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『人は死なない』を読み、ジョン・レノンを思う=後編

 矢作直樹氏の著書『人は死なない』は、電子や光子を観測しようとすると、それらの状態に影響を与えスピードと位置を同時に確かめることはできない、という量子力学の世界にふれる。いわゆる不確定性の原理だ。

 「精神と物質はまったく別の概念で互いに直接関係することはないとする精神と肉体の二元論は、量子力学の実験的証拠によって揺らぐ」

 たしかに、物質が精神によって影響されるという考え方は、東洋では昔からあった。最先端の科学である量子力学の研究者にも、仏教、ヒンドゥー教、道教などを見直そうという姿勢がみられるようになってきた。

 著者が、気功などの代替医療に関心を広げるのもそうした状況からだろう。宗教にもかなり踏み込んで書いている。

 神道には明確な経典を持たず体系的な教義もなく、仏教やキリスト教、イスラム教といった宗教とは異なる、と指摘したうえで、「神々(自然)の計らいに添って森羅万象や心霊に対して畏敬の念を抱きながら、あるがままに生きよとする神道、そしてそれを信仰して生きてきた日本人の感性に、私はとても大きな魅力を感じるのです」

 「あるがままに」という言葉は、ザ・ビートルズの『レット・イット・ビー』("Let It Be")でマリアが告げる<賢明な言葉>そのものだ。

 ♪私が悩んでいると マリア様がやってきて 賢い言葉をおっしゃる

 「あるがままにしておきなさい(Let It Be)」♪

 オノ・ヨーコさんの従兄弟で日本を代表する国際通の加瀬英明氏は、著書『ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたか』で書いている。「私は『イマジン』は、神道の世界をうたっているにちがいないと、思った。そして、そうジョンにいった」

 じっさいには、ジョン・レノンに神道の深い知識があったわけではなかったようだが、『イマジン』を作ったあと、ジョンはヨーコにうながされ靖国神社や伊勢神宮を参拝したそうだ。ジョンは、インドで<超越瞑想>の修行をするなどもともと東洋思想に関心を抱いており、一神教を否定するような『イマジン』の歌詞が湧き出るように生まれたらしい。あるがままに、という意味での"Let It Be"という言葉も同じ文脈からだろう。

 ぼくも、ニューデリー特派員をしているとき、ビートルズの追体験をしようと<超越瞑想>の道場に体験取材を申し込んだが、断られ、とても残念な思いをしたことがある。

 『人は死なない』は、著者自身と母の霊との交霊の記録でハイライトを迎える。ひとり暮らしをしていた母は、風呂場で孤独死し数日後に発見された。霊能力が非常に強い60歳代の知り合いの会社経営者が、平成21年3月、著者に電話してきた。「あなたのお母様が矢作さんのことを心配されて、息子と話したい、と私にしきりに訴えてこられるのです」

 矢作医師は心霊研究の文献で「交霊」についての知識はあったが、自分のこととなるとやはり驚いた。2週間あまり後、その女性経営者を霊媒役として母の霊と会話する。

 「『直樹さん、ごめんなさいね。心配をかけてごめんなさいね。ごめんなさいね』。私は、ずっと昔、まだ母が若かった頃の感情的になったときのような口調に驚きました」

 矢作氏は、どうして亡くなったか尋ねた。「心臓発作らしいの」。検視した警視庁の刑事が言っていたことに符合した。亡くなったとき結婚指輪をしていなかったことには「あなたは気が付かなかったかもしれないけど、私がこちらに来る二ヶ月以上前よ。(中略)箪笥の上に置いた通知用の葉書もそのときいっしょに置いたの」

 誰にも話しておらず親子でしか知らない死亡通知用葉書のことなどの事実がつぎつぎと語られた。女性経営者の体を借りて現れた母の立ち居振る舞いは生前の母そっくりで、性格も口調も仕草もそのままだった。

 交霊が終わると、女性経営者は元の口調にもどり「よかったですねえ。それにしてもすごくサッパリした方ですね」と感動したように言った。交霊中は体の8割方が霊によって占められ、霊媒はかろうじて意識だけがあるような状態で、霊が勝手にしゃべるのを横でふつうに聞いている感じだそうだ。

 これまで霊的現象について(著者が)接してきた人たちは、ちゃんとした生業を持ち、自分の霊力を公言公表することなく、組織も作らず、自らの理念を他者に強要したり能力を見せ付けて金品を要求したりする人びとではない、と矢作氏は念を押す。

 著者は、巻末でスピリチュアリズムに触れ、欧米ではノーベル賞科学者らをふくむ自然科学の第一人者が研究してきたが、日本では立ち遅れていることを指摘する。

 本書で述べられ、紹介されていることを、絵空事と片付ける人が日本にはまだ多いかもしれない。しかし、もう一度、強調しておく。

 この本は、東京大学医学部の現役の教授で、いまは救急治療、集中治療に当たっている矢作直樹氏が書いたものだ。日常的に現代医学では説明のつかない現象に直面し、一方で自身が死者の霊と言葉を交わすといったスピリチュアルな体験をしたという事実は重い。

 死とは、寿命がきて肉体が朽ちて無くなることであり、それ以上でもそれ以下でもない、と著者は書く。そして、霊魂は生きつづけるのだと。そう思えば、死を恐怖する必要はなくなり、したがって宗教も不要となるか、大きく本質を変えることになる。イマジン!

 --毎週木曜日に更新--

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