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続・有毛論、無毛論

 ニューヨーカーは、カップ入りの味噌スープをスプーンですくって飲む。日本人としてはカップから直接飲みたいところだが、そうすれば周囲の目が集まって気まずいことになる。ミソスープと味噌汁はかくもちがう。

 そんなことを、朝日新聞のニューヨーク特派員がコラムで書いていた。その気持ち、よくわかる。ぼくも、ヨーロッパに住んでいるとき、麺類を食べるのに、決してすすらないよう十分気をつけていた。欧米にすすって食べる文化はなく、そんなことをすれば、なんと下品な人間だと決めつけられる。

 ところが、クールジャパンに憧れた外国人たちが日本にやってくるようになり変わってきた。麺をすすって食べるのは、蕎麦の風味を味わうためとか、熱々の麺を冷ますためとかその意義を知って、すすって食べるようになっているという。

 郷に入っては郷にしたがえというか、文化の差というのは難しく、かつ面白い。

 さて、毛はあったほうがいいか、ないほうがいいかという話を書こう。

 頭の毛はあったほうがいい、と決めつけているのは日本の文化(?)だ。ロシアなどでは、頭の毛が薄い男性のほうがホルモンが強く男らしい、とむしろもてるというのだからこれも文化のちがいではある。

 では、下半身の毛はどうだろう。2011年1月13日に本ブログで「有毛論、無毛論」をアップしたところ、アクセス数がいまでもぐんぐん増えつづけている。サッカー香川真司選手の名前をあげ、ドイツのヌーディストスポットに言及するなどしたからというのもあるだろうが、人はみな、そういう話題が好きなのだろう。

 ドイツのブンデスリーガで戦う日本人選手は下の毛を剃っている、という話題だ。チームメートがみな剃っているからシャワーのときひとりだけ生やしているのは恥ずかしいのだそうだ。CSKAモスクワで活躍してきた本田圭佑選手も剃っているというから、無毛モードはロシアにも及んでいる。

 ニューヨークで味噌スープをカップから飲めないのと同じことだ。

 ここで繰り返しておくと、ぼくがドイツで暮らしていた10数年前、ドイツ人は男女を問わず下の毛を生やしていた。それは、ヌーディストスポットや混浴サウナ、アダルト雑誌で確認したことだからまちがいない。

 だから、ぼくにとって一番興味深かったのは、ヨーロッパ人男女がいったいいつごろから何のために下半身の毛を処理するようになったか、という点だった。だが、ことがことだけに、マスメディアが改めて報道するテーマではない。ぼくの中ではずっと引っかかったままになっていた。

 そしてついに、その件について正面から取り上げた記事に出会った。週間現代2012年1月21日号だ。そのタイトルが素晴らしい。「無毛ヌード時代がやってきた」。グラビアを売りのひとつにする週刊誌だけに、「無毛時代がやってきた」ではないところがそれらしい。誌面では、あそこがつるつるの美女たちが、惜しげもなく全裸をさらしている。

 ヨーロッパでは18歳から25歳の女性のうち半数は陰毛を完全に剃っている、というデータが2009年にオーストリアの新聞に掲載された、と記事にある。ドイツ人心理学者の研究結果だそうだ。

 そして、西洋の美女を撮りつづける写真家・高橋生建氏のコメントを紹介している。<かつてはみな生やしっぱなしでしたが、10年ほど前から剃毛する女性が増えました。一昨年や昨年に撮影したときは、9割の女性は“無毛”。>

 ぼくの体験、観察はまちがっていなかった。かつてはたしかに生やしっぱなしだった。脇の毛でさえ自然に任せている女性もいたほどで、こちらが勝手に恥ずかしくなった。

 そこで、高橋氏は、日本男児として当然の質問をした。剃っている理由を聞いたのだ。すると、「だって清潔で衛生的だから、当然でしょ」と答えたという。陰毛は性病の原因になるし、体臭を発生させやすい不潔なものと考えているのだそうだ。

 記事には、通算5,000人以上の外国人女性と関係を持ったという猛者のライター出町柳次氏のコメントもある。

 <一神教であるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の女性は、最近、剃毛しているケースがほとんどです。しかし、仏教、ヒンドゥー教など多神教は剃毛しない女性が多い。一神教の生まれた中東は砂漠地帯で水が使えず不潔になる。…水が豊富な日本などアジアの人は剃る必要性を感じていないのです」

 一見もっともらしい解説だが、宗教と無毛は関係あるのだろうか。それなら、ずっと昔からキリスト教徒などは無毛だったはずだ。性病予防のために剃るというのも唐突すぎる。エイズは粘膜で感染するというし、その流行が理由でもないだろう。ここ10年ほどというのだから、なにかをきっかけにした一種のファッションなのではないか。

 まあ、そんなのは大したことではない。日本でも無毛が流行るかどうかだ。週間現代などがどれだけ無毛ヌードで売るかにかかっているのではないか。

 <90年代に一世を風靡したヘアヌードの次は、無毛ヌードがブームを起す>と、記事は締めくくる。

 個人的には有毛、無毛ともに捨てがたいのだが。

 --毎週木曜日に更新--

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