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アトランティックサーモンが日本にやってきた

 「魚介類は天然モノに限る」という信仰が日本にはある。だが、天然サーモンには寄生虫がいて、それをハイテクのエサで排除した養殖物だからこそ生で食べられるのだという。ちなみに、牛や豚だって“天然モノ”は堅くてまずくて食えやしない。

 わが家の近所のスーパーで、毎週日曜日、ノルウェー産アトランティックサーモンの解体・即売ショーをしている。マグロで言えば大トロに当たる腹身の部位が、100gで400円くらいする。ショーを見守り口内に唾をためた主婦や家族連れが、先を争って買っていく。

 日本でも、ついにアトランティックサーモンが一般化してきた。ぼくには感慨深いものがある。日本で輸入サーモンといえば、チリ産がほとんどだった。たいていのスーパーで100g200円くらいから売っている。何度か買ったことはあるが、脂身が少なくうまみに欠けるのが残念だった。

 実は、ぼくの“包丁人生”とアトランティックサーモンは、切っても切れない。

 1990年代前半、ドイツへ赴任することが内定し、かの地の諸事情を調べた。そのなかで、「ヨーロッパでは、自分でさばけば結構うまい魚が食べられる」というのがあった。ヨーロッパは肉類の本場で魚介類はそんなにいいものがないのではないか、と勝手に思い込んでいたのだが。

 まずは、いい包丁だ。それまでにも、かみさんの出刃包丁と刺身包丁で魚介類をさばくことを一種の趣味としていた。今回は、わが家の食生活のクオリティがかかってる。

 ある日曜日、妻子を連れて浅草のかっぱ橋道具街へ出かけた。食器からおでんやラーメンの屋台まで売っているプロ御用達の商店街だ。店を一つひとつのぞいているだけでも楽しい。レストランなどがショーケースに並べるろう製サンプルの店先では、子どもたちが歓声をあげた。「ねぇ、見て。本物のお寿司そっくりだね」

 ぼくはそんな子どもたちを引きずるようにして、刃物専門店へ飛び込んだ。中年の店主は、壁際のガラスケースに陳列されていた銘入りの出刃包丁を取り出した。いかにも業物といった感じだった。

 他のちょっと安いのもみせてもらったが、最初の1本がやはりいい。思わず「うちで使うのにはちょっと大きいかなぁ」とかみさんにつぶやいたら、店主が驚いた。「えっ、自宅で使うんですか!?」

 たしかに、調理の素人がわざわざこんなところまで来て包丁を求めたりは、あまりしないだろう。でも、どうせなら一生モノのいいのを、と心に決めていた。刺身包丁と合わせン万円を払って店をでた。

 それから数か月後、ボンへ赴任した。公私ともに落ち着いたある週末、知り合いの日本人に聞いていた鮮魚の卸売市場へ車を飛ばした。ボンのスーパーでも魚介売り場はもちろんあるが、鮮度も品揃えもお話にならない。

 ドイツの卸売市場では一般客も買える。「サーモンありますか?」と聞くと、黙って冷蔵室を指差した。ここでは、自分で直接、冷蔵室で品定めして買っていくルールらしい。ノルウェーから直輸入されたアトランティックサーモンが、発砲スチロールの箱に氷詰めされ、積み上げられている。エラと内臓は取り出してある。

 先日、書斎を整理していたら、その市場のサーモンの領収書が出てきた。1995年11月25日付けで僕の誕生日前日だ。自らさばいてホーム誕生パーティをするためだった。

 3.58kgで税込み45.77マルクとなっている。日本円でざっと3,500円くらいだ。グラムでは98円ほどになる。もちろん、頭や骨を入れての計算だが、サクで考えれば日本でいま買うのより3分の1くらいだろう。ときには、7kgや8kgの大物を買ったこともある。

 サーモンを抱えて持ち帰り、鱗を落とすのに20~30分はかかる。3枚におろすため魚体をひっくり返すだけでもかなりの力仕事だった。しかしその分、鮮度抜群のが食べられる。子どもたちは調理見物を兼ねてお手伝いをし、刺身の切れ端をその場で食べるのを何よりの楽しみにしていた。

 誕生パーティでは、頭と背骨をそのままにして巨大な姿造りにした。お客さんたちに大うけしたのは言うまでもない。

 日本に帰国して、サーモンといえば淡白なチリ産しか売っていないのが不満だったが、いまやアトランティックサーモンが買えるようになったのだ。

 そういえば、2012年1月14日、フジテレビ系『潜入! リアルスコープ』で、ノルウェーのサーモン養魚場を紹介していた。コンピューターで管理された巨大な円形いけすで、2万匹を育てている。4~5kgのサーモンにスタンガンの一種を当てて脳死状態にし、オートメーションで3枚におろす!。その機械だけで3,400万円するそうだ。日本とちがい、動物を生きたままさばくことは法律で禁止されているのだという。

 日本へは冷蔵で空輸される。だから、生の美味しいアトランティックサーモンが、日常的にぼくらの胃袋へ収まるようになったのだ。

 ドイツ人はふつう、油こてこてのムニエルにして食べるが、日本人だからやっぱり生がいい。回転寿司で、うちの子どもたちは真っ先にサーモンに手を出す。ドイツでの美味しんぼ体験と無縁ではないだろう。

 --毎週木曜日に更新--

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