« インどイツ物語ドイツ編(33)【晴れのち晴れ=後編】 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(35)【焼き鳥注意報】 »

インどイツ物語ドイツ編(34)【夢の学校 白雪姫も大人になる】

     97年早春

  「ツーガーベ、ツーガーベ!」

 ステージに勢ぞろいして終演のあいさつをする日本人の児童生徒に、ドイツの子どもたちからアンコールを求める大合唱が飛んだ。

 ベルリンのドライリンデン小学校。近所にある日本人学校が、全校でドイツ語劇『白雪姫と7人の小人』を熱演したのだ。

 全校といっても、小中学生合わせてわずか10数人。ドイツ統一の熱狂の中で創設準備が進められ、4年前開校した。だが、その後、日本企業の撤退が相次いだため、首都機能が99年にボンから移ってくるまで、日本人社会も学校もこぢんまりしたままだ。

 日本では最近、クラスや学年の枠を超えた「タテ割り教育」が学校改革の一環として試みられているが、ここではそれがいやおうなしに実現した。大きな子は自然に小さな子の面倒を見、下の子は上の子に刺激されて伸びて行く。家族的な、いじめも不登校も無縁の世界だ。

 『白雪姫』はもともと、学校祭で上演された。週に2時間、ドイツ語の授業があるが、低学年や転入間もない子にドイツ語のせりふは難しい。本番ひと月前、Mちゃんは練習でべそをかいていた。でも、1週間ほどに迫ったある日、発音などの指導にあたる事務局長に、自分からせりふを口にしてみせた。「これでいいでしょ」と笑顔を添えて。

 学校祭に招かれたドライリンデン小学校の副校長は、全員参加のドイツ語劇に舌を巻き、即座に自校への「出張公演」を依頼した。

 当日、開演を前に、副校長はこうスピーチした。

 「日本人の子どもたちにとって、ドイツ語のせりふを覚え、劇を演じるには大変な努力があったはず。そのことを考えながら見て下さい」

 ドイツの子どもたちは一般的に、劇場などで行儀がいいとは言いがたい。だが、幕が開くと静まりかえった。「ドイツ語でも私にはあんなにうまくできない」。3年生のウリーちゃんは幕あいに興奮していた。

 「ドイツ人には学校間交流という発想がなく、開校以来、すれ違いと試行錯誤の連続でした」と、日本人学校のある関係者は語る。それでも毎年、日本式の運動会などにドイツの先生と児童を招いてきた。

 昨年来、ドライリンデン小学校の4年生全員が担任の先生に連れられ、突然、日本人学校にやってきて、先生も含め全員に手作りの「お菓子の家」をくれた。日本の遊びや食事を一緒に楽しむ「交流会」に招待したことへのお礼だという。「4年かかってようやく大きな手ごたえがあった」と先生たちは感激した。

 「ドイツの子は乱暴で、欲張りだなどと、うちの学校の子どもたちにも偏見があった。劇をこれほど真剣に見てもらい、それもなくなるでしょう」

 アンコールの大喝さいに包まれ、舞台衣装の「小さな外交官」たちはほおを染めて立ち尽くしていた。ステージのそでで、先生や事務局長は目を潤ませていた。

 (読売新聞1997年2月24日付けから)

    ☆★☆★☆★☆★    ☆★☆★☆★☆★    ☆★☆★☆★☆★

 ベルリン日本人学校の元在籍生は、西暦で「0」と「5」のつく年の夏、東京で大同窓会を開いている。卒業生だけでなく、親の仕事の関係で数か月だけ在籍した者でも、参加資格がある。

 出身地は全国にまたがり、海外で活躍する者も少なくない。幹事団は、大学2年生の世代が担当することになっている。

 2005年夏、第1回が信濃町のレストランを貸し切って開かれた。出席した卒業生は約50人だった。一番の特徴は、保護者たちが元在籍生以上にたくさん参加することで、広いレストランは人であふれた。

 子どもは都合がつかなくて出席できなくても、親だけが参加するケースもある、珍しい同窓会だ。

 幹事団は、元在籍生にメールで連絡をとり、欠席者をふくめた名簿を作成、会場で手渡してくれた。そこには、各自のコメントが集められていた。

 「自分探しの途中です」(ユキ)「大学生活をエンジョイしてます」「都内の大学で2年生です。勉強よりも趣味のオーケストラに夢中、目の前の今を楽しむ毎日です」(フウコ)

 成長したんだなぁ。

 「 卒業生第1号結婚しました」(ユキ)というのもある。もうそんな年ごろになった人もいるのか。

 「ハンガリーのリスト音楽院に通学しております」(ケント)。将来が楽しみだ。

 先生たちからは、こんなコメントが寄せられた。「ぎりぎりまで日程を調整したのですが、出張や会議やらで出席できなくなりました。北海道の空から乾杯!」(シブカワ)「懐かしかった。なんかウルウルきましたよ。ヴァンゼーの公園で遊びたいね」(オグラ)

 そのオグラ先生は、ベルリンの現地採用で、学校創設準備以来のメンバーだ。同窓会には妻子を連れての一時帰国中で、参加してくれた。日本人学校では、先生と子どもたちの仲もすごく良かった。オグラ先生は個人的に、ある夏、ケンゴ君、コウスケ君、コウジ君と森のなかでキャンプをし、カヌー遊びをしたという。子どもたちも、その時のことをもちろんよく覚えている。

 タカシ君は、学校のすぐそばにあった湖ヴァンゼーが全面凍結した時のことが印象に残っているという。「みんなで氷の上を歩いて、かなり遠くまでいってみた」

 トモコちゃんは、小5から中1まで在籍した。ドイツ語劇『白雪姫』でヒロインの白雪姫を演じた。王子様が最後のシーンでキス(のふり)をするとき、ドキドキした。いまでは、銀行員となった。

 2010年夏には、信濃町の同じレストランで、第2回大同窓会が開かれた。前回以上の参加者で、会場はわいわい大にぎやかとなった。

 キヨシ君は、この同窓会に出るためだけに沖縄から弾丸で参加した。卒業生第1号結婚したユキさんは、母親4年生になった。非常勤でホテルの専門学校の英語講師をしている。ガーデニングにはまっていて、庭でのんびり娘とお茶をするのが何よりの楽しみという。

 コウジ君のように、ほんの短いあいだしか在校しなかったが、「人生のなかで決定的な体験になった」という者たちも少なくない。

 北海道大学大学院の1年生カオル君は、空路、飛んできてくれた。カオル君と同じクラスだった優士は欠席したが、こんなコメントを寄せた。

 「社会人1年目です。日本で最初に作られた知的障害者施設で働いています。常盤貴子さん主演で映画化もされた施設です。最近は趣味で写真撮影をよくしています。ミクシィで公開したりしています」

 センダ先生も、一度日本にもどった後、ふたたびベルリンで暮らしているが、わざわざ同窓会に参加してくれた。

 ブラジルのリオデジャネイロ日本人学校に赴任していたアカミネ先生も、任期を終えて帰国し、大分から家族連れで参加した。閉会前の先生のあいさつで初めて知ったことがある。

 ベルリンにいるとき、ぼくが先生に「日本に帰ったあとも、みんなで集まれる親子同窓会を開けば楽しいでしょうね」と提案したのだという。言い出しっぺはぼくだったのか。

 ぼくは、ボンで日本語補習校の運営委員をしていた関係から、ベルリンの学校でも保護者会長兼理事をさせられていた。日本人学校へ顔を出す機会も多く、アカミネ先生とそんな話をしたのだろう。本人はすっかり忘れていたのに、それが実現した。

 実は、同窓会の第0回というのがあり、その時は、アカミネ先生たちが主導して開かれた。席上、次回からは子どもたち自身が幹事役になることが決められ、こうして2回の本番を重ねたわけだ。

 そして、第2回の同窓会でも、次回の幹事団が決められた。いまは高校生だが、幹事になるときには大学生の年代で、きっとうまくやってくれるだろう。

 新旧の幹事団に拍手!

 〔短期集中連載〕

|

« インどイツ物語ドイツ編(33)【晴れのち晴れ=後編】 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(35)【焼き鳥注意報】 »

インどイツ物語ドイツ編」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/53572959

この記事へのトラックバック一覧です: インどイツ物語ドイツ編(34)【夢の学校 白雪姫も大人になる】:

« インどイツ物語ドイツ編(33)【晴れのち晴れ=後編】 | トップページ | インどイツ物語ドイツ編(35)【焼き鳥注意報】 »