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平成の竜馬は日本を動かせるか

 ベルリンの壁が崩れ、西ドイツと東ドイツの再統一にいたる高揚も冷めたころだった。国のなかで東西格差が目立ち、西から「東は遅れている」とみられるようになった。そして、オスタルギーという言葉が生まれた。ドイツ語で東を表すオストと英語のノスタルジーとおなじ郷愁を意味するノスタルギーを合わせた造語だ。

 再統一から4年後の1994年、ぼくは特派員として赴任した。そのころ、旧西ドイツ人は1級市民で、旧東ドイツ人は2級市民あつかいされていた。

 たしかに、旧東の暮らしもインフラも水準が低かった。連邦政府は、「連帯付加価値税」という名の消費税を国民に課し、東を西並みに引き上げようとしてきた。東が西から“生活支援”を受けてきたのは事実だが、それは経済、財政にかぎったことだ。

 ぼくはあるとき、旧東ドイツのヴァイマールを訪れ、AP通信の若いドイツ人カメラマンと知り合った。ゲーテの生家がある文化の香り豊かな都市だ。お互いに仕事が終わると、「時間はありますか?」と、彼は自分の支局に招いてくれた。そこには中年の記者も駐在していて、ぼくを歓迎してくれた。

 カメラマンは「ちょっと待っててください」と言って出かけていき、クッキーをどっさり買ってきた。東の言葉には独特のなまりがあるが、カメラマンと記者はぼくのために、努めて標準ドイツ語を話してくれた。

 ドイツの政治や、東西格差、お互いの家族、そして車の話などをした。「どんな車に乗っているんですか?」「今回は列車で来たけど、ふだんはメルセデスに乗ってます」。ふたりはため息をつき、「ぼくらの憧れはフォルクスワーゲンです。まだ、メルセデスを買う力は東の誰にもありませんから」と言った。その言い方には嫌味もなにもなかった。

 ぼくがオフィスを去る時間になると、カメラマンは残ったクッキーを手渡してくれた。「列車のなかででも食べてください。奥さんやお子さんへのお土産にもなるかな」。ふたりは実に誠実で純朴だった。はっきり言って、西ではあまりお目にかからないタイプだ。

 東は、第2次世界大戦でヒトラー独裁が倒されると、今度はソ連に支えられたドイツの共産党が独裁体制を敷いた。社会主義の国になり、言論や報道の自由はきびしく制限された。一方で、西の資本主義社会とはちがい、激しい競争もなく、人びとは穏やかに暮らしてきた。そのプラス面をあえて強調すれば、人情味のある社会だった。

 いろいろ問題もあったけど東ドイツ時代のほうが良かったな、と東の人びとが再統一後に考えるようになった。それがオスタルギーだ。

 朝日新聞が2012年2月12日朝刊に載せた橋下徹・大阪市長のロングインタヴューを読み、この言葉を思い出した。

 20世紀後半の日本は、良くも悪くも旧東ドイツのような社会だった。戦後ほぼ、政権を独占していた自民党は、保守政党でありながら社会主義的政策を推し進めた。よく言われたことだが、自民党はマルクスとエンゲルスが書いた『共産党宣言』(原題は『共産党のマニフェスト』)のうち8割がたは実現させた。ぬるま湯の島国社会で、国民の9割は中流を自任した。人びとは気づいていなかったが、準社会主義国だった。

 しかし、バブルははじけ「失われた20年」とも呼ばれる長期不況に陥り、巨大な財政赤字で年金制度の行く末も危うい。昔は良かったな、と人びとが思いはじめている。良きジャパンへのノスタルジー、つまりジャパタルジーという言葉でも生まれそうだ。

 そのいま、橋下氏は『大阪維新の会』を創設し、『維新政治塾』に3,000人もの塾生を集めて国を変えようとしている。「維新」という言葉を使い、総選挙公約を「船中八策」と呼び、「国会議員にはならない」と宣言している。

 つまり、坂本竜馬を気取っている。インタヴューでは、東アジアや東南アジアの急成長を引き合いに出し、こう断言した。

 「日本人がラグジュアリー(贅沢)な生活を享受しようとするなら『国民総努力』が必要です。競争で勝たないと無理です」

 朝日の記者は食い下がる。――橋下さんは強い人ですが、世の中は強い人ばかりではない。そういう人にはどう言葉をかけますか。

 橋下氏は言い放つ。「では、日本の生活のレベルを落としますか? 東南アジアレベルにしますか? 今の日本を維持しようと思えば、そりゃ努力をしないといけないですよ」

 ぼくが3年間駐在していたインドは、社会主義的政策という<インドの壁>が21年前に崩され、経済もメディアもちがう国のようになった。東南アジアもよく取材で回ったが、いまのバイタリティーは日本の戦後復興期を思わせる。

 橋下氏は海外暮らしをしたことはないのに、国際的な視点をしっかり持っている。永田町のセンセイたちのほとんどに欠けているのは、そうした視野の広さや冷徹な目であり、国民に本当のことをはっきり言う勇気だ。ぼくたちは容赦ない国際競争のただ中にいる。

 いまは第2の幕末であり、TPPという黒船などにも永田町の力学では立ち向かえない。

 朝日は「独断的な手法には怖さも感じずにはいられない」と書く。橋下氏とそのグループはなにをしようとし、なにができるのか、たしかにまだ未知数だ。でも、平和ボケ、繁栄ボケ、ジャパタルジーに水をぶっかけて暴れる“平成の竜馬”をみてみたい気もする。

 --毎週木曜日に更新--

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