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2012年3月

野球にかぎらず基本は進化する ある革命的な技術論

「球春」という言葉は、俳句やメディアで季語となっているそうだ。毎年2月1日には、プロ野球がいっせいにキャンプインする。まだ、♪春よ、遠き春よ♪ といった感じだが、寒さも底を打ち、早春のときめきを予感させてくれる。

 やがてオープン戦がはじまり、梅のニュースで春の足音はいちだんとちかづく。さらにセンバツ高校野球が開幕する。

 今年2012年のセンバツをテレビでちらちらと観ながら、ぼくは各チームのショートの守備に注目している。1回戦のある試合では、ショートが三遊間寄りに移動して、「体の正面」で捕球し、一塁へ投げた。ぼくも、中学の3年間、野球部に所属していたが、このプレーは基本にとても忠実ではあった。

 でも、そういった基本は、21世紀のいま、どうやらまちがいらしい。どこの高校チームの監督も「ゴロは正面で」と教えているだろうが、そういう指導法はすでに昭和の遺物となりつつある。

 テレビ朝日系の深夜番組『Get Sports』(3月19日放映)で、プロ球界ヤクルトスワローズの宮本慎也選手が、ショートの守備の極意を、インタヴュアーの野球解説者・古田敦也さんに熱く語っていた。

 宮本選手は、ゴールデングラブ賞を9回獲った球界一のショートとして知られる。シーズンを前に、巨人の原辰徳監督にたのまれ、巨人の坂本遊撃手に捕球のいろはを指導していた。プロの現役選手が他チームの選手を個人的に指導するというのは、とても例外的なことだろう。打撃は非凡ながら守備に難のある坂本選手は、野球少年のように、手取り足とり教えてもらっていた。

 『Get Sports』は、月曜午前0時45分から2時間ちかく放送される番組で、なかなか生で観るのはむずかしい。ぼくも録画しておいて後で観る。さまざまなスポーツをとりあげ、中でも一流のプロによる技術の解説がとても興味ぶかい。

 知られざる奥義について古田さんが宮本選手に極意を聞くというその回も、ほかではまず観られない内容だった。野球少年や中学、高校の選手、というよりむしろ指導者にとって必見の番組となっていた。

 宮本選手は、あれほどの実績を持つというのに一種の精神論を第一にあげる。「派手なプレーはいらない。投手が打ち取った打球を必ずアウトにし、堅実なプレーをして仲間の信頼をえる」

 そして、数々の野球界の神話、都市伝説を否定していった。

 たとえば、内野手は「ゴロが来たら前へ出ろ」と教えられた。ぼくもいまにいたるまで、それは正しい捕球法だと信じ、草野球でも実践していた。でも、宮本選手はちがうと言う。

 「なんでもかんでも前に行くと、ボールとの距離が縮まりすぎ判断ができづらい。引くか前へ出るかは打球の質を見て判断する。ボールに合わせて守備をする」

 古田さんは「それはよくわかるわぁ」と、深くうなずいていた。

 宮本選手によると、ボールが正面から飛んできたら、体をずらすようにしてボールの右側に入るのが正解という。「打球を右に見て、捕るときは正面に入る。右肩を前に出すようにして捕ると、万一、はじいても体の左前にボールが落ち、次の送球動作がしやすい」。その際、タイミングを右足の踏み込みでとるのがコツという。

 「正面伝説があるから、何でも正面、正面。でもそれは、よけい距離感をとりにくい」。古田さんも相槌を打つ。

 プロ野球でも、捕球をした瞬間にグラブを寝かせ下側に返すくせがついている選手がいる。「そうとすると、捕球が『点』になりエラーしやすい」。正しくはグラブを開き垂直にちかく立てることだそうだ。そうすると、ボールの威力を吸収できイレギュラーバウンドにも対応しやすいという。

 宮本流守備教室のハイライトは、体を横向きにして左手のグラブを右に差し出す逆シングル捕球をめぐる技術論だった。

 古田さんによると、海外では逆シングルのほうが回り込んで体の正面で捕ろうとするより「送球動作が速くなる」と、子どものころから推奨されている。だから、古田さんは各地の野球教室などで逆シングルを提唱しているが、コーチらから「基礎に反している」と怒られるという。

 これについて、宮本選手は「子どものころからやったほうがいい」とあっさり古田さんに軍配をあげた。「ああ、よかった」と、古田さんは満面の笑みを浮かべた。これは、日本の野球界にとっては革命的な技術論だろう。

 サッカーでも、日本の古い指導法はガラパゴス化していた。ヨーロッパなどの少年サッカーでは、8人制にしてボールにさわる回数を増やすことが、上達への近道として実践されてきた。日本では相変わらず11人制で、8人制が採用されたのはほんの近年のことだ。

 どの分野にかぎらず世界と戦うには、神話、伝説を疑い目を世界に向けて、基本技術を進化させていかなければならない。それは、もちろん、基本をおろそかにすることとは対極にあり、基本を創ることだ。ね、宮本さん、古田さん。

 --毎週木曜日に更新--

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格安フライトの話は、頭に血がのぼる

 「うっそォ。こんなに安いのォ!」。かみさんが叫んでいる。あるクレジットカード会社から、ダイレクトメールがとどいた。「期間限定 とっておき春の北海道4日間」という、格安ツアーのチラシが入っていた。

 新聞の折り込みであれ何であれ、チラシはかみさんの愛読書(?)だ。それにしても、こんな反応を示すのは珍しい。

 羽田から函館へ飛び、五稜郭や朝市、洞爺湖、富良野、旭山動物園などを回る3泊4日のコースで、帰路は新千歳から羽田へ帰ってくる。それで29,980円ぽっきりだ。しかも、動物園の入園券がついていて、2名1室で食事5回つきの値段というからびっくりする。

 「それにしても安いわね~ぇ、行きた~い」とかみさんは言ったが、募集期間の4月はこっちもスケジュールがぎっしりでとても無理だ。

 そのチラシによれば、同じ路線のフライトを通常料金で払うと30,200円という。ツアーは温泉などの宿泊料金、道内移動のバス料金もふくまれている。航空会社や旅館・ホテルは、いったいいくらのもうけになるのだろうか。

 そもそも、東京や大阪から北海道へ飛ぶフライトは、ぼくに言わせれば安すぎる。そう思っているところへ、2012年3月1日、日本初の本格的な格安航空会社(LCC)が、関西国際空港を拠点に就航した。『ピーチ・アビエーション』というそうだ。

 初便は、関空発新千歳行きで片道4,780円からだった。関空発福岡行きはさらに安く、3,780円からという。往復しても1万円でおつりがくる。この夏には別のLCC2社も就航する予定で、今年は日本の“LCC元年”になる、という新聞記事もあった。

 もともと、日本国内の航空運賃は高いと言われていたから、今後、価格破壊がやっとこの業界でも起こるのかもしれない。

 しかし、そういうニュースを聞くと、ぼくは頭に血がのぼる。郷里の出雲に帰るためかみさんと羽田から飛ぶのだが、その料金はすごい。普通席が往復で58,540円かかる。ふたりで117,080円となる! 羽田ー出雲は日本航空の独占路線だから、ライバル会社はなく、価格破壊などどこ吹く風なのだ。

 ただ、ぼくたち夫婦は、老いた両親のために帰るので介護帰省割引がきく。それだと、夫婦で81,080円となる。ノーマル料金よりふたりで3,6000円も安くなるから、もちろん割引を利用する。

 でも、手続きがかなりめんどうくさい。親の介護保険証のコピーや自分たちの戸籍謄本、顔写真、運転免許証などを用意する。要介護者が2親等以内で出雲に住んでいることを証明する書類がいるのだ。空港のチェックインカウンターではなくサービスカウンターで、1年間だけ有効の介護帰省パスを作ってもらう。

 その前にネットで座席を予約する。割引を受けるにはパスの会員ナンバーがいるのだが、パスは空港で作ってもらうのだから、それがまだないか有効期間が過ぎているときがある。どうすりゃいいの。JALのウェブサイトには何も説明がないため、電話で問い合わせたりしなきゃならない。よくあることだが、何につけサイトの説明は不親切で、JALの場合も慣れないときは大変だ。とりあえず普通席で予約し、あとで差額料金の払い戻しをしてもらう。

 やっとチケットが手に入ると、今度はチェックインカウンターに並び、チェックインの手続きとスーツケースの預け入れをする。これでやっと、搭乗できるのだ。ふぅーっ。

 わが夫婦は、介護帰省で2泊3日または3泊4日するのだが、実家はすでに自家用車を手離しているので、空港レンタカーを利用する。これはJALのウェブサイトからチケットと同時に予約すると、わずかながら安くあげられる。

 お世話になっている近所や親戚、福祉関係者への手土産代をのぞいて、交通費だけで1回あたり12万円くらいはかかる。それを、昨年は、父の施設入所や難病の姉の入院・葬儀などのため何度か繰り返した。ふぅーっ。

 「出雲へ帰るより、台湾や韓国へ行ったほうが、よっぽど安いじゃない」。かみさんの言うのももっともで、昨冬には、帰省はあえてさぼって韓国・釜山へ旅行した。2泊3日で往復のフライトと一流ホテル、現地の空港送迎がついて、ふたりで6万円ぽっきりだった! 名物のチャガルチ魚市場で日本よりうんと安いヒラメやサザエを食べまくり、市中心部では「韓牛」を味わった。まあ、味は和牛のほうがずっと上だと思ったが。

 羽田ー出雲路線は、日に5便飛んでおり、ほとんど席が埋まっていることも多い。出雲と東京を空路で行ったり来たりする人は、まちがいなく年々増えている。

 JTBがLCCの国内線について消費者アンケートをし、約7,500人がネットで回答した。約4割が乗ってみたいと答えたが、反面、「しばらく様子を見て決める」人は25%、「乗ってみたいとは思わない」人は12%だった。その理由は、「なんとなく不安だから」が最も多く43%だったという。

 たしかに、“安い、でも墜ちる”じゃこまるけど。LCCは機内食や手荷物預かりサービスなどは有料だという。それで結構だ。地方路線にも進出してくれれば、わが家の家計も大いに助かるのだが。

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恋人でもない男女ふたりがルームシェア

 三寒四温の日々がつづき、2012年3月も半ばになった。入学や就職で新しい部屋さがしをしている若者もたくさんいるだろう。そういえば、転職してマンションを引き払いわが家で居候している娘も、不動産屋のウェブサイトをのぞいている。「もう一回、ひとり暮らしをした~い」

 娘が住む予定の地域の最寄駅は、親友の女の子Kちゃんが通勤で乗り換えるところだ。娘の住まいが決まったら、「月に半分くらいは泊めてほしい」とKちゃんは言っているそうだ。セミ・ルームシェアといったところか。

 そういえば、日本のルームシェア事情はどうなっているんだろう。ネットサーフィンしていたら、推定20代半ばの女性のブログにこんなつぶやきがあった。

 <一人暮らし始めてから5年が経つんすけど、最近、非常に誰かと暮らしたい。男子でも女子でもいーから、一緒に暮らしたいっ!! 男子だったら、セックスなしのただの同居人的な? 理想は、瑛太と上野樹里がドラマでやってた感じのルームシェア。よくね? 家賃も半分だしさ~。寂しい時は話し相手にもなるし、Wゲームの相手も出来る。誰かいないかな~>

 ドラマというのは、2008年春にフジテレビ系で放送された『ラスト・フレンズ』のことだろう。長澤まさみさん、上野樹里さん、 瑛太さん、水川あさみさん演じる4人の男女がシェアハウスでいっしょに暮らす。

 ルームシェアやシェアハウスというのは、本来他人の者同士が賃貸住宅の家賃を割り勘(シェア)にしていっしょに暮らすことをいう。

 物語は意外にどろどろしていたが、同居の男女がデキるという話じゃない。ぼくが注目したのは、日本でもついにこういうルームシェアのドラマが生まれたのか、という点だった。ドラマの設定になるというということは、それがトレンディだからなのだろう。

 ぼくは、1994年春、ドイツのボンへ特派員として赴任した。引き継ぎのとき、前任者が「ドイツに住んでいちばんびっくりしたこと」として挙げたのが、このルームシェアだった。

 「ほう、それはどんなもの?」と尋ねた記憶があるから、当時、日本ではほとんど耳にしないことだったのだろう。

 前任者はこう言った。「まあ、すぐにわかりますよ。ドイツ人の人間関係とか男女関係をあれほどストレートに表しているものはないんじゃないかなぁ」

 短髪でスポーティなイメージの取材助手クラウディア嬢と雑談していたときのことだ。「ところで、ドイツではルームシェアが一般的らしいけど、どんな感じ?」「ああ、かなりの大学生がシェアしてますよ。ボンは大学町だけど意外に家賃は高いし、シェアしたほうが経済的だから」

 聞けば、クラウディア嬢自身、ある男性といっしょに暮しているという。でも、彼女の場合は、その男性と恋人になり「じゃあ、いっしょに住もうか」ということになったそうだ。それはつまり、日本語でいう同棲だろう。驚くことでもなんでもない。

 ドイツのルームシェア事情のポイントは、恋人同士でもなんでもない男女がふたりで、一つの住まいをシェアしているケースが一般的なことだ。もちろん、トイレもシャワーもキッチンも冷蔵庫も共同で使う。

 ぼくのような昭和のおじさんは、若い男女がひとつ屋根の下で暮していればアヤマチが起きやしないか、と考えてしまう。ところが、クラウディア嬢は、ぼくの日本人としての当然の質問に当惑してしまった。

 少し考えてから答えてくれた。「男女がいっしょに暮していて自然と愛し合うようになるということはあり得るかもしれないけど、私自身はそういうケースを聞いたことがないですね。逆に、恋人のいる女の子が全然別の男の人といっしょに暮していても、彼氏はなんとも思わないのがふつうですよ」

 ドイツに住んでみてつくづく感じたのだが、ドイツ人社会では個人主義がほんとに徹底している。女子大生がシャワーを浴びていても、同居している男は平気なのだ(たぶん)。

 サッカーでも職場でもそうらしいが、ドイツ人は各自のテリトリーをとても尊重する。この部分は共同でやる、この部分は各自が責任を持つ、ということが徹底している。自分のテリトリー以外で起きていることには関知しない。

 ベルリンに移り住んでも事情はおなじだった。知り合いの日本人留学生K嬢は、20歳くらい年上のドイツ人男性とルームシェアしていた。「私はパジャマを着てキッチンなどをぱやぱや歩き回ってる。おじさんは自室でワインを飲んでいる、って感じですね」

 アヤマチが起きそうな空気なんてこれっぽっちもないそうだ。もっとも、日本の両親に国際電話で事情を話したら、ひっくり返りそうになったという。すっかり“ドイツ人化”しているサバサバ系のK嬢だからできることだ。日本から来てまもない女の子などは、やはり万一を警戒して、必ず女性とシェアするらしい。

 日本の大都市でも、いまやルームシェアは急速に増えているそうだ。しかし、恋人でもない男女がふたりでシェアする、というのはあるのだろうか。

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香川真司に立ちはだかる数々の敵

 あ~ぁ、ザックJAPANが負けちゃった! 2012年2月29日は、日本人サポーターにとってショッキングな日となってしまった。

 ホームゲームで、しかも相手は主力6人を欠く2軍のウズベキスタンだった。テレビ観戦の前、かみさんは「ま、3点は取ってもらわないとね」と言っていた。「いや、5発で完封だよ」とぼくは言った。日本はほぼベストメンバーをそろえたんだから勝って当然という油断が、サッカー界にもサポーターにもあった。0:1の結果を誰が予想しただろう。

 でも、いやな予感がまったくなかったわけじゃない。その日朝届いたニューヨーク・タイムズには、香川真司選手のでっかい写真が載っていた。なんだろうと思って見出しをみる。「勝利は忘れて ただ、どうか無事に」

 ロンドン発の記事の書き出はこうだった。<リバプールの名トレーナーだったボブ・プレイスリー氏は、かつて言った。「長距離フライトは、選手という車のガソリンタンクにパラフィンを注ぎ込むようなものだ」と>

 <プレイスリー氏が活躍した30年前と現在のフライト環境はずいぶんちがう。だが、今週も、1,100人の選手たちが祖国へもどって代表戦を戦い、すぐに引き返して週末のクラブの試合に出場する>

 長距離フライトでは、関節が膨張し硬くなる恐れが強いという。記事では、特に心配なケースとしてMF香川真司選手があげられていた。左足首の靭帯損傷で戦線を離脱したあと、26日に復帰してハノーファー戦を87分間戦い、飛行機に飛び乗って14時間のフライトで帰国した。翌29日に日本代表としてウズベキスタンと試合をし、とんぼ返りで3月3日にはマインツと対戦しなければならない。

 ザックJAPANは、先発のうち8人がヨーロッパ組だった。ゲームの初め、香川選手は思い切ってファーストシュートを放ち、相手のペナルティエリア付近で華麗なボールさばきを見せていた。

 でも、25分を過ぎたころから、香川選手をふくめチーム全体の動きが重くなったように感じた。オランダから帰ってきた1トップのFWハーフナー・マイク選手など、SB長友佑都選手の鋭いクロスに滑り込んだが、足が届かない。「メタボのおじさんみたいねぇ」。かみさんが、ぼくのお腹をちらちら見ながら言った。

 フライトの負担と同時に、“時差の恐怖”もある。 日本からヨーロッパへ旅行したことのある人なら経験があるだろう。現地の夕方になると、やたら眠くなる。たとえばこの季節、日本とドイツでは時差が8時間あり、ドイツではまだ午後7時でも、日本ではすでに午前3時だ。

 ドイツで新聞社の特派員をしていたぼくにとっては、未明に電話でたたき起こされるのがなにより憂鬱だった。東京本社で夕刊の締切に向けて作業が佳境に入っているころ、ドイツではまだ午前3~5時なのだから。

 Jリーグからオランダのクラブに移って間もないハーフナー選手にとって、今回のような経験は初めてだろう。試合後、正直に語っている。「海外から帰ってきて代表でやるには、もっと体のことも考えないといけないですね。今日は体が重かった」

 イングランドのプレミアリーグで活躍する韓国のパク・チソン選手は、祖国代表チームから引退している。後進に道を譲ると同時に自分の選手生命を考えてのことだろう。

 香川選手が所属するドルトムントに限らずヨーロッパのクラブは、日本人や韓国人が祖国で代表戦に出ることにいやな顔をするそうだ。移動距離が長いという理由のほかに心理的な理由がある、と聞いたことがある。

 わが家の廊下には子どもたちの教育のために、ドイツで買ったヨーロッパ中心の世界地図が貼ってある。そこでは、右端に「極東」の日本や韓国が位置している。サッカーのクラブにとってもスポンサーにとっても、抱えている選手が、弾丸ツアーで“世界の果て”まで行って帰ってくることに、心理的抵抗があるのだという。

 ちなみに、「極西」という言葉はヨーロッパではふつう使わず、アメリカへの往復にはあまり抵抗感がないらしい。ヨーロッパ人の頭のなかではそういう世界観がしっかりあるという事実を、ぼくたちも知っておいたほうがいい。

 日本人選手にとっては、もうひとつ「祖国」という敵(?)もある。ヨーロッパ人選手以上に国を背負う誇りを感じ、日の丸の重みでつい無理をしちゃうのだ。

 ウズベキスタンは、控え組12人を代表に並べ十分な合同練習をしたうえ、韓国で親善試合をしてから日本に乗り込んだ。ザックJAPANも技術と体力に決定的な差をつけなければ、アジアのチームに足元をすくわれる。

 香川選手は、試合後、こう語っていた。「かなりハードな日程であることは間違いないし、それは避けて通れない。この中で結果を残してこそ、トップクラスの選手だと思うので、こういう経験を励みにしていきたい」

 香川選手は、ドイツに帰り、3日のマインツ戦で今季通算8得点目をあげマンオブザマッチと節のリーグベスト11にもなった。やったね、とは思うが、ぼくには不安もある。まだ22歳と若いから、数々の敵をなぎ倒してはいるのだが……。

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ドイツの脱原発トリックに引っかかるな

 自分の思考の柔軟性や冷静さ、先入観の強弱を測るにはいい作品かもしれない。映画『ピラミッド 5000年の嘘』を観た。上映館は少なくあまり話題にもなっていないが。

 エジプトのギザの大ピラミッドは、「紀元前2700~2500年に、20年かけて建造されたクフ王の墓だ」いうのが定説となっている。ほんとにそうなのかを映画は問う。

 この問題を37年間にわたって調査・研究した科学者があり、プーヤール監督はその人物に会ったのがきっかけで、自身でエジプトや世界の古代遺跡を調べ、各分野の第一級の専門家に取材し、6年間をついやして映像作品にしたという。

 映画は、数学や天文学などを駆使している。となりのかみさんは「ちんぷんかんぷんだわ」と言って、途中、爆睡していたが、ぼくは引きつけられた。

 作品中、ギザの大ピラミッドの建造年代を石から割り出すことはできない、と地質学者は証言する。重さ200~400トンの200万個もの石を、カミソリの刃も入らないほどきっちりと積み上げることは現代の技術でもきわめてもむずかしい、と建築の専門家は語る。わずか20年で作られたという記録、史料はいっさい残っていない。「王の間」と呼ばれている玄室からクフ王の遺体や遺物は発見されておらず、王の墓だという証拠はない。

 監督は、大ピラミッドは一種の天体時計ではないかとの仮説を打ち出し、「その設計者は、後世の人類に地殻大変動をめぐる大掛かりな警告メッセージを残してくれたにちがいない」とする。そして、世界各地にある遺跡と比較検証し、消えた歴史、いわゆる超古代史があったのではないか、と強く示唆する。

 内容や結論は、実はそう目新しいものではない。だが、従来のエジプト学を根本から疑い、各分野のプロを動員して検証し、コンピューターグラフィックスを駆使して作品化した。トンデモ話だと一笑にふすか、常識から距離を置き人類の歴史と未来を考え直してみたいと思うかは、人それぞれだろう。エジプト考古学者の吉村作治氏も、従来の学説にはそれなりの論拠があるとしながら「しかし、新説は面白い」とコメントを寄せている。

 作品ではほんのちょっとだけ登場するにすぎないが、沖縄の海底にも巨大な石造遺跡が沈んでいる。それなどが解明されれば、トンデモない真実が現れるかもしれない。

 映画を観ながら、ドイツの脱原発のことを連想した。ドイツは、国内にある17基の原発を2022年までに全廃することを決めた。日本には例によって、この決定を手放しで賛美する勢力がある。朝日新聞は2011年7月、ベルリン自由大学の教授を招いて講演してもらい、報道した。いわく、1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故による放射能はヨーロッパに達し、ドイツ国民にも深刻な事態となった。それをきっかけに脱原発の機運が高まり、今回、ついに原発全廃を決定するにいたった。

 朝日も講演会に参加した人びとも、教授の話に突っ込むこともなく“拝聴” したようだ。どうも、わが国には明治以来、欧米コンプレックスがあり、ドイツについても<自分の視点で批判的に考える>姿勢にかける。

 ドイツは第2次世界大戦後、戦争責任に正面から向き合い心から反省してきた、という都市神話などもその典型だ。ぼくは、ドイツや侵略されたポーランド、チェコで徹底取材し、2001年、その常識を打ち破る本を上梓した。『<戦争責任>とは何か 清算されなかったドイツの過去』(中公新書)だ。

 戦後の西ドイツは、ヒトラーとナチスを意図的にスケープゴートとし、一般国民や国防軍将兵の責任を棚上げにした。東ドイツもほぼ同じだった。そうした国家的トリックの仕掛け人と構造をあばき、戦後50年にあたる1995年以降それが崩れ出した事実を書いた。

 東京で開かれたあるシンポジウムでは、パネリストのぼくにドイツから参加した歴史学者が批判的な言葉を投げかけた。しかし、それ以降ドイツでは、歴史家らによって、事実上、国家的トリックを批判する研究発表や一般向け展示が相次いでいる。彼らもトリックにようやく気づいたのだ。

 エジプト学とおなじく、ドイツの脱原発についても眉につばをつけて見るほうがいい。

 山田衆三氏のブログ『ドイツの脱原発と日本』(2012年2月18日)では、以下のような指摘がなされている。

 (1)ドイツは、脱原発を掲げクリーンな太陽光発電などの普及に熱心な半面、電力の46%を温室効果ガス・大気汚染につながる石炭の火力発電で賄っている。(2010年時点。日本の石炭火力発電比率は27%)

 (2)ドイツは、脱原発で不足する電力のほとんどをフランスから輸入するが、フランス産電力の77%が原発によるものであり、原発依存からの脱却とは程遠い。

 (3)そもそもドイツが脱原発に踏み切ることができる最大の理由は、ヨーロッパ全域に国際送電網が張り巡らされており、国家間で電力を相互融通できるからだ。

 ぼくが知るかぎり、ドイツは指導者が仕掛け人となって良い国家イメージ=先入観を作り出し、それを知識人や一般国民がこぞって対外アピールする術にたけている。朝日の脱原発講演会など好例といえる。もちろん、原発の賛否とは別レベルの問題だ。

 山田氏は指摘する。「ドイツが選択した脱原発の決断は……遠大な社会実験ですが、これを日本が手放しで称賛することは軽率です」。まったく同感だ。

 --毎週木曜日に更新--

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