしたスーパーマーケットがある。車で3分行けば本格的な店もある。冷蔵庫の上の時計を見ると、1時半になろうとしている。

 「うーん」。ちょっとひとっ走りといきたいところだが、閉店まで微妙な時間だ。わざわざ急いで行っても、目の前で冷たい顔をした店員にシャッターを下ろされるのはしゃくだし、それにさっと家を飛び出すような天気でもない。

 「ま、今日はキャベ抜き特製ということで」

 夫婦会議で結論を出すのに、ちょっと時間がかかった。子どもたちはお腹をすかせ、その分、タマネギとニンジン入りの特製お好み焼きをいつも以上にほうばった。

 「ま、なんとかなるじゃない」と、妻はすましている。

 しかし、こうした小トラブルはドイツのどこの家庭でも日常茶飯に起こっており、場合によっては「なんとかならない」こともある。

 すべては、1956年に「商店従業員の福祉のため」に制定されたという「閉店時間法」のせいなのだ。

 小売店は、「週68時間30分を超えて営業してはいけない」とされ、こと細かに規則が決められているという。ふつう店が閉まるのは、月-金曜は午後6時半、木曜だけは午後8時半、土曜は午後2時で、日曜祭日は完全に閉まっている。

 しかも、この時間は必ずしも「買い物ができるタイムリミット」ではない。「従業員の帰宅時間」となっていて、その20~30分前にはすでに入れないケースもままある。

 例外は、空港や駅、ガソリンスタンドに併設された売店と土産品店だけだが、こうした店には生鮮食品はない。

 ちなみに、イギリスでは月-土曜は何の規制もなく、日曜祭日も大型店だけが「6時間以内の営業」とされている。フランスでも日曜祭日だけ「食料品店のみ営業可」と定められているが、他の規制はいっさいない。ちょっときびしいイタリアでは、日曜祭日は全店休みだが、月-土曜は夏季なら午後9時まで、冬季は8時まで開いている。

 ドイツのショッピング事情は、こと時間については「欧州最悪」とされ、ある調査によると、ドイツ人のストレスの第4の原因にもなっている。

 ちなみに、ワーストスリーは「親戚づきあい」「子ども」「職場の上司」だそうだ。上のふたつは分からなくもないが、職場の上司がストレスの原因なんて、ドイツ人は甘えている。日本とちがい、仕事帰りのちょっと一杯に無理やりつきあわされたり、お得意さまとの日曜接待ゴルフに駆り出されたりすることはありえない。仕事が終わればさっさと帰れるのだから、ニッポンのサラリーマンのことを思えば何でもないはずだ。でも、やっぱり上司がうざったいのは、どこの国でも同じなのか。

 閉店時間を法律できびしく決めるのはいくらなんでもひど過ぎるということで、見直しの空気が生まれたことはある。94年にも、「規制緩和」が検討されたが、この年の秋に総選挙を控えていたため、政府与党が商業団体などの反発を恐れて腰くだけになったいきさつがある。

 しかしついに、95年の夏、民間のIFO経済研究所が、画期的な見直し案のレポートを発表した。経済省が「パート労働の雇用を増やし、同時に消費者の購買意欲を高め景気に刺激を与える」ため委託していたのだ。ポイントはこうだ。

 「月-金曜は午前6時から午後10時、土曜日は午後6時まで営業してもよい」

 よその国では当たり前のことだが、もしこれが実現すれば、「戦後ドイツで最大級の規制緩和」になるのはまちがいないとされた。

 セルフサービス方式のスーパーや専門店はさっそく歓迎した。しかし、早くも小売商の経営者団体などが反対を唱えた。

 これまで、木曜日の午後6時半以降の2時間分は「超過勤務手当」として55%増の時給を払ってきた。従業員側と折り合いがつかないかぎり、営業時間が延びてもむしろ収益減になる恐れがあるからだ。

 とはいえ、このIFOレポートがきっかけになって、閉店時間法を改正する動きが軌道に乗った。総選挙の時には政府の動きを牽制していた「労働者の政党」社会民主党も、選挙が終わるとさすがに態度を変えてきた。

 さて、見直し案をたたき台に改正法案を作り、早ければ96年の半ば、遅くとも年末までに改正が実現しそうとみられていた。

 問題は、いわゆる「落としどころ」だが、ちまたでもっともらしく言われているのは、「日曜祭日をのぞき毎日午後8時まで」という線だった。

 その後、閉店時間法が改正されたかどうか、ぼくは任期を終え日本へ帰国したのでフォローしていない。いずれにしろ、午後8時よりあとになることはなかっただろう。

 午後8時は、一説によると「聖なる時刻」らしい。法律で「洗濯」や「庭の草取り」をおしまいにしなければならない時刻、と決まっているのだそうだ。

 まったく・・・。

 〔短期集中連載〕

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