« 『人は死なない』を読み、ジョン・レノンを思う=後編 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(31)【さみしい天然ブリ】 »

インどイツ物語ドイツ編(30)【風に揺られて=後編】

      96年夏

 セザンヌやルノワール、マチスは、森の中で全裸でくつろぐ人びとの姿を繰り返し描いている。絵画の世界が、目前にあった。これが日本ならなどと思わなければ、べつにどうということもない。子どもたちがヌーディストたちに何の反応も示さなかったのが、それを物語っている。

 「裸で日光浴――どんな場所ならいいか、いけないか」。大衆向けの全国紙ビルトが、ある猛暑の日、実例の特集をした。

 銀行員のライナー・ガイスさんがハンブルクの公園の屋外プール脇で全裸で横たわっていると、警官が飛んできた。屋外プールでの全裸行為は「家宅不可侵権」により禁じることができるとされる。違反した場合、「反秩序法第108条」により罰金刑となる。

 フランクフルト大学の学生クリスティーネ・シュナイダー嬢(23)は、アパートのバルコニーで上も下もなしで講義ノートを読んでいいると、隣のおばさんに「警察を呼ぶわよ」と文句を言われた。この場合、法的に問題はなく警察は関与しない。文句があるなら、アパートの持ち主から言ってもらうしかない。

 デュッセルドルフに住むミハエラ・フィルメニッヒ嬢(22)は自宅の庭で全裸で日光浴していた。隣人がバルコニーから「ふしだら娘。うちの子どもたちをだめにする!」とののしった。警察は「自分の庭なら問題はない」と取り合わなかった。

 ベルント・ディットヒッヒ君(25)は、ハノーファーのプールで恋人のベアーテ嬢の胸にクリームを塗っていた。彼女がうめき声を出したため、周りから文句がでた。警察の見解はこうだ。性的行為は「刑法典183条a項」の「公序良俗違反」で最高1,000マルクの罰金。人前でいちゃつきすぎると、7万円以上を取られたうえ、前科がついていまう。

 記事は外国での例もあげている。

 秘書のエレンさん(32)がイタリア中部トスカーナ地方で全裸日光浴をしていると、カービン銃を持った騎兵隊が現れ、「反倫理的行為」として約400マルク、ざっと3万円の罰金を払わされた。

 北アフリカ・チュニジアの地中海岸で全裸でいたドイツ人カップルは、土地の人間に石を投げられ、さんざんに殴られて大けがをし病院に運ばれた。

 特集は、「他の危険な国」として、ギリシャ、エジプト、モロッコ、マレーシアをあげる。「アメリカ(フロリダ、ハワイ)もおつにすましており、胸をさらすのはだめ」としている。

 どぎまぎさせられるのは、露出度とは関係ない。ボンにいたとき、オフィスが同じフロアにあるフランスの高級紙ル・モンドから、いらなくなった電話の権利をもらい受けることになった。名義変更のため、ヘミ・ド・ブレソン特派員とドイツ電話公社(テレコム)の支店へいった。ベートーベンの銅像が立つミュンスター広場の脇にあった。

 やはり7月初めの暑い日のことで、担当の20代半ばの女性はノースリーブを着ていた。その腕の付け根からは、黒いものが伸び放題に自生している。ブレソン特派員は気にとめるようすもないが、こちらは「異文化の溝」に転落して、電話の手続きどころではなかった。

 そのころ、土曜日の日本語補習校で優士と同級のM君のママがこんなことを言っていた。

 「水泳の時間に若い女の先生が子どもたちをプールサイドに整列させるでしょ。子どもたちの視線は、ちょうど先生の水着のVラインあたりにいくんだけど、そこから雑草みたいにえんりょなく伸びてるものがあるわけよ。息子の教育にどんな影響があるかなあと心配になっちゃう」

 ミニスカートの下に伸びた足がふさふさしているのを見かけることもある。体毛をそのままにするのは、ドイツの女性にとってそれなりの歴史があった。

 事情通によれば、戦後、アメリカから体毛を処理する文化が入ってきた。ところが、1968年、反米を叫ぶ学生運動や女権拡張主義(フェミニズム)の活動が燃え上がり、「アメリカ人のまねをすることはない」と自然に任せる風潮がいっきに広がったという。

 ドイツ語には、自由肉体文化(フライケルパークルトゥーァ)という言葉がある。略語のFKKもよく使われる。ビルト紙の特集記事は「トップレスでも問題ないところ」として、スペイン・マジョルカ島、クロアチア、モルジブなどのほか「もちろん、北海、バルト海のFKK海岸」と書いていた。

 夏の終わり、ベルリンのわが友人宅でのホームパーティでは、この話題で盛り上がった。
 「ヌーディスト・スポットなら、同じ緑の森(グルーネヴァルト)の中でも、もっとすごいところがあるよ」

 日本の大手家電メーカーの駐在員Nさんは、ビールを飲み干し得意そうに言った。妻がババロアをすくったスプーンを空中に止めたまま聞き入った。

 「そうなの、この人、家から遠いのに、わざわざ自転車で見に行ったのよ」

 N夫人はそう言いながらも、事情にかなり詳しいようだった。その場所はわが家からならすぐという。

 「今年はもうシーズン終了か。来年の夏、異文化研究のためみんなで行こう」

 Nさんと固く誓いあった。しかし、両家族とも、次の夏を待たず帰国することになった。

 〔短期集中連載〕

|

« 『人は死なない』を読み、ジョン・レノンを思う=後編 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(31)【さみしい天然ブリ】 »

インどイツ物語ドイツ編」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/53495925

この記事へのトラックバック一覧です: インどイツ物語ドイツ編(30)【風に揺られて=後編】:

« 『人は死なない』を読み、ジョン・レノンを思う=後編 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(31)【さみしい天然ブリ】 »