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インどイツ物語ドイツ編(25)【空を飛んだウサギ=前編】

      95年夏-秋

 「何か生き物が飼いたーい」。そう叫んだ舞のひと言がそもそもの始まりだった。

 優士も舞も、幼いころから動物が好きだった。ボンのマンションのイタリア人管理人一家は猫を飼っている。白と黒のかなり太めの猫で、うちの子どもたちは本当の名前も知らないまま「パンダ・ネコ」と呼んで可愛がっていた。

 最初はそのパンダも、外人の子どもが珍しいのかすり寄って来たが、あまりにも追いかけ回されるので、警戒して近寄らなくなった。

 街で猫を見かけることはめったにないが、ライン河畔へ行けば、あらゆる種類の犬が散歩している。遠目には月の輪熊としか見えない犬がいきなり川に飛び込んで水浴びし、子猫のような白犬が細紐を持つおばあさんの後をちょこちょこところがるように歩いて行く。地下鉄やバスでも犬を連れた人が乗っている。

 いつもそういう光景を見ていて、ペットが欲しいという気持ちになるのはよくわかる。舞のおねだりは、こちらが生返事をしているうちにいっそうしつこくなった。優士もそれにつられていっしょに叫ぶようになった。

 でも犬は朝晩必ず散歩に連れ出て、用を足させなければならない。子犬の時、プロの訓練士にあずけてしつけをしてもらわなければならないとか、この国では何かとわずらわしい。

 ある日本人は「どうせ飼うならドイツ人もびっくりするようなのを」と大金をはたいて超大型犬を買った。帰国が決まり、運賃や検疫料など20万円ほどもかけて連れ帰ったが、日本の狭いマンションではとても飼えない。地方に住む友人宅に預け、久しぶりに訪ねてみたら、その犬は元の飼い主をすっかり忘れていてがっくりしたという。

 「まあ、ウサギならいいんじゃないの」という話になったのは、舞が唇を蜂に刺され、それがあまりに可愛そうだったのが、きっかけだった。子どもたちもできるだけ世話をする約束をした。

 ある夏の終わりの日、その名も「ZOO」(動物園)という小さなペットショップへ一家で出かけた。子ウサギが3、4匹箱に入っている。「ピーターラビットのウサギみたーい」と子どもたちが思わず口走った。日本ウサギとちがって目は赤くなく、鼻と額の縦の線が白く、体は薄いグレーとベージュだ。

 よーく見比べて一番可愛いのを選んだ。そう高い買い物じゃない。と思えば、ウサギ小屋ならぬケージの方がウサギ代の3倍もする。店のおばさんは、干し草にビタミン剤、それに塩の固めたものも勧めてくる。

 あれこれ選ぶのもめんどうだから、とまとめて買い込む。ケージは思ったより大きく、白い愛車ベンツのトランクに入らない。後部座席にどうにか押し込んだ。こんなこともあろうかと、妻が赤い自分の車クリオに乗ってきていた。

 さて、家に帰ると子どもたちが子ウサギを猫かわいがり(?)する。

 その姿を見ていると、何だか自分に初孫ができたような気がする。

 「舞、ウサギのお母さんになるんだよ」というと、「じゃ、チーママね」という。

  何か言葉のかんちがいをしているようだが、まーいーか。舞は最初から平気で抱いていた。優士は情けないことに恐る恐る毛にさわるのが精いっぱいだった。「だって、爪で引っかかれると結構痛いんだもん」

 ウサギのケージは玄関ホールに置いた。日本式に言えば30畳くらいはあるたっぷりとしたホールで、靴箱以外何もなく室内運動場にしている場所だから、ウサギを遊ばせるにもちょうどいい。

 「名前をどうするか、ちゃんと考えろよ」

 とは言ったものの、ほとんど期待はしていない。これまでの例を見ると、ぬいぐるみなど実に安易に名づけている。サンタさんにもらったトナカイは「トナちゃん」、おばあちゃんにもらったキリンは「キリンキリン」、従兄弟たちにもらったキツネの指人形は「コンちゃん」・・・。

 子ウサギのシッポにほおずりしながら舞が言う。「ドイツ生まれだからドイちゃんはどう」

 どこかの政治家のおばさんの顔が浮かんで、ひっくり返りそうになった。優士もケタケタしながら調子に乗って「じゃ、日本に連れて帰ったらニーちゃんだ」

 「ばか言ってるんじゃないわよ」。玄関ホールから螺旋階段をのぼったホビールームで洗濯ものを干している妻の声がする。

 子ウサギ命名の家族会議が召集されたのは、夕食のテーブルだった。「ラブちゃんっていうの、かわいくていいんじゃない」と妻が提案する。LOVEではなくてRABBITのRABだという。優士も昼間同じ案を口にしていたそうだ。アメリカン・スクール・ボーイの発想だなあ、と少し感心する。ちゃんと発音するのはむずかしそうだが、まあ、片仮名発音でいいだろう。会議はあっけなく終了した。

 舞はふんの始末こそしないが、野菜くずや干し草をやってチーママらしく(?)世話をする。ラブちゃんを玄関ホールに出してやるとちょこちょこ走り回り、まるで動くぬいぐるみだ。それをよつんばいで舞が追いかける。

 ある夜遅く帰宅して晩酌のビールを飲もうとしていた。「ねえ、おふたりさんが最近、ラブちゃんのこと変に尊敬してるの知ってる?」と妻が聞く。

 「ん?」

 「この間、試しにピーマンの切れ端をやったらむしゃむしゃ食べたの。それを子どもたちに話したらすごーい、すごーいって」

 ビールを吹き出しそうになった。そりゃ、ラブの方が確かに偉い。世界中のたいていの子どもたちより偉い。

 ラブちゃんは実によく食べる。秋が深まり気温が下がると毛も厚くなるのかコロコロしてきた。

 ――つづく

 〔短期集中連載〕

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